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アビリタを探れ 1


その日の夕刻。


蓮姫とユージーンは、夕食を作りながらアルシェンの帰りを待っていた。


ちなみに蓮姫は早々に自分の分を終えるとノアールの相手をし、ユージーンは最後の味噌汁を作っている。


バタン。


扉の音に蓮姫とユージーンが振り返ると、そこには狼の姿をした火狼が、後ろ足で器用に扉を閉めていた。


部屋の中へと進んでいくと段々と人型へと戻っていく。


蓮姫は膝に乗せたノアールを撫でながら、火狼へと声をかけた。


「どうだった?」


「さすがの大婆様とやらも、俺が狼に化けるトコまでは知らなかったみてぇだな。村の奴等は大きな犬が村に迷い込んだ、って感じただけみたいだったぜ。大人には(ほうき)やら(くわ)やらで追い払われるし、ガキは寄ってくるしで最悪だったけどな」


「だがバレなかったのなら問題無いだろ。犬を使って村中を詮索(せんさく)させる姫様の考えは甲を制したようですね」


アビリタに滞在するかわり、大婆は蓮姫達にアルシェン以外の村人と接する事を禁じた。


ソレを破れば問答無用で村から出す。


禁所から出る唯一の手段、アビリタにあるアーチをもくぐらせない、とも。


禁所から出る為にも、蓮姫は大婆の言いつけを破る訳にはいかなかった。


そもそも、この禁所には謎が多すぎる。


仮に今直ぐアーチから出られるとしても、何も知らずに禁所を素通りする事は蓮姫の性格上出来ない。


だからこそ、蓮姫は火狼を使ってアビリタを調べさせた。


「で?何かわかった?」


「う~~ん……どうでもいい話に興味ある話、わりと重要な話…結構あんだけど、どれがいい?」


「は?重要な話だけしろよ」


「いやいや。実はどうでもいい話が事件解決に導く事だってあんだぜ。推理小説の定番じゃん?」


「今は推理小説じゃなくて現実でしょ。でも…狼の言う事も一理あるか。全部教えて」


「いつアーシェが戻るかわからない。手短に、まとめて、要点だけを話せ」


蓮姫と違い、アルシェンを信用してはいないユージーン。


火狼が勝手に村中を、それも蓮姫の命で嗅ぎ回っていたとわかれば、大婆に知られないとも限らない。


「ホントに俺には偉そうだよな。旦那ってさ。まぁ、いいけど」



・村人全員が先々代女王の娘、シスルの子孫。中でも直系と言われる家の者は兄妹間でも子供を残してきた。


・アビリタには村長という者はいないが、まとめているのは大婆。


・女王や姫に対する嫌悪は禁所に隔離された事だけではないらしい。(それが何なのかは不明)


・アビリタは外界と隔離されているが、定期的に王都から軍の人間が数人訪れている。


・以前軍人と一緒に貴族も来たが初老の紳士的な男性だった。


・支給物資は主に白虎や青龍が行っており、次に来るのは数日後。


・もうすぐ収穫期なので青龍の造った農具が欲しいが武器になると言われ、なかなか許可がおりない。


・村人の結婚相手は大婆が決める。特に能力者同士の結婚は拒否権はない。


・青い煙突の家の主人は隣の家の奥さんと浮気しているらしい。


・村にある学舎では、子供達は能力者と能力者でない者に別れて教育されている。


・最近子供達の間では海賊王ごっこや反乱軍ごっこが流行っている。


・例の化け物について村人は恐怖を持っているが敵対意識はない。


・例の化け物に対して期待や希望という言葉が聞かれるが、誰も深く話そうとはしない。


・弐の姫が来た事で村中が警戒している。


・女達の間ではユージーンと火狼、どちらがいい男か議論されている。



「まぁ、大体こんなもんかな」


「ホントにどうでもいい話が何個か混ざってたな」


「でも重要な話や興味深い話もあった。一つづつ整理していこう」


「浮気やら海賊王ごっことかは必要ありませんね」


「俺と旦那、どっちがいい男だってのは?」


「議論するまでもねぇだろ。俺に決まってんだからな」


「……あ…そう」


火狼はガックリと項垂れた後、力なく椅子に腰掛ける。


蓮姫は近くにあった羊皮紙と筆ペンを準備すると、今の火狼の言葉を書き込んだ。


「まず疑問点だけあげるよ。アビリタの人達に対して、先代女王は禁所に隔離した以外に何をしたか?軍や貴族は何をしに此処に来ているのか?大婆様はどうして能力者同士の結婚を重要視してるのか?それと……あの化け物…キメラは村人達にとって一体何なのか?……こんなところかな」


改めて上げると理解は勿論だが、簡単に解決もしないような疑問ばかりだ。


そもそも禁所の情報など、外界には一切出回っていない。


つまり憶測(おくそく)でしか語れないということ。


「ジーン。何か先代女王の時代に聞いた事とか無い?アビリタに対して理不尽な要求をした、とか。シスルさんとの関係性とか」


「先代女王はどうでもいいんで、興味も全く無いんですが……シスルとの相性は悪かったようです。先代女王はシスル嬢の能力を疎んでましたから」


「つまり………仲は良くなかったって事?」


「簡潔に言うとそうですね」


「シスルは『嘘を見抜く』能力者だったよな?なんか後ろめたい事でもあったんかね?」


「後ろめたい事のない人間なんざいんのか?」


火狼の問い掛けに見下すように話すユージーン。


それは火狼に対してではなく、彼の紅い目は何処か遠くを見つめていた。


「理由はともかく、先代女王がシスルさんを厄介払いしたのは事実みたいだね。疎んでいたのなら、禁所に追いやる以外に何かしててもおかしくない…か。軍や貴族が動いているのなら、当時に先代女王が出した勅命、それもシスルさんや能力者に対して理不尽な勅命が秘密裏に進められてる可能性はあるね」


