アビリタを探れ 2
「待って。村人がキメラを造ったとしても、ここには白虎や青龍、それに王都の軍や貴族まで出入りしてるでしょ?狼だって知ってたじゃない。古くからの伝承だとかなんとか」
「ん?言ったけど?」
「ならあのブ…女王がこの村にキメラがいる事を知らない……と考えるのはおかしいですね。王都の軍ならば女王への報告を怠る訳が無い。貴族が金で口止めしても必ず何処かでバレるはず」
「あ~~………なんか考えれば考えるほどわかんなくなってくる!何なの!?この村!」
「『能力者の末裔の村アビリタ』ですが」
イライラと頭を掻きながら唸る蓮姫に、サラッと嫌味で返すユージーン。
当然、蓮姫からは鉄拳がお見舞いされたが。
蓮姫がイライラするのも、ユージーンが嫌味を言いたくなるのも仕方がない。
火狼は村を散策する事が出来たが、二人は丸一日この家から出れなかったのだから。
蓮姫もユージーンもどちらかといえば行動派。
つまり、引きこもって他人にばかり行動させるのは性に合わないのだ。
ユージーンはため息を一つ吐くと、蓮姫に向き直り口を開く。
「姫様。アーシェが戻ったら直ぐに例のアーチに案内させて姫様の想造力でぶっ壊してさっさと出ましょう。うん。それがいい。そうしましょう。決まりです」
「勝手に決めるな」
ユージーンは早口で捲し立てたが、その提案は蓮姫に却下される。
「なんでですか?凄くいい案じゃないですか」
「ジーンの考えは、キメラもこの村の人達もほっといて素通りする、って事でしょ。出来るわけないじゃん。却下」
「え~~。俺は旦那の考えに賛成だけどなぁ。だってよぉ、俺は勿論だけど姫さん達もこの村には無関係。素通りして何が悪いん?出れればそれが良いに決まってね?」
「出れるだけじゃ意味ない。それじゃ出るんじゃなくて、逃げる事になる。だからちゃんとキメラの事とかこの村の人達の事とか、ちゃんと知って全部カタを付けるか納得してから出たい。勿論、長くいたくないのは私も一緒だから、希望としては迅速に結果が出せれば一番だけどね」
蓮姫の考えに、ユージーンは再度ため息をつきたいのをこらえる。
蓮姫の頑固さは彼が一番よく知っているため、何を言っても無駄なのだから。
「つってもよ~……また振り出しに戻ってんじゃん?」
「それは」
「うにゃあっ!!」
火狼の問いかけに蓮姫が答えようとした瞬間、彼女の腕の中にいるノアールが大きく鳴いた。
ノアールはジタバタと暴れると、ピョン!と蓮姫の腕から抜け出してタンスの上や階段を跳び回る。
「ちょ!?ノア!」
「ありゃ~……あんまり俺らが話し込んでるんで拗ねたな。姫さん構ってやんないし、アイツ撫でてた手もいつの間にか止まっちゃってたもんなぁ」
「呑気に解説してる暇あったら捕まえろ!同じ動物だろ!」
「だから俺は半分人間なの!猫なんかと一緒にすんなってば」
そんな二人のやりとりを聞いているのかいないのか、ノアールは動きを止めない。
彼が飛び跳ねた跡には、積み上げられていた本が倒れたり、食器が落ちたりと部屋中めちゃくちゃだ。
「ノアっ!戻って来て!いい子だからっ!」
蓮姫が必死に声をかけるも、ノアールはフンッ!と顔を背けて飛び跳ねた。
やはり火狼の言葉通り拗ねているらしい。
その時、蓮姫の足元に何かが落ちてきた。
下を向いているが、ソレは写真立て。
蓮姫はソレを拾い上げると、無意識に表の写真を自分へと向けた。
そこに写っていたのは二人の大人と女の子。
おそらく家族なのだろう、両親の間に二人と手を繋いで笑顔を向ける少女。
しかし、蓮姫はその写真を見て驚愕した。
「っ!!?これ……この人って…っ!」
固まる蓮姫の異変に気づいた二人も、彼女の持つ写真を後ろから覗き込む。
火狼は「なに?この子アーシェちゃんかね?可愛いじゃん」と普通のリアクションだが、ユージーンは蓮姫と同じ様に驚いていた。
「この女性は……なるほど」
「ジーン。やっぱりそうだよね?」
