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禁域【アビリタ】2


「弐の姫よ。儂らがお主を拒む理由がわかったじゃろう」


大婆は蓮姫の問いには答えず、淡々と告げる。


「お主が王都を出て何を企んでおるのか…そんな事はどうでもよい。このまま村に留まる事も儂は許可せぬし、村人も拒むじゃろう。所詮は弐の姫。禁域から出ようとも意味はない」


「意味はないって……ちょっと待って下さい!このまま一生、私は禁所から出るなって事ですか!?」


「現女王も先代も元は壱の姫。世界は弐の姫を女王になど望んではおらぬ。現に世界は壱の姫を次期女王と望んでおるのじゃ。……儂らはどちらが女王となろうと、どうでもよい。お主が禁域から出られずとも……どうでもよいのじゃ。姫を助ける道理など儂らには無い」


「そんなっ!?」


随分と身勝手な事ばかり言われ、さすがの蓮姫も反論しようとする。


だが、そんな蓮姫に助け舟を出す存在もいた。


「お待ち下さい大婆様!火狼殿は怪我をされています。それに弐の姫…様も、長い道中で疲れているはず。今日は私の家に泊まっていただこうと思います」


「っ!アーシェ」


「アルシェン。お主……儂に歯向かう気かえ?」


蓮姫を庇うように、蓮姫達の滞在を買ってでたアルシェン。


しかし大婆は、そんな彼女をギロリと睨みつけた。


「大婆様……女王に対する思いは…アビリタの者として、私も大婆様や村人と同じです。ですが…弐の姫様は私の事を信じて下さいました。相手が弐の姫だからと、そのような方に対して不敬な態度を取るなど…先々代女王陛下の血を受け継ぐ者として…いかがなものでしょう」


「…アーシェ」


アルシェンの自分を庇う様な言葉に、蓮姫は感動している。


ロゼリアではルードヴィッヒやラピスが、弐の姫という枠ではなく蓮姫本人を、友として見てくれた。


彼女も自分を一人の人間として見てくれる。


当然の事かもしれなかいが、蓮姫にとってそのような存在は希少(きしょう)


アルシェンのその一言で、蓮姫の心は喜びで満たされていた。


しかし大婆はアルシェンの言葉に何を返すでもなく、ただ彼女をジィ…と見つめる。


それは今までの流れを見ていた村人達も同じだった。


あまりにも沈黙している大婆にしびれを切らしたのか、アルシェンが再度言葉をかける。


「私の家はアーチとは離れていますが、村の外れです。村に迷惑をかけないよう、皆さんには私の家の周辺からは離れないよう約束して頂きます。なので……どうか許可を」


自分の事のように、大婆に深く頭を下げるアルシェン。


蓮姫もユージーンの頭を掴むと、同時に深く頭を下げた。


「ぅおっ!?姫様!?」


「私達からもお願いします!どうか……この村に滞在する許可を下さい」


「………はぁ。…お願い致します」


「あ、右に同じく」


アルシェンにばかり頭を下げさせる訳にはいかない。


蓮姫は深く頭を下げて、必死に頼む。


姫にそのような真似をさせる大婆に対し軽く殺意の湧くユージーンだが、主にだけ頭を下げさせるわけにもいかず、しぶしぶと蓮姫に習う。


そして二人の横で事の成り行きを見ていた火狼も、手を挙げて自分も同じ意見だ、と主張した。


「大婆様……お願い致します」


「アルシェンよ……何故そうまで庇う?こやつは弐の姫。女王となれずとも、女王となる素質を持つ者。あの忌まわしき女王達と同じぞ」


「蓮は……この弐の姫は…私を信じてくれました。それに…約束したんです。悪いようにはしない、大婆様も村人も説得して、必ず三人を村から出す…と」


アルシェンの言葉に、大婆は何も言わない。


ただ沈黙だけがその場に流れた。


どれほどの時間だっただろう?


数分?


もしくは数秒でしかなかったかもしれない。


それでも蓮姫には、その沈黙が数時間にも感じた。


沈黙を破ったのは、やはりしゃがれた大婆の声。


「アルシェン。お主の家に弐の姫達を泊める事、許そう」


「っ!?大婆様っ!」


「あ、ありごとうございますっ!!」


大婆の言葉にアルシェンは弾かれた様に笑みを浮かべ、蓮姫は折れんばかりの勢いで頭を下げた。


しかし、その言葉に村人達はザワザワとざわめく。


「よりにもよって弐の姫を!?」


「大婆様は何をお考えか!?」


「我が村に災厄(さいやく)を招く者達ではないのか?」


「アルシェンめ…余計な真似を…」


「しかし大婆様にも何か考えがあるのでは?」


明らかに敵意や嫌悪感をむき出しにした様子を見せる村人達。


そんな中、蓮姫はゆっくりと頭を上げ、表情を曇らせた。


やはり弐の姫は、何処に行っても拒絶されるのか……と。


そんな蓮姫の肩をユージーンはグッ!と抱き寄せた。


「…っ!……ジーン?」


「大丈夫です姫様。姫様には俺がついているでしょう?姫様は堂々となさっていればいいんですよ」


「……ジーン…ありがと」


蓮姫は安心したように微笑むが、ユージーンは蓮姫にニッコリと笑った後、村人達に殺気のこもった目で睨みつけた。


赤く燃える様な瞳に突き刺さる視線を向けられた村人達は、一瞬で全身に鳥肌が立ち、黙り込む。


(お~お~。怖いことで。……やっぱ姫さん殺すには旦那が絶対的に邪魔だよなぁ。つっても……姫さんタイプなのも旦那がおっかねぇのも事実だし……マジでどうすっかねぇ)


火狼はそんな二人の様子を見て苦笑する。


彼はまだ、蓮姫暗殺を諦めた訳でも、中止した訳でもない。


ただ今この時のみ、あの化け物に対抗できるように一時休戦しているだけだ。


「なぁ!許し出たんなら、俺早くアルシェンちゃんの家に行って休みたいんだけど~?」


そんな考えなど微塵も感じさせないように、火狼は怠く声をかけた。


あまりにも場違いな声と態度だが、今この殺伐とした空気を破るには丁度いい。


「あ、はい。すみません、火狼殿。では大婆様、弐の姫達を御案内します」


「アルシェン。そして弐の姫とそのヴァルに、朱雀の長よ。(きも)(めい)じておくことじゃ。決してアルシェン以外の村人と関わるでない。アルシェンの家から離れる事があれば……問答無用で村から出てもらう。アーチもくぐらせぬからの」


「はぁ?何を偉そうに吐かしてんですか、このバ…痛ぁ!?」


失礼極まりない発言をかますユージーンの腕を、蓮姫をギュウゥウ!と力いっぱい抓った。


ユージーンは涙目で蓮姫の方を見るが、蓮姫はユージーンにのみわかるように口パクで話す。


『だ・ま・れ・こ・の・ば・か』


ニコリと笑っているが、こめかみには薄らと青筋が浮かんでいる。


ユージーンはマジ切れしそうな主の笑顔に、引き()るような笑みで返し、蓮姫の要望通りに黙り込む。


蓮姫はアルシェンと大婆に向き直ると、今度は普通の笑みを向けると、そのまま頭を下げる。


「はい、約束します。滞在を許して下さり感謝します。大婆様」







「ここが…アーシェの家?」


蓮姫、ユージーン、火狼の三人(+ノアール)はアルシェンに連れられて村の外れにあるアルシェンの家へと案内された。


古く小さな二階建ての家。


三角屋根についている煙突は煉瓦(レンガ)で出来ているが、家の殆どが木製だ。


村の外れという事もあり、家のすぐ後ろは木々が生い茂る森が広がる。


「えぇ。どうぞ入って。狭くて何も無いけれど」


アルシェンが扉を開けると、古い木造住宅特有のギギ…と木が擦れる音や、ミシ…とした木が(きし)む音が響く。


案内されるまま中に入ると、テーブルと三つの椅子が目に映る。


「どうぞ座って。今、お茶を準備するから」


「あ、どうもお構いなく」


「手伝うよ、アーシェ」


「姫様。家主(やぬし)のもてなしを素直に受けるのも客の礼儀ですよ。そこの犬みたいに堂々と(くつろ)いでいればいいんです」


「………恥ずかしい本名(ほんみょう)教えたってのに…結局は犬呼びかい」


何度目ともわからない程に犬と呼ばれ続け、火狼は口を尖らせる。


だが、ユージーンはそんな彼の言葉を鼻で笑った。


「何が本名ですか。どうせ火狼ってのも本名じゃないでしょう?」


「え?……どういうこと?」


ユージーンの意味深な発言に、アルシェンを追ってキッチンへと向かおうとしていた蓮姫が振り返る。


今まで抱きかかえていたノアールを足元に下ろすと、彼女は火狼の斜め前、ユージーンの隣にある椅子へと腰掛けた。


「あらら~。そこもバレてたってわけぇ?」


「朱雀に限らず、四大ギルドの頭領、(おさ)と呼ばれる者たちは襲名(しゅうめい)と共に名を女王陛下と一族に捧げます。弐の姫である姫様やそのヴァルである俺に簡単に教えるはずはない」


「よくご存知で。まぁ火狼ってのは…俺の幼名(ようみょう)だから。本名とは違うけどよ、べつに偽名でもないぜ。姫さんガッカリした?」


「驚きはしたけど……別に貴方と親しくないし、親しくなりたい訳でもないからガッカリはしてないかな」


「ちょっ、そこは嘘でも『貴方の事を少しでも知れたと思ったのにショック!』とか言うもんだぜ」


「そもそも、貴方の名前よりもっと気になることがありすぎて……むしろそっちを知りたい、かな」


そう言うと蓮姫は、チラリとユージーンの奥……キッチンでお茶の準備をするアルシェンを見た。


「ここが能力者の村なのはわかったよ。でもどうして、彼らの村は隔離(かくり)されて禁所扱いされなきゃいけないの?先代女王がどうして彼等の村を禁所にしたのか?どうして陛下がその禁所を解除しないのか?…それが今、一番気になる」


「あの化け物の正体も気になりますしね。俺が一番心配しているのは、正規の方法で姫様がここを出られるか?って事ですけど」


「俺としてはあの化け物が一番気になるぜ。禁所としては世界中が知る事実だけどよ、化け物の事は四大ギルド…それも頭領とかの一部しか知らされてねぇ。あんな化け物が近くでうろついてるってのに、この村の奴等は何にも対策とかしねぇんかね?」


三者三様の意見、思いが交差する。


だが、彼等にはその明確な答えを想像する事しか出来ない。


唯一この中で全ての真実を知るであろう、アルシェンは四人分のお茶をトレイに乗せて戻って来た。


三人にお茶を配ると、アルシェンは近くにあった木箱を持ち出し、そこに腰掛ける。


「ごめんね、アーシェ。押しかけた上に私達が椅子まで占領しちゃったから」


蓮姫はアルシェンに謝りはするが、椅子から立ち上がろうとはしない。


本心としては退きたかったが、先程ユージーンに言われた客としての礼儀が頭によぎったからだ。


それにアルシェンも、蓮姫やユージーンが退いたところで『私は大丈夫。お客さんが座って』と言うに決まっている。


そんな無駄な押し問答をするよりも、自分達の疑問を解消させる方に時間を使うべきだ。

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