「あの女ならやりそうな事です。では、次の疑問ですが……能力者同士の結婚を重要視している理由は、だいたい想像がつきます」


「あ、やっぱ旦那も同じ考え?」


「お前と同じ考えとか胸糞悪ぃけどな、それ以外無いだろ」


「ちょっと。二人で話進めないでよ。自慢じゃないけど、私は能力者や禁所についてなんにも知らないんだからね」


男二人が自分抜きで分かり合っている様子に、蓮姫は口を尖らせて抗議する。


そんな彼女に、ごめんごめん、と片手を自分の顔の前に持っていき謝ると火狼。


ユージーンは、はぁ、とため息をついた。


「姫様。んな事に自信を持たないで下さい。あと、その可愛い顔は俺以外に見せないように。特に何処ぞの犬っころにはダメです」


「アホな事言ってないで説明しろ」


「………。能力者の力が遺伝しやすいのはお教えしましたよね。勿論、生まれてくる者が全員、能力者になるわけじゃありません。それでも、能力者同士が親の場合は子供が能力者になる可能性は上がります」


「つまり、大婆は能力者を量産させたいってわけ。目的はわかんねぇけど……いい意味じゃねぇってのは姫さんにもわかるっしょ?」


「……陛下……女王や姫、世界に何かするつもり?」


「だとしても、村人はアーチをくぐれません。能力も様々でしょうしね。能力者とはいえ、脅威的な力ばかりではありませんから」


それでも能力者を増やすという目的は確定でしょうけど、とユージーンは続ける。


村人の半数は能力者。


子供達を能力者とそうでない者に分けて教育をしているのも、何か目的があるのだろう。


蓮姫の脳裏にはアルシェンの姿が浮かぶ。


(ほが)らかに笑う友人。


まだ彼女自身にはちゃんと確認していないが、能力者であるなら、やはりアルシェンがこのあたりの事情をよく理解しているのかもしれない。


そしてどんな理由、目的だろうと、アルシェンには関わっていてほしくない……そう蓮姫は願った。


「んで、一番興味深い話なんだけどさ。どう思う?姫さん、旦那」


火狼の言葉に蓮姫は現実へと引き戻される。


彼の言う興味深い話とは、例の化け物…キメラの事だろう。


「村人はあのキメラに対して好意的な印象を持ってる…って事は、やっぱりキメラを造ったのはアビリタの人達かな」


「可能性は高いです。もし村人が造ったでないにしろ、造った者やキメラそのものに対して何かしらの協力関係やら利用用途がある…そう考えられますね」


キメラとは人工的に造られた魔獣。


必ず誰かが、何らかの目的を持って、作り出した存在。


それはこのアビリタの村人か?はたまた別の人間か?


どちらにしろ、あのキメラとアビリタの者達は無関係ではないようだ。


「狼。村の人達は、あのキメラの事を何て言ってたの?正確に教えて」


「一言一句、全部間違わずに話せよ」


ユージーンに、わりと無茶苦茶な難題を出された火狼だが、彼は表情を曇らせるでも、ため息をつくでもなく、自然と話し出す。


「『あら珍しい。家畜以外の獣が村に入り込むなんて?』『ほんとね。……獣って言ったら…あの獣は?』『昨日また村の外にいたみたい。見た子の話だとまた少し大きくなったみたいよぉ』『やっぱり…まだ成長してんだね』」


おそらく村のおばさん二名による会話だったのだろう。


火狼はうまい具合に声色を変えながら、身振り手振りで二人のおばさんを演じきった。


キモイ、気色が悪い、と蓮姫とユージーンもつっこみたかったが、流れるように話し続ける火狼にそんな隙もない。


自分達から言い出した事でもあるので、二人は話が終わるまでとりあえずは聞く事にした。


「『おっかないねぇ。また変なのも入ったみたいだし』『段々凶暴にもなってるみたいでね、この間なんて熊と魔獣を一瞬で倒したらしいよ』『おっかなくても、気持ち悪くても私らにはアレに期待するしかないからね』『そうだね。アレは私ら、ここにいる者全員の希望さ』………以上、村のおばさんお二人の会話より」


火狼の話が終わると、蓮姫は再び『ふむ』と口元に手を当てる。


「確かに…恐怖も感じてるけど、それ以上に期待めいたものがあるみたいだね。キメラの事に村人は確実に関わってる。てことは……陛下も知ってるのかな?」


「大婆達の様子をもうお忘れですか?女王をあれだけ毛嫌いしている者達が、いちいち女王に『キメラ造っていいですか?』なんて伺い立てる訳がないでしょう」


「じゃあ……やっぱり?」


「キメラ造ったんはここの村の奴等。目的は陛下への反乱…って考えんのが妥当(だとう)じゃね?」


火狼が探った村人達の会話から、蓮姫達はそう結論づけた。


あくまで仮説でしかないが、そう思わせるには充分な動機が、理由が彼等にはある。


しかし先のロゼリアの事もあるため、仮説はあくまで仮説にしか過ぎないが。


「確定…じゃないけど、可能性は高いよね。『また何か入った』っていうのは、まだあのキメラに何かを足してるってこと?」


「だと思いますよ。混ぜた動物の種類が多い方が多様な能力を得ますからね。(わに)なら強靱(きょうじん)な牙を、馬なら俊敏(しゅんびん)な足を」


「人なら…知性や知恵を?」


蓮姫はあのキメラについていた女の顔を思い出しながら呟く。


あの女の顔も、キメラの材料とされた者のなれの果てだろう。


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