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禁所で迎えた朝 1




翌朝。


チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえ、蓮姫はゆっくりと(まぶた)を開ける。


カーテンの隙間から陽の光が薄くさしこみ、夜が明けたのだと気づいた蓮姫は上体を起こした。


まだ眠気が完全に抜けていないのか、軽く目をこする。


ふと枕元のノアールや隣のベッドで休むユージーンへと目を向けた。


すぅすぅと寝息を立てながら、ゆっくりと上下する身体。


彼らがこれだけ安心して眠っているのは珍しい。


危険が無いということだろう。


久々のベッド、ノアールにいたっては初めてのフカフカの寝床。


昨夜ユージーンも言っていたが、疲れた時にフカフカのベッドがあれば、その誘惑には勝てやしない。


ユージーンの寝顔は普段の憎まれ口が無いからか、あの鋭い眼光を秘めた紅い瞳が見えないせいか、ただただ美しい。


ノアールも何処か幸せそうな表情に見える。


普段は殺伐(さつばつ)とした日常を過ごし、蓮姫の為にろくに睡眠もとっていないユージーン。


ノアールも幼い仔猫でありながら、昨日は蓮姫やユージーンを乗せて走らせてしまった。


起こすのはしのびない。


蓮姫は音を立てないように、ゆっくりとベッドから抜け出して、部屋から出て行った。




部屋を出て大きく伸びをすると、階下からトントンと包丁の音がする。


廊下の手すりから見ると、下のキッチンで朝食を作るアルシェンが見えた。


蓮姫は先程のようにあまり音を立てないよう、階段を下りる。


しかし古い家のせいか、ミシミシと木が軋む音がなり、アルシェンは階段の方を振り返った。


「おはよう、蓮。よく眠れたかしら?」


「おはよう。もうグッスリだったよ。本当にありがとね、アーシェ。それに…いい匂い」


蓮姫がアルシェンへと近づくと、既に鍋にはスープが煮込まれていた。


グゥ~~~…


「……あ…ご、ごめん」


昨日の夜に食べた物は、あのキメラ(仮)に出くわした時に全て吐き出してしまった蓮姫。


空腹だった蓮姫は、スープの匂いを嗅いだだけでお腹が鳴ってしまう。


「ふふっ。ごめんなさい、朝ご飯まだなの。棚にパンが入っているから先にそれを食べてて。ジャムはテーブルの上よ」


「……お言葉に甘えます」


さすがに恥ずかしかったのか、蓮姫は顔を赤くさせて言われた通りパンを取り出した。


朝食が食べられるように、一番小さい物を選び椅子に腰掛ける。


ジャムの瓶に手を伸ばすと、奥に布団を敷いて横になる火狼の姿が目に入った。


彼もまたよく眠っているらしい。


幸せそうな顔をして寝息を立てている。


そこだけ見ると、自分を殺そうとする暗殺ギルドの頭領とは微塵もわからない。


暗殺者と一つ屋根の下で眠るなど、余程肝が据わっているか、大馬鹿のどちらかだろう。


(私の場合は後者なんだろうなぁ。……ジーンは前者だろうけど)