「えぇ。俺も見ましたから。間違いないと思いますよ」
写真を見てユージーンは何か納得したように話す。
蓮姫とユージーンは同じ事を思っていたらしい。
が、そんな二人の話についていけない火狼は、ただ頭に?を浮かべるのみ。
「え?何なに?二人の世界に入ってねぇで俺も入れてくんね?」
「黙れ犬。入ってくんな。同じ動物のノアをなんとかしろ」
火狼の言葉をピシャリと撥ね付け、顎でノアールの方を指すユージーン。
一方のノアールは、ここまで暴れたのに蓮姫にかまってもらえず、拗ねたように丸くなっていた。
「あいつも俺なんかより麗しの姫さんの方がいいっしょ。で?この写真の女がなんな訳?見た感じアーシェちゃんの母親っぽいんだけど」
写真に写る3人の人物。
真ん中の少女はアルシェンだろう。
笑顔に面影がある。
ならばその両隣は、幼い頃に死んだという彼女の両親と思うのが妥当。
右に写る眼鏡を掛けた、優しそうに笑う男性はアルシェンの父親と思われる。
そして先程から話題にあがっている、左側に写る女性。
アルシェンの母親と思われる……この黒髪の女性に、蓮姫とユージーンは見覚えがあった。
その顔は
あのキメラについていた女だった。
あの時のように白目を向いている訳ではなく、表情もよっぽど人らしい。
だが、間違いなく蓮姫に吐く程の恐怖を与えた、あのおぞましい女の顔に間違いない。
ユージーンにも肯定され、まじまじと写真を眺めていると、蓮姫の脳裏には再度あの、にまり、と笑った顔が再生されブルリと全身鳥肌が立った。
「姫様、今度は吐かないで下さいよ」
「…………大丈…夫。……うん。もし吐くなら、ちゃんとジーン目掛けるから安心して」
「今の言葉でどう安心しろと?」
「なぁなぁ。今の話が本当ならよ~、死んだはずのアーシェちゃんの母親があの化け物の正体って事かね?」
蓮姫とユージーンの夫婦漫才に混じり、火狼がポツリと呟く。
何も手ががりのない今の状況において、当然の発想だ。
「その可能性は高いな。アーシェの母親がキメラの材料になったのは間違いないだろうし」
「材料って……」
火狼の言葉に答えるユージーン。
だが蓮姫は、彼の言い方に不快を感じる。
「姫様。キメラってのは人間が勝手に作り出した生き物です。魔獣は勿論、普通の動物や人間だって使われる。それらを魔術で組み合わせた結果、それがキメラ。料理と同じですよ」
「一緒にしないでよ。それにアーシェのお母さんが、本当にキメラに取り込まれているなら…」
「姫様。それは無理です」
ユージーンは蓮姫の考えが読めたのか、彼女の言葉を遮り否定する。
そんな自分のヴァルの言葉に、蓮姫はムッとしたように頬を膨らませた。
「ですから、そんな表情しても可愛いだけですって」
「うるさい。それにまだ何も言ってない」
「どうせ『想造力で元に戻せないか』とか考えてらっしゃるんでしょう?」
「は?姫さんマジで?んなの無理だぜ。やるだけ無駄っつーか、考えるだけ無駄だって」
今度は火狼にまで否定され、蓮姫の機嫌は更に下がっていく。
確かにユージーンの言う通り、キメラを元のアルシェンの母親に戻してやりたい……そう蓮姫は考えていた。
アルシェンの母親だけではない。
人間によって弄ばれた多くの生き物を解放したい。
そうすれば、この辺一体の化け物の噂も被害も収まる。
全てが丸く収まる。
そう蓮姫は考えた。
しかし、その考えは何も知らない蓮姫の独りよがりにしか過ぎないのを彼女は知らない。
「姫様。先程も言いましたが、キメラは料理と同じです」
「だからさっきも言ったけど、その言い方は」
「まずは聞いて下さい」
「…………はい」
久々にユージーンの黒い笑顔を向けられ、蓮姫は言いたい事をぐっと堪え拗ねたように返事をする。
「へぇ~……姫さん相手でもそんな顔すんのね、旦那。俺よりよっぽど優しいけどさ」
