禁域【アビリタ】4
アルシェンは何かを隠している。
蓮姫もソレは直感した。
「あのさ~。俺から聞いといて何だけど、話戻していい?アーシェちゃん。あの化け物について何か知ってたら教えてくんね?行動範囲とか出る時間帯とか……できれば弱点とか知りたいんだけど」
「申し訳ありませんが火狼殿。その質問には答えられません。私は例の化け物を見た事も無いんです。村人も何人かは見た事があるらしいですが……弱点なんて…誰も知らないと思います」
「あの化け物は……一体何なの?」
蓮姫が不安げな表情でアルシェンへと尋ねるが、アルシェンは首を左右に振る。
「ソレは……誰も知らないわ。数年前から禁域に出るようになった。身の毛もよだつ容貌に、出会った者全て無差別に襲いかかる狂暴さ。私が知っているのは……それくらい」
「……そっか。色々とありがとう、アーシェ」
アルシェンの話から色々な情報は得られた。
しかし、一番欲しい情報だけは得られなかった蓮姫達。
彼女は例の化け物を思い出すと、ブルッ!と全身が震えそうになる。
それを誤魔化すように、出されたお茶を一気に飲み干した。
「あ、大変!もうこんな時間?随分と話し込んでいたみたい」
アルシェンの言葉に蓮姫が柱時計へと目を向けると、針は既にてっぺんを指していた。
「ホントだ。ごめんね、アーシェ。こんな遅くまで」
「ううん、私は大丈夫。でも蓮達は流石にもう休まないと。疲れているのに、気づけなくてごめんなさい。寝室は二階なの。案内するわ」
アルシェンはそう言って立ち上がると、ランプを持って階段を上がる。
蓮姫がノアールを抱き上げると、それを合図に三人も彼女に案内されるまま二階へと昇った。
階段を上がりきると狭い廊下があり、左側に三つのドアがある。
「一番手前が私の部屋。隣は物置みたいになってて、一番奥が両親が使っていた寝室です」
「そうですか。では姫様、参りましょう」
「は?」
「え?」
「ちょ……おかしくね?旦那」
アルシェンに部屋の位置を教えてもらうと、ユージーンは当然だ、とでも言いたげに蓮姫のてを引いた。
そんな彼に蓮姫は気の抜けた声を出し、アルシェンはただ驚いている。
唯一まともに火狼だけが、律儀に抗議した。
「何がおかしいってんです?」
「いやいやいや。部屋は二つだぜ。なら当然、姫さんとアーシェちゃん。俺と旦那で別れるっしょ」
「嫌ですよ。一晩男と二人っきりとか…俺はそっちの趣味無い」
「だから俺も無ぇって!そうじゃなくてよ。いくら姫とヴァルっつってもそこまで一緒はおかしいって。男女で別れるのが普通だろ?」
火狼は時に、この場にいる誰よりも正論や一般論を口にする。
そういう時だけは、彼が暗殺者ではなく常識人に見えてしまうから不思議なものだ。
まぁ、蓮姫やユージーンが特殊過ぎるのが一番の原因だが……。
「ジーン。私もその方がいいと思う。アーシェは信用できるし…万が一、狼が私を襲おうとしても、ジーンが狼の側に居るなら止められるでしょ」
「あれ?姫さんまだ俺のこと信用してくれてない?」
「つい数時間前まで何度も殺されかけたからね」
蓮姫は溜め息をつく。
こんなに和やかに言葉を交わしても、お互いの関係は命を狙う者と狙われる者なのだから。
「姫様。危険なのはコレ(火狼)だけではありませんよ。コレ以外の刺客が禁所に迷い込む可能性も捨てきれません。それに姫様が村にいる事を快く思っていない村人は大勢………いえ、アーシェ以外全員でしょう。そいつらが何もしない、とは断言できないんですから。だからこそ俺は、姫様の側を離れません。悪いですが、姫様の命令でも譲れませんからね」
こういう態度をとるユージーンは、頑なに自分の意思を曲げない。
王都を出てから彼とずっと行動を共にしてきた蓮姫には直ぐにわかった。
こちらが折れるしかない、という事を。
「はぁ、わかったよ。ジーン」
「『はぁ、わかったよ。ジーン』…じゃなくねぇ!?いいの?姫さんそれで?俺と一緒に寝るとかいいの?アーシェちゃん」
火狼は交互に二人の女性に訴えかける。
