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森の中の禁所 4


青年の冷静なツッコミに蓮姫はギロ、と睨みをきかせて黙らせると、アルシェンへと向き直る。


男二人に向けていたモノとは、真逆の笑みで。


「アーシェ。私達はここで待ってるから、村の人に説明お願いできる?」


「え、えぇ。勿論よ。少し待っててもらえる?……三十分くらいで戻るから」


「ソレ少しって言わ……はい。お願いしますよ。アルシェン」


アルシェンに再度冷たく声をかけようとしたユージーンだが、蓮姫が片足を上げた為、早口でまくしたてるように彼女に告げる。


アルシェンは三人に一礼すると、村へと走って行った。


彼女の姿が完全に見えなくなった頃、蓮姫は二人へと向き直る。


「禁所がどういうものかわかったけど……私達どうなるの?陛下の許しがなきゃ入れない場所なら、やっぱり罰せられる?」


「先程も言いましたが、姫様が罰せられる可能性は低いです。禁所とは女王によって作られたもの。それ故に、無意識に女王や姫は引き寄せられる…と聞いた事がありますからね。不可抗力ですよ」


「姫さんはそれでもいいけどよ、俺と旦那はそうはいかねぇぜ。マジどうすっかな~。この事が陛下にバレちまったら、朱雀がなんで禁所に…しかも弐の姫と一緒にいたのか探られちまう。そうなりゃ俺の雇い主もバレちまうかもしんねぇし。最悪、朱雀もギルドとしての信頼失っちまう」


「お前は自業自得だろ。無能な奴が(おさ)をするしかない程、衰退(すいたい)してるのなら朱雀はさっさと解体するべきだ」


「確かに俺は無能だぜ。俺よりも魔力が高い奴もいる。でもな…四大ギルドは世襲制。長は初代の血を色濃く受け継ぐ直系…それも初代と同じ性別じゃなきゃダメなんだよ。って、そんな話はどうでもいいや。姫さん、ちょっち聞きたいんだけどさ…いい?」


青年の言葉にいち早く動いたのはユージーン。


彼は青年から蓮姫を庇うように、主の前に移動した。


「ジーン?」


「ふざけた真似をしないとは限りませんからね。姫様は俺の後ろにいて下さい」


「旦那が警戒すんのも当然だけどよ……禁所を出るまでは何にもしねぇよ。姫さんや旦那と一緒の方が、禁所では安全だろうからな」


「それ…どういう意味?」


青年の言葉に、蓮姫は疑問を抱く。


何故そこまで警戒するのか?


この青年は自分達よりも禁所の事に詳しいのか?と。


「この世界には色んな大陸や島がある。陛下の治めるこの大陸は比較的安全で平和な場所さ。でもな……この禁所はそんな大陸にある、一番の危険地帯なんだよ」


「ほう。当然、その理由も知ってるんですよね?話してもらいますよ」


「んな旦那に睨まれなくてもちゃんと言うって。この禁域には古くから言い伝えがあんだよ。『この世のものとは思えない、どんな魔法も武器も効かない、おぞましい化け物がいる』ってな」


「っ!」


青年の言葉に蓮姫は息を呑んだ。



おぞましい化け物。



その言葉がさす生き物を、蓮姫はつい先程この目で見たのだから。


そんな蓮姫の異変はユージーンも背に感じていた。


青年からは死角になっているため、気づいていないのか彼は言葉を続ける。


「どんな化け物かは知らねぇ。それに関しては伝承が無ぇからな。でも居るのは事実らしい。なんたってこの禁所に物資を運んでるのは、女王陛下の勅命(ちょくめい)を受けた白虎や青龍の奴等だからな。ギルドの交流で俺達にもその情報は入ってんだよ。不気味な(うめ)き声や地面や木が爪で(えぐ)られた(あと)は何人もみてる。引き裂かれたり食い荒らされた無惨(むざん)な死体もたまに出るらしいかんな」


「その化け物の仕業だと?」


「森にいる魔獣達の仕業にしちゃ、おかしい