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禁域【アビリタ】1




居心地が悪い。



今の状況を一言で表すなら、まさにそれしかない……と蓮姫は思った。


アルシェンに連れられるまま、村の中心にある広場にたどり着くと、そこには大勢の村人が蓮姫達を囲うように立っていた。


王都やロゼリアとは違い、全員が質素な格好をしており、皆どこかやつれたような暗い印象を受ける。


蓮姫達を睨む者もいれば、脅えた表情を浮かべている者。


蓮姫達を横目で見ながらボソボソと話し合う者。


一つだけ言えるのは、誰一人として好意を持っていない…という事だった。


「な、なんか……招かれざる客って感じ?」


不安げに、蓮姫は小声でユージーンへと話しかけた。


ユージーンはいつもと変わらず淡々とした表情を浮かべているが、火狼の方は若干…いや、かなりこの状況に引いている。


「客としてすら見てないでしょうね。アルシェンの言葉通り、俺達は他所者(よそもの)。『さっさと出て行け』と、全員の顔に書いてありますよ」


「だよな~。だったらさっさと大婆様とやらを連れてきてほしいもんだぜ」


と、三人が会話をしている最中、人混み…というか人囲いの一部が左右に別れ道のように開いた。


奥から出てきたのは、黒いボロ布のようなローブを(まと)った小柄な老婆。


フードの隙間から見えるボサボサに伸びた白髪。


シワだらけの顔の中心にある特徴的な鷲鼻(わしばな)


曲がった腰を支えるように木製の杖をつきながら、ゆっくりと蓮姫達に近づいてくる。


その姿はさながら魔女のようだ。


老婆が近づくと、アルシェンは老婆に対して深く腰を折り頭を下げる。


「大婆様。この人達が先程説明した他所者です。中央の女性が蓮殿。向かって左が蓮殿の従者ユージーン殿。右側が火狼殿です。火狼殿はお二人とは面識は無く、偶然居合わせただけ……と申されてます」


アルシェンは老婆に頭を下げながら、蓮姫達の事を伝える。


この老婆こそが、アルシェンの言っていた大婆様らしい。


大婆様と呼ばれた老婆は、ゆっくりと頭を上げ(腰が曲がっており蓮姫の腰までしか身長が無い為)蓮姫達の顔を見る。


魔女のような老婆にジト…と粘りつくような視線を向けられ、蓮姫は鳥肌が立つのを感じた。


とはいえ、礼儀を欠く訳にもいかない。


引き()った笑顔を浮かべながらも、蓮姫はアルシェンのように頭を下げた。


「お初にお目にかかります。大婆様。私は」


「今すぐにその口を閉じるがいい」


蓮姫が失礼の無いように、と挨拶を交わそうとした瞬間、彼女の言葉はしゃがれた声により(さえぎ)られた。


挨拶を交わすどころか一方的に断ち切られ、蓮姫は困惑する。


が、次の大婆の言葉に、蓮姫……そしてユージーンと火狼はもっと困惑する事になる。



「この禁域に(いつわ)ってまで入るとは。一体何を企んでおる?弐の姫よ」


「「「っ!?」」」



蓮姫はガバッと曲げていた体を起こす。


それと同時に、ユージーンは彼女を背に(かば)い、火狼はいつでも攻撃出来るように構えた。


「なんじゃ?弐の姫。ここで我らと争うおつもりかえ?」


「ま、待って下さい!弐の姫って……なんで…?」


「何故?知っておるからじゃよ。そこの銀髪の男は…おそらくはお主のヴァルじゃな?そしてもう一人の男…お主は朱雀の者。それも朱雀を名乗る(おさ)。……違うかえ?」


小枝のようにガリガリにやせ細った指で一人づつ、指さしながら話す大婆に、蓮姫はビクッと身体が震えるのを感じた。


(何?なんなの?このおばあちゃん)


蓮姫はグルグルと考えを巡らせる。


ふと周りを見ると、村人達の顔色が畏怖(いふ)に染まっていた。


全員大婆の言葉を信じているらしい。


それはアルシェンも同じだった。


そもそも、大婆が言い当てたのは真実。


どう弁解しようとも意味がない。


しかし……何故正体がバレたのか?


考えを巡らせる主の代わりに、ユージーンが口を開く。


「何故、我らが弐の姫様御一行だと思うんです?弐の姫の手配書が回っているのは俺達も知っていますが、こんな禁所ではソレも見た事がないでしょう?そもそも、憶測(おくそく)で人を疑うのはどうなんですか」


「ヒヒヒ。イィーヒッヒッヒッヒ!!この大ホラ吹きめがぁ!お主達の正体はとっくに見ておるのじゃ!わしは(だま)されぬぞ!」


「………ジーン。いいよ。大丈夫」


「姫様?」


蓮姫は一言そう言うと、ユージーンの手を軽く押しのけ、大婆の前へと歩き出した。


「おっしゃる通りです。私は弐の姫。名は蓮姫と言います。大婆様」


「ヒヒヒ。なんじゃ?騙せぬと思って正直に全てを話す気になったのかえ?弐の姫よ」


「騙そうとした訳じゃありません。……いえ、確かに弐の姫である事を隠そうとはしました。でもそれは、これ以上の混乱を村に招かぬ為でもあります。私自身が弐の姫として扱われたくなかったのもありますけど…」


蓮姫は苦々しい表情で大婆へと話した。


静かに言葉を紡ぐ蓮姫。


だが大婆と呼ばれるその老女は、森中に響き渡るほどの声で返した。


「女王独特の偽善ぶった自己満足な言い訳など聞きとうわない!わしらの為じゃと?ぬけぬけと何をほざくかっ!さっさと村から出てゆけぇ!」


蓮姫の言葉になど耳を貸す気は無いらしい。


大婆は蓮姫を怒鳴りつけるように言い放った。


そんな態度を見て、ユージーンは黙ってなどいられない。


「姫様も俺もこんな辛気(しんき)臭い場所なんざ、さっさと出ていきたいんですよ。そう言うんなら村のはずれにあるアーチとやらにとっとと案内してくれませんかね」


「ジーン!言葉を慎みなさい!申し訳ありません、大婆様。しかし私達も先を急ぐ身です。皆さんが弐の姫をよく思っていないのもわかります。なので」


「ええい!黙りや!貴様らなんぞ、この村に(とど)まらせる訳にはいかぬっ!!」


大婆はユージーンの言葉を遮り、言い放つ。


だが、その内容に蓮姫もユージーンも、火狼も違和感を感じた。


それを言葉にしたのはやはりユージーン。


「俺達もこんな村に(とど)まりたくない、って言ってんですけどね。だからさっさと出してくれって交渉してんのに……言葉が理解出来ないんですか?」


「ジーン。少し黙ってて。……だけど…どういう意味ですか?説明してもらっても?」


三人はすぐに禁所から出たい。


禁所から出るには村のはずれにあるアーチをくぐらねばならない。


村人には警戒以上の嫌悪すら感じる。


だからこそ、すぐにアーチへと案内してほしい三人。


しかし大婆は案内ではなく、村に留まらせないと言う。


これは一体どういう事なのか?


再び怒鳴り散らそうとする大婆に代わり、説明をしたのはアルシェンの方だった。


「禁域の出口であるアーチをくぐれば、確かに禁域から出る事はできます。でも、禁域から出られるのは貴方達だけ。私達村人はアーチをくぐっても村から……禁域からは出られないんです」


「え?村の人達は出られないの?」


アルシェンの告白に蓮姫は驚きを隠せない。


つまり村人は生まれてから死ぬまで……一生を禁所の中で過ごすということだ。


それは鳥籠(とりかご)()らえられた鳥と同じ。


驚愕の事実に目を丸くする蓮姫だが、今知りたいのはそこではない。


「アーシェちゃん達の苦労はわかったけどよ…俺達には関係ない話じゃん?酷いこと言うようで(わり)ぃけど」


「火狼さん。問題はアーチそのものに魔術がかけられている、ということです。アーチには村人と他所者(よそもの)を区別する機能があります。でも、村に入ったばかりの貴方がたには、まだ村人との区別がつけられないんです」


「なるほど。読めてきましたよ。つまり禁所の出口であるアーチをくぐるには、一定期間は村に(とど)まり、村人と俺達の違いをハッキリとさせなくてはいけない。……そういう事ですね」


「はい。その通りです、ユージーンさん」


ユージーンの付け加えにゆっくりと、大きく頷くアルシェン。


つまり大婆はその一定期間ですら、滞在してほしくはない、と主張していたのだ。


なんとも迷惑な話だが、そもそも禁所に、偶然とはいえ入ってしまった蓮姫の方にこそ落ち度がある。


(ごう)に入っては(ごう)に従え。


蓮姫達はそのルールに従わなくては、ここから一生出る事が出来ない。


だが、一体どれほど留まればいいのか見当もつかない蓮姫は、この中で唯一自分達とまともに話の出来るアルシェンに問う。


「アーシェ。その一定期間って…どれくらいなの?」


それはごく普通の、当然の疑問だ。


だが、それを聞いたアルシェンはその表情に(うれ)いを()びる。


「普通の人なら……長くても丸一日滞在すれば大丈夫。……だけど…」


「だけど?」


ハッキリとしないアルシェンの様子が気になりながらも、蓮姫は先を促す。


たが、その先を伝えたのは、例のしゃがれた声だった。


「お(ぬし)はそうはいかぬだろうよ、弐の姫。お(ぬし)(わし)らの区別など容易(ようい)には出来ぬ。そこのヴァルや朱雀の(おさ)は出れても、お主は違う」


「…大婆様?それは…どういう意味なんですか?」


「そのままの意味じゃ。お主は弐の姫。次期女王となる素質と可能性を持つ者。()まわしくも……(わし)らの憎きあの女王と、(わし)らの始祖(しそ)と同じ存在」


「憎い女王と……先祖と同じ…?……っ!?」


「……なるほど」


大婆の言葉に、蓮姫は村人の正体がわかった気がした。


あのロゼリアの時のように、蓮姫の頭に一つの仮説が浮かぶ。


そしてそれは彼女の従者も同じ。


ただ、火狼だけは黙って蓮姫達や大婆を見ていた。


「ほぅ………気づいたようじゃな。ただの(おろ)かな弐の姫ではない、と言う事かの」


「大婆様……先程、私達の正体をすぐに見破りましたよね。私は想造力なんて使ってないし、アーシェにもバレそうな事は何一つ話していない。……何故、わかったんですか?」


蓮姫の問いかけに大婆は、にま~、とゆっくりと口角を上げて笑った。


その笑顔はおかしいからでも、好意が表れているわけでもない。


魔女のような風貌のせいもあるのか、その笑みはとても不気味だった。


「見えたからじゃ」


「見えた……とは?」


「禁域に入ったお主達の姿、そして会話も全て聞いておった。千里眼…ソレが(わし)の能力じゃからのぅ」


「………やっぱり…そうだったんですね」


大婆の言葉で蓮姫は確信した。


彼女が口にした通り、この大婆と呼ばれる老女は能力者。


つまり女王の血を受け継ぐ者。


そして『儂ら』と言った言葉の意味は、能力者は彼女だけではないという事。


それによって出された結論は一つ。



この禁所は能力者の村だ。



大婆は先程、蓮姫達の正体を見た、と確かに言っていた。


彼女の能力が千里眼なのは事実だろう。


そしてその能力者が村を統べる立場ならば、他の者も……。


「さよう。儂らは全て能力者の子孫。先々代の女王の産んだ能力者の娘……それの末裔(まつえい)じゃ。村の名は【アビリタ】。村人は50人程しかおらぬが……半分近くが能力者。それ故に…儂らは迫害され、この禁域へと閉じ込められた」


「そんな……能力者だからって…どうして…」


能力者……その言葉を聞くと、蓮姫の脳裏には二人の親友が浮かぶ。


現女王の末子、双子の能力者。


ユリウスとチェーザレ。


女王の実子であるにも関わらず、生まれつき他者とも魔法とも違う能力を持っていた為に、幼い頃から塔に軟禁された蓮姫の友人。


彼等の兄もまた、能力者であるがゆえに遠方へと飛ばされた。


心優しく、蓮姫が誰よりも信頼する友人達。(若干性格に問題がある部分もあるが…)


能力者であるだけで……何故そこまで?

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