「お前もちったぁ黙ってろ。……で、姫様もいいですか?ただの普通の食材からでも、一流の料理を作る事は出来ます。高い技術や知識は必要ですが、その気になったら誰でも出来る。キメラも同じです。材料にこだわったりはしません」
「……うん」
「しかし、それを戻す事は想造力でも不可能です。姫様がどんなに想造力を鍛えても、パンをただの小麦…それも一粒づつに戻す事は出来ません」
「……じゃあ…アーシェのお母さんも…他の動物達も」
「一度キメラとなったモノは死ぬまでキメラです。本当に解放したいのならば…その命を絶つしかない」
そもそも想造力云々の前に、姫様がまたアレに会ったら吐いてそれどころじゃないと思いますよ。とユージーンは続けた。
確かにあの時の恐怖は、まだ彼女の中に残っている。
それこそ、ノアールが居なければあのまま死んでいたかもしれないのだ。
それでも、キメラの中にアルシェンの母がいるのならば、彼女のためにも何とかしたい。
しかし蓮姫のそんな想いは打ち砕かれた。
例えとしてはどうかと思うが、ユージーンの説明には理屈として納得した。
しかし心は自分の不甲斐なさを余計に攻めるだけ。
「そんな落ち込むなって、姫さん。想造力使えるからって、何でもかんでも出来る訳じゃねぇんだし。姫さんが悪いわけじゃねぇだろ?むしろ姫さん全くの無関係。関係無し。全く無し。なっ!」
落ち込む様子の蓮姫に、おどけた様に明るく励ます火狼。
蓮姫もその明るさに救われそうになる。
しかし蓮姫が礼を言う前に、ユージーンが口を開いた。
「姫様。コイツも危険人物だって事を忘れないで下さいよ。この犬はどう足掻こうと俺達…姫様の敵なんですから」
「……なんで旦那はそう水を差す様な事言うかね。今、姫さんめっちゃ俺に感謝しそうだったのに」
「だからだボケ。お前なんかに心を許したが最後、後ろから噛み付かれんのは目に見えてんだよ」
「今は味方だっつってんじゃんよ~」
そんか二人のやりとりを見て、蓮姫はクスリ…と笑みを浮かべた。
確かに火狼は危険だ。
ユージーンの言葉も自分が一番わかっている。
だが、火狼が居るとユージーンも素で喋るし、その場の空気が明るくなる。
結果、火狼によって蓮姫は心が少し軽くなり、救われた様な気になるのだ。
だが、二人の口論をそのまま放置しておくと、いつまで経っても終わりはしない。
「はいはい。ジーンの言いたい事も狼の気持ちもわかったよ。無茶な事はしない。それにまだ憶測だけだもんね。まずは、アーシェが帰って来たらこの人の事を聞いてみよう」
「はいはい。姫様のおっしゃる通りに」
「はいは~い。姫さんのおっしゃる通りに致しま~す」
「ふふっ…よろしい。さて、と。ノア…構ってあげれなくてごめんね。謝るよ。だから、戻って来て」
蓮姫はそう言うと、ノアールの方へと声をかける。
ノアールはチラリ、と彼女の方へと首だけを向けた。
しかし、見るだけで寄っては来ない。
どうやら、まだ腹の虫は収まっていないようだ。
そんなノアールに、蓮姫は優しく優しく声をかけ続ける。
「戻って来てノア。本当にごめんね。ノアは怒ってるかもしれないけど、私はノアに嫌われちゃうのは淋しいよ」
母親のように話す蓮姫に、ノアールもゆっくりと立ち上がった。
もうひと押し、という所で蓮姫はいつもの言葉をノアールに掛けた。
「…ノア……おいで」
蓮姫が両手を広げると、ノアールは駆け出して彼女の腕の中へとピョンッ!と飛び込んだ。
「ぅにゃんっ!!」
「ふふっ。ごめんね。もうノアをほっといたりしないから。明日は私と一緒にお出掛けしよう」
「にゃにゃんっ!」
言葉のわかるノアールは本当に嬉しそうに、蓮姫の胸へと頭を押し付け彼女の匂いを嗅いでいる。
蓮姫も「ふふ。くすぐったいよ」と笑いながら、ノアールを撫でてやった。
「……いいなぁ~~~。なぁ姫さん、俺も今から狼になるから一緒に…あだっ!?」
「それ以上は言わせねぇよ、クソ犬。しかし姫様。出掛けると言っても、アーシェに迷惑をかけるから勝手には出ない…と、おっしゃってませんでした?」