禁所で迎えた朝 3
食事の手を止め、伏せ目がちに蓮姫は答える。
此処から出れるかどうかもわからない。
出た所で、禁所に入った蓮姫は女王より咎を受けなければならないだろう。
偶然とはいえ女王の定めた法に背く事など、姫とて許されない。
それでも女王となる為には、咎を受けようと罰せられようと、彼女は禁所を出なくてはならない。
そんな蓮姫を見ながら、火狼はスプーンをくわえたままテーブルに肘をついて声をかける。
「でもよ~……このまま姫さんがこの村で暮らす。ってのも有りだと思うぜ。俺が言う事じゃねぇだろうけど、此処なら姫さんが命狙われる事も無ぇじゃん」
「お前、自分の事を棚にあげて何言ってんだ?」
「いや、旦那の言葉もごもっともなんだけどな。でも、俺の意見だって間違っちゃいねぇだろ。姫さん噂なんかより全然いい女だし、俺としては仕事じゃなきゃ殺したくなんかないわけ。もし姫さんが此処で一生暮らすってんなら、雇い主は勿論、他の朱雀の奴等を説得してもいいぜ」
ユージーンに冷ややかに返されても、火狼は自分の意見をハッキリと彼女に伝える。
それが彼の本心なのか?油断させる腹積もりなのか?それは蓮姫にもユージーンにもわからない。
しかし、どちらであれ、蓮姫の答えは決まっている。
「ノーサンキュー」
「え~~~。なんでよ?けっこう良い案じゃね?」
「私はここで暮らす為に王都を出た訳じゃない。女王になる為に、世間を知る為に、自分が理想とする女王へと成長する為に王都を出たの」
「姫様。『私のヴァルを得る為に』が抜けてます。けど……その返答は姫として及第点ですかね」
火狼を真っ直ぐと見つめ、伝える蓮姫。
その言葉と瞳には、大きな決意が込められていた。
自分の存在が蓮姫の行動理念に入っておらず、すかさずつっこむユージーン。
しかし彼も、蓮姫の答え聞いて満足そうに微笑んでいる。
「はぁ~~~。さいですか。決意は固いようで。こういう時は噂通りの能無しな弐の姫が良かったって」
ガンッ!!
「痛ぁっ!?な、なんで殴ったん!?旦那ぁ!」
「俺の姫様を能無しとか言うな、犬っころ」
「いや!言ってんのは俺じゃねぇし!ちゃんと噂だっつったよな!俺!!」
ユージーンに殴られた頭を抑えながら抗議する火狼だが、ユージーンはふいっ、とそっぽを向く。
「はいはい。じゃれてないで。これからの事を話し合うよ。とりあえず情報収集……っていきたいけど、アーシェ以外の人と話しちゃダメって言われたし…」
例の化け物の事、アーチの場所など知りたい事は山ほどある。
しかしロゼリアのときのように、協力してくれる者がいる訳ではない。
唯一、話が出来るアルシェンは不在。
「このままじっとしてる訳にもいきませんけどね。朝食を済ませたら、例のアーチとやらでも見に行きますか」
「でも大婆様からは、アーシェの家から離れるのも駄目だって言われたし……アーシェが戻るまで待つしかないのかな?」
「いつ戻るかもわからないのにですか?」
「それでも……ううん。だからこそ待たないとダメじゃない?アーシェに迷惑かけたくないし。帰って来て私達がいなかったら、きっと心配する」
「その心配が純粋な物だという保証もありませんけどね。まぁ、姫様がそうおっしゃるのなら、俺は従うまでです」
ユージーンは最初から大婆の言いつけなど守る気など毛頭ない。
大婆や村人が怒り狂おうが、アルシェンに迷惑がかかろうがどうでもいい。
歯向かう者がいれば、誰彼構わずに倒せばいい。
彼は蓮姫がこの村を……いや、禁所を離れられればそれでいい。
そういう男だ。
だからこそ蓮姫は念を押す。
自分のためとはいえ他人に、むしろアルシェンに迷惑をかける行為は慎め、と。
それに効果があるかは微妙だが。
「そういえば……聞きたかったんだけど…アーシェ達の先祖で先々代女王の娘の能力者って、ジーン知ってるの?確か……シスルさん」
蓮姫の問いかけに、ユージーンは興味無さげな顔をする。
先代女王に怨恨のある彼だが、先々代女王の娘とはそれほど深い付き合いは無いようだ。
「何度かお会いした事はありますよ。ロゼリアのルリとラピス姫程ではありませんが、アーシェにもシスル嬢 の面影はありますね」
「げっ!?マジで会った事あんのかよ。旦那って一体いくつ?」
「お前に歳まで教える気はない。そもそも一々数えちゃいねぇよ」
「それ教える気が無いんじゃなくてよ、教えらんねぇんじゃん」
驚く火狼を冷たくあしらうユージーン。
火狼も火狼で、この対応に慣れてきている。
「はいはい。話戻す。で?その人はどんな能力者だったの?」
「シスル嬢の能力は『嘘を見抜く能力』でした。相手の言葉、表情、筆跡、ありとあらゆるその者の情報から嘘を見つけられるんです。嘘を見抜けるという事は真実をも見抜ける。彼女の能力は先々代女王も重宝していましたね」
今は何処ぞの犬っころに対して使いたい能力ですけど、とユージーンは言葉を続けるが、火狼は笑顔を浮かべて口笛を吹くだけ。