蓮姫はそんな事を考えながら、ジャムをつけたパンを口に押し込んだ。


どれだけ安眠していても相手はプロの暗殺者。


警戒を(おこた)る訳にはいかない。


しかし女王の定めた禁所では、ロゼリア以上に手を出しにくいはず。


そう蓮姫は結論づけて、彼からアルシェンへと意識を戻す。


テキパキと要領よく朝食を作る姿。


まだ早朝だというのに身支度もキッチリ済んでいる。


テーブルの上には人数分の食器が出揃い、テーブルクロスも昨日とは違い新しい物だ。


子供の頃に両親を亡くしたと言っていたが、短時間にこれだけの事を要領よく済ませられるのなら一人暮らしが長いのは事実だろう。


蓮姫はアルシェンの女子力の高さに感心すると同時に、自分と比べてちょっとだけ悲しくなった。


「ごちそうさま。アーシェ、私も手伝うよ」


蓮姫は手を合わせた後、腕をまくりながらアルシェンの隣へ立つ。


簡単な朝食ぐらいなら自分も作れるし、アルシェンを手伝いたかった。


そしてたった今減った女としての自信を取り戻したかった。


「ううん。お客様は座ってて」


「そうはいかないよ。昨日は遠慮したけど、今はうるさいのもいないし。何より私がアーシェを手伝いたいの」


「蓮……。ありがとう。それじゃあサラダをお願いしていい?材料はその籠に入ってるから」


「うん。サラダだけじゃなくてドンドン言ってね!」


フンフンと鼻唄まじりにレタスをちぎる蓮姫。


そんな彼女を見ながら、アルシェンはクスリと笑った。


「ん?どうかした、アーシェ」


「あ、ごめんなさい。なんか…こういう誰かと一緒に料理とか…久しぶりで」


「私だってそうだよ。女友達とこうやって楽しく話しながら、何かするのって…ほんとに久しぶり」


満面の笑みで答える蓮姫。


その笑顔は本当に楽しさや嬉しさがにじんでいる。


公爵邸に居た頃は友人などいなかったし、姫が厨房に立って自分で料理をするなど禁じられた。


ソフィアに対しては距離をとっていたし、王都に居た頃の蓮姫の友人達は男ばかり。


年の近い女友達などいなかった。


ロゼリアでラピスとも出逢えたが、過ごす時間も短く軽く話くらいしか出来なかった。


だがらこそ、この時間が蓮姫にはとても楽しいひと時だ。


「なんだか……噂の弐の姫とは全然違うのね」


「噂……ね。多分当たらずとも遠からずだよ」


蓮姫はレタスをちぎる手を止めてポツポツと話し出した。


目の前にある窓を見つめるその目は、外の風景というよりも、ずっと遠くを見ている。


「『王位争いから逃げた』とか『王都に居た頃は遊び呆けてた』とか『無知で無力な厄介者』とかでしょ。間違ってないもん。私は何も知らずに、何もしないで……大切な友達を死なせたんだ」


「…………蓮。ごめんなさい。辛い事を思い出させてしまったのね」


「ううん。思い出したのとは違う。忘れた事なんて一日だって無いから。だから、アーシェのせいなんかじゃない。気にしないでよ」


そう言うと蓮姫は、アルシェンへニッコリと笑いかけた。


「……蓮。やっぱり噂とは全然違うわ。貴女は他の人と違う。私達が今まで会ってきた外の人達よりもずっと優しい。偏見(へんけん)だけで能力者である私達を差別したり、怖がったりしないもの」


「だって……それは…私の大切な親友達も能力者だから」


「それって……今の女王陛下の息子達?」


「うん。ユリウスとチェーザレ。それと藍玉。確かに彼等は能力者だよ。ユリウスも藍玉も使い方によっては恐ろしくて、厄介な能力を持ってた。でも、それだけ。彼等を怖いなんて思った事無い。とっても優しい…大事な友達だから」


そう言う蓮姫こそ、慈愛と優しさに満ちた表情をしていた。


「ふふっ。大切で大好きなのね。でもユージーン殿の前では言っちゃダメよ。嫉妬しちゃうわ」


そう話しながら調理を再開するアルシェンに、蓮姫はキョトンという効果音がピッタリな顔をする。


疑問符を浮かべながらも、蓮姫も再びレタスをちぎり始めた。


「ジーンが嫉妬?なんで?」


「え?だってユージーン殿は蓮の恋人なんでしょう?」


バリッ!!


アルシェンの爆弾発言に、蓮姫は持っていたレタスを真っ二つに割ってしまう。


「は、はぁああ!?な、なんでそんな風に思うの!?」


「え?ち、違ったの?一晩同じ部屋で過ごしていたし…そもそも王都からずっと一緒に居たのなら」


「違うからね!全っっっ然違うからね!!ジーンは私のヴァル!私の部下だから!恋人とかそんな甘ったるい物、全く無いからね!むしろいらない!!」


「………そ、そうなの」


あまりの蓮姫の迫力、全身での拒絶にアルシェンは若干引いてしまう。


それと同時にユージーンが哀れに思えた。


「あのね!アーシェ!確かにジーンは顔はいいよ。でも騙されちゃダメ!あいつのいいトコなんて顔だけ!顔オンリー!!顔が綺麗でも中身まで綺麗とは限らないんだから!男は顔じゃないの!顔だけの男に騙されたりしちゃダメ!!」


『じゃあなんでそんな顔だけ男と一緒にいるんだ?』と思うアルシェンだったが、ずぃっ!と蓮姫に迫るように言われ「……は、はい」と返事しか出来なかった。


アルシェンの言葉を聞き満足したのか、蓮姫は真っ二つにしたレタスへと向き直る。


「まったくもう…。そういうアーシェは?恋人とかいないの?」


「あ、私?私にはそういう人はいな……っう"」


「アーシェ?」


会話の途中で、アルシェンは急に胸を押さえると、苦しそうに下を向く。


ハァハァと呼吸が荒くなり、顔色もどんどん悪くなる。


立っているのも辛いのか、足はガクガクと震えだした。


「アーシェ!?アーシェ!どうしたの!?しっかりして!ジーンっ!!狼っ!!さっさと起きてっ!!」


蓮姫はアルシェンを抱き込むと、二階のユージーンや後ろで寝ている火狼に呼びかける。


「……平…気……すぐに…おさまる……か…ら」


「おさまるって…こんなに苦しそうなのにっ!」


「大……丈夫…」


アルシェンは震える手でポケットを探ると、中から紙の包みを取り出した。


それを開き口元へと運ぶ。


蓮姫からはよく見えなかったが、サラサラという音や紙に包まれていた事から、それは粉薬だとわかった。


アルシェンはそのまま水を飲み、数回深く深呼吸すると、先程までの苦悶(くもん)の表情が嘘のようにおさまる。


「アーシェ?大丈夫なの?」


「えぇ。もう大丈夫。ごめんない、驚かせて」


「私はいいけど……アーシェ…病気なの?それなら医者のところに」


「本当に大丈夫よ。薬を飲めば落ち着くわ。もう何ともないもの」


そう話すアルシェンは、確かに先程とは違う。


だが、元気になったという表現は似つかわしくない。



まるで苦しさと一緒に生気も無くしたように蓮姫は感じた。



当然、アルシェンは目の前で生きているし、蓮姫は何故自分がそんな考えに至ったのかもわからなかった。

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