が、アルシェンに問い詰める時は若干鼻の下が伸びていた。
「ジーンは私に何もしないから心配なんていらないの。むしろ心配はそっち。なんでアーシェと寝る事が決定事項になってんのよ?」
「え、えと……火狼殿。私はさっきの部屋にお布団を敷いて寝ますから、部屋はどうぞ好きに使って下さい」
「何を言ってるんです、アーシェ。貴女は家主で俺達の恩人でもあります。そんな恩人を寝室から追い出すなんて男の風上にもおけませんよ。ねぇ、火狼」
「こ、こんな時だけ呼ぶのかよ…。はぁ~……わかったよ。俺は一人で寂しく下で寝てます。アーシェちゃん、布団貸してくれる?」
アルシェンからは若干引かれ、蓮姫とユージーンからは蔑むような視線を浴びた火狼。
彼はどっと疲れたように肩を落とすと、アルシェンと共に下へと下りていった。
二人が一階に降りきったのを確認すると、ユージーンと蓮姫は奥の部屋へと足を進めた。
「はい、ノア。今日はお布団でゆっくりぐっすり眠れるよ」
「ぅにゃあ~っん!……ふにゃぁ…」
ノアールは枕元に下ろされると、大きく伸びをしてあくびのように声を上げると直ぐに丸くなり寝入ってしまった。
今日はたくさん走らせたので疲れたのだろう。
凶暴な魔獣サタナガットといえど、ノアールはまだまだ子供なのだから。
蓮姫はベッドに腰掛けると、ノアールを優しく撫でながら、視線はそのままにユージーンへと声をかける。
「………で?わざわざ二人から離れたのには他に理由があるんでしょ」
「さすがは俺の姫様。聡いですね。ヴァルとして嬉しい限りです」
「茶化さないで。真面目に聞いてんだから」
蓮姫がユージーンをギロ、と睨むように告げると、彼も肩をすくめ向かいのベッドへと腰掛ける。
ノアールの背をゆっくりとひと撫でし、蓮姫もユージーンへと向かい合うように身体を向けた。
「アーシェにも狼にも話せない事……そんなのありすぎるけど、一体何?」
「俺に言わせれば、姫様こそ何?ですよ。会って間もないアーシェを信用したり、ついさっきまで自分の命を狙った男と行動を共にするなんて…普通じゃありません」
「アーシェは悪い子じゃないでしょ。現にこうやってお世話になってる。それに狼だって……確かに信用出来る人物じゃないけど…あの化け物相手に戦力は多い方がいい。彼だってそう言ってたじゃない」
「しかしあいつも何考えてんだかサッパリ読めません。嘘だってどれだけついているか」
「それって名前の事?」
火狼は名を聞かれた時、結局は自分の名を偽って教えた。
ユージーンが言っていた、四大ギルドの長が女王や一族に本名を捧げる習慣があるのなら仕方が無い。
しかし彼の嘘はあまりにも自然で蓮姫はまったく気づかなかった。
ユージーンは元々情報を知ってはいたが、あらかじめ知らなかったら彼も騙されていただろう。
「名前だけじゃありませんよ。最初に『この村が禁域だ』とアーシェが話した時あいつは『村が禁所にあるとは知らなかった』と言いました。しかし例の化け物の話をした時『白虎や青龍が村に物資を届け、尚且つ四大ギルドの繋がりで化け物の存在を知った』と話した」
「………矛盾してる」
「そうです。しかも初めの嘘の時の驚き方、物資の話をした時の自然さ。まったく違和感が無かったんですよ。普通の人間は嘘をつく時に癖があったり、違和感が声や表情、仕草に現れるものです。だが奴はまったく自然に嘘をついた。嘘や騙しが日常茶飯事なのでしょうが……そうすると、先程のようなミスが無い限り嘘を見破るのは難しいですね」
朱雀の者ならば嘘や騙しなど日常茶飯事だろう。
標的を殺すために必要な技術の一つなのかもしれない。
だがユージーンの言葉が真実なら、一緒に行動をしたところで彼の言葉や行動の全てが怪しくなる。
騙されればこちらが寝首をかかれる危険も強くなるのだ。
「狼の言動には要注意って事ね」
「簡単に言えばそうなりますね。相手は朱雀の長。一瞬でも心を許してしまえば命取りです。それを決して忘れないで下さい」
「わかってる」
「それと…アーシェも怪しいですよ」
「なんでアーシェまで?」