どうにも掴めない男だ。
「そんな便利な能力者なら、なんで先代女王は自分の味方にしなかったのかな?」
「………ソレ俺に聞きます?あんな女の考えなんて、わかりたくもありませんよ」
はっ!と鼻で笑うユージーンには、蓮姫相手には珍しい程の刺を含んでいる。
彼にとって先代女王は忘れたくとも忘れられない女。
愛情などとはかけ離れた負の情念だけが、彼の先代女王への想いだ。
「まぁ、訳ありって事なんね。旦那も姫さんも。それにアーシェちゃんも」
「簡単に言うよね。でも一番訳ありなのは自分だってわかってる?朱雀の頭領さん」
「姫さん、それは言わないお約束」
「約束なんてしてねぇだろうが。しかし姫様、シスルの能力は利点ばかりではありませんよ。女王に少しでも反感のある者は直ぐに見抜ける。先々代女王にとっては良くとも、その女王に仕える者たちは内心穏やかではなかったですからね。彼女が命を狙われた事も何度あったか」
女王に仕える者たち。
ヴァルは当然、女王に心からの忠誠を誓っている。
子供達も母である女王を慕っている。
しかし貴族達はそうではない。
自分の地位を守るために仕える者がほとんどだ。
その為に女王におべっかを使ったり、貢ぎ物をしたりと考えるのは自分の保身ばかり。
それは麗華が女王を務める今も続いている。
「先代女王が自分の先代に反感でも持ってたのかな?だから女王となった時にシスルさんの能力を奪って遠ざけようとした?シスルさんだけじゃ不公平だし、元々民衆から良く思われてなかった能力者全ての力を勅命として全て消した?」
全て疑問形で話す蓮姫。
しかしその疑問はユージーンに問いかけるわけでも、火狼に問うわけでもなく、独り言のように呟く。
ユージーンの先代女王に対する感情を再度感じたし、火狼に言った所でわかるはずもない。
わかる者は誰一人いない。
今、この場には。
「アーシェに聞いたらわかるかな?」
「どうでしょうね?知ってても答えない可能性もあります。一番手っ取り早いのは、アーシェなり村人の誰かなりをとっちめて」
「それ以上言ったら殴る。蹴る」
「…………かしこまりました」
「………姫さんもおっかない女だな」
ニッコリと微笑みながら拳を握る蓮姫に、男二人は顔の筋肉がひきつるのを感じた。
同時刻。
アルシェンは目的地である大婆の家へとついていた。
コンコン、とノックをするとドアがギィ……と音を立てて開く。
そのまま中に入ると、大婆は能力でアルシェンが来た事を知っていたのか、部屋の中心に立っていた。
朝だというのに真っ暗な室内。
全ての窓や扉は閉め、隙間も全て布で塞がれている。
いくつかある蝋燭の火が、ゆらゆらと大婆の皺だらけの顔を照らしていた。
「……アルシェン。弐の姫達は?」
言葉少ない大婆だが、アルシェンはその一言で大婆の意図を理解したらしい。
アルシェンは大婆の前まで歩み寄ると口を開いた。
「……れ…。…弐の姫はヴァルと私の家で朝食を食べています。朱雀の首領も一緒です。昨夜は疲れていたのか、直ぐに三人とも休んでいました」
昨日からの癖で『蓮』と呼びそうになり、アルシェンは言い直す。
『弐の姫』と。
大婆は蓮姫達を泊める事は許しても、姫である彼女を信用したわけではないからだ。
「何も勘づかれてはおらぬのだな?」
「はい。禁域や能力者については聞かれましたが、当り障りない事しか伝えておりません」
「……よろしい。では……そろそろ例のアレを始めるとするかの?」
大婆にアレ…と言われ、アルシェンの顔は強ばる。
しかし彼女は何も言わず、俯きながら小さく、小さく返事をした。
「……………はい」
「忘れてはならぬぞ、アルシェン。お主はシスルの血を濃く受け継ぐ直系。能力自体はともかく、その力、魔力は儂らの誰よりも強い。……だからこそ、お主に与えられた使命なのじゃ」
「…わかって……います」
「弐の姫と馴れ合おうなど思うでない。姫など女王と同じ。儂らの事など道具か厄介ものにしか見ん。弐の姫程度ならば懸念する必要も無いかもしれんが、それでも姫は姫。心を許す必要などない」
そう告げると、大婆は部屋の奥へと進んでいく。
アルシェンも燭台を1つ持ち、大婆の後を追った。
頭に蓮姫の笑顔が、不機嫌そうなユージーンの顔が、おちゃらけた火狼の表情が浮かぶ。
楽しかったあの朝食の風景が、遠い過去のようだ。
アルシェンは首を左右にふり、雑念をはらいながら先へと進んだ。
「もうすぐじゃ。もうすぐ儂らの積年の願いが叶う。ヒィーッヒッヒ!!ヒィーヒッヒッヒッヒッヒィ!!」
ひきつりそうな笑い声が暗闇にこだまする。
その姿はまさに、おとぎ話の魔女のようだ。
それでもアルシェンは大婆には逆らわない。
他の何に逆らおうと、意見を言おうと、これから自分に行われる事に逆らいはしない。
幼い頃より続けられた事。
これをできるのは自分しかいない。
これは自分の願いではない。
それでも、村人全員の願いならば、アルシェンは受け入れる。
自分の運命を。