女王の元へ 3
女王に声を掛けられ、蓮姫は萎縮する。
その蓮姫の姿に女王はニコリと微笑む。
「ふふっ。緊張しておるのか?なに、取って食う訳でもない。気を楽におし。して……蓮姫よ。蓮姫という名は本名か?」
「………違います。コレは…ユリウスが付けてくれた名前です」
「ほぉ。我が息子は良い名を考えるの。しかし、何故それを名乗る?」
「私の名前……いえ、私の事を知る人はこの世界にはいません。だから、この世界の大切な友人に貰った名前を使っています」
「……………そなたは、我が息子が与えた名が好きか?」
「はい。名前だけでなく、ユリウスもチェーザレも大好きです」
蓮姫の発言に周りに居た人間達がざわざわと騒ぎ出す。
蓮姫には分かっていた。
久遠の態度、生まれてから塔に居た事から二人が良く思われていないことに。
だからこそ、あえてこの場で二人の名を出した。
周りがどう思おうと、蓮姫には大切な存在であると知らしめる為に。
「ふふっ…はははっ!弐の姫にそうまで想われるとはっ!母として嬉しく思うぞ。あれらは妾の子供の中でも、自慢の息子達だからの」
蓮姫の言葉に大笑いする女王。
母親まで彼等を疎んでいると思っていたが、どうやら杞憂だったらしい。
「では改めて、妾が女王の麗華じゃ。妾の名も本名ではない。この世界の女王に相応しい名を名乗っておる。麗しき華など、妾にピッタリであろう」
女王の言葉に蓮姫は自然と頷いた。
それ程の美しさ、納得せざるを得ない威厳と貫禄が彼女にはある。
だが蓮姫には、彼女に会った時から疑問に思っていた事があった。
「ふむ。妾に何か言いたげじゃのぅ。妾の姿か?」
「っ!?………はい」
蓮姫は図星を当てられて驚いたが、隠したところでバレると思い素直に頷く。
自分と同じ想造世界の人間でありながら、女王の容姿は、想造世界の人間とは違う。
その喋り方も気になっていた。
「妾はこの世界の女王。故にこの世界の誰よりも強い力…想造力を持つ。その力でこの姿をとっておるのだ。妾が望めば…」
「か、髪がっ!?」
蓮姫の目の前で、女王の髪は赤から金へと変わっていった。
「妾にとって髪の色を変えるなど造作もない。今日の気分は赤だったゆえ、そうしただけのこと。妾もこの世界に来た時は、そなたのように黒目黒髪であった。妾はこの世界の女王。それが、そなたの問の答えじゃ」
彼女は想造世界から来た女王。
それがすべての答え。
それ故に彼女は誰よりも美しい。
喋り方も彼女が考える女王像なのだろう。
「そなたはそのままでも充分美しいが……自在に想造力を使えるようになったら、やってみるが良い。なかなか楽しいぞ」
「は、はぁ」
確かに気さくな方だ。
蓮姫は飛龍大将軍の言葉を思い出していた。
軽やかに笑う彼女に、ふとユリウスの笑顔が重なる。
「女王陛下。恐れながら…女王陛下に」
「堅苦しい言葉など不要じゃ。蓮姫、そなたの言葉でよい」
「……わかりました。陛下にお聞きしたい事があります」
「申すが良い」
彼女はこの世界の女王。
そして、ユリウスとチェーザレの母親。
「ユリウスとチェーザレの事です。私を今迄守ってくれた彼等を罰するんですか?自分の息子を?」
「陛下に対して言葉が過ぎるのでは?弐の姫」
蓮姫の言葉に答えたのは女王ではなく、久遠だった。
蓮姫の後ろで控えていた久遠は、一度立ち上がり蓮姫の横へと移動すると、跪き再び女王へ頭を垂れる。
「恐れながら陛下。ユリウス様、チェーザレ様の両名は弐の姫を手元に置き、陛下にその存在を隠しておりました。我等が尋ねても『 知らぬ』と申され、しらを切る始末。陛下の実子とは言え厳罰に処するべきです」
「そんなっ!?」
「天馬将軍。君の方こそ、陛下に対して口が過ぎるのでは?」
久遠の発言に反論を唱えようとした蓮姫だが、女王の隣に控えていた…眼鏡をかけた金髪の男が久遠を諌める。
女王の傍に居るくらいだ。
彼は恐らく女王の側近だろう。
「飛龍大将軍。貴方はどう思いますか?彼等と深い関わりを持つ貴方なら、彼等の人となりを知っているでしょう。まぁ、天馬将軍も…ユリウス様との関わりは深いでしょうが」
その言葉に天馬将軍はグッと奥歯を噛み締めた。
眼鏡の男に問われ、飛龍大将軍も蓮姫の隣に移動し跪く。
「サフィール様。私の報告も私情が混じるかもしれませんが……御二人は私欲の為に弐の姫様を利用するような方ではありません」
「御二人の師である貴方が言うのなら…真実味はあります。弐の姫を隠していた事も間違いないでしょうが」
サフィールと呼ばれた男の言葉に、蓮姫はユリウス達に対する大将軍の態度に合点がいった。
師匠だったからこそ、彼だけは二人を見る目が自分と同じだったのだと。
二人は自分を隠していたわけではない、と蓮姫が告げようとしたが先に久遠が口を開く。
「サフィール様。私の報告は信じず、飛龍大将軍の御言葉ならば信ずるに値するのですか?」
「どうやら、君のユリウス様への恨みは相当らしいね」
「何をっ!」
サフィールの言葉に噛み付く勢いの久遠。
久遠とユリウスの間には、何やら怨恨があるらしい。
「やめよ。蓮姫が驚いておるではないか。サフィ、あまり久遠を虐めてやるでない」
「申し訳ありません。陛下」
女王の言葉でその場の口論は直ぐに収まった。
まさに鶴の一声、ならぬ女王の一声。
「陛下…。あの……」
「心配するでない。ユリウスもチェーザレも愛しい我が子。厳罰など与えるつもりは最初からない。後で二人を呼び事の次第を確かめるつもりじゃ。蓮姫よ。……ユリウスとチェーザレは、そなたにとってどういう者じゃ?」
「ユリウスは……いつもふざけてばかりで、勝手に人の夢に入って、人に家事を押し付けたりもするけど……いつも優しくて、私が暗い顔をしていると笑わせてくれました」
蓮姫はそっと目を閉じながら語る。
まぶたの裏にはユリウスとチェーザレの笑顔が浮かんでいた。
「チェーザレはいつも無愛想で、滅多に笑わないし、言葉もぶっきらぼうで。怒りっぽいけど顔に似合わず甘党で……でも、いつも真剣に私と向き合ってこの世界の事を教えてくれました。二人共大切な……私の友達です」
「……そうか。嬉しい事を言ってくれる」
そう言って笑う女王は、今までの余裕や色気ある女王ではなく、母親の顔をしていた。
「先程も言ったが…妾はユリウスもチェーザレも愛しておる。二人だけではない。妾の子供達……藍玉もリュンクスも……亡くなった子らも愛しくて仕方がない」
本当に愛おしそうに、慈愛の満ちた顔で話す女王を見て蓮姫は安心した。
この人は本当に息子たちを愛しているのだと。
「だから安心おし蓮姫。そなたの言葉を信じ、あの二人は悪いようにはせん」
「はい!ありがとうございます!陛下」
「ふふっ。まるで自分の事のように嬉しそうじゃのぅ。そなたも凛もほんに可愛らしい。どちらが女王となるか…妾には楽しみで仕方ない」
「凛?」
「壱の姫の事じゃ。ここに来るように申し付けておる。本来、姫同士の面会は禁止だが妾の命なら構わぬ。お互い争う相手がわからぬのは不安であろう。まぁ、知らぬ仲ではないだろうが」
意味深な言葉を告げる女王だったが、蓮姫はソレを問う事は出来無かった。
「来たようじゃの。凛、蘇芳。入るがよい」
「失礼します」
「失礼致します。陛下」
「っ!!?」
扉から入ってきた二人の人物。
その姿を見て蓮姫は息を飲む。
その二人を蓮姫は知っていた。
壱の姫の正体よりも、蓮姫の目はその後ろの男に釘付けだった。
「お初にお目にかかります、弐の姫様。私は蘇芳と申します」
にこやかに笑うその男を見て、蓮姫の頭にはあの忌まわしい日々が蘇る。
その男は
蓮姫を監禁し、陵辱した…あの男だった。
「っ!?…かっ………………ひゅっ…………………はっ……」
蘇芳を見て蓮姫は呼吸が出来なくなる。
それ程まで、身体は蘇芳を拒絶していた。
「っ!?弐の姫様!?」
酸欠状態になり、倒れ込む蓮姫。
慌てて飛龍大将軍が駆け寄るが、蓮姫が倒れる前に別の腕が蓮姫を支えた。
「…大丈夫だよ、蓮姫。大丈夫だから」
蓮姫は自分を包む暖かい腕と、友人の優しい声を感じながら意識を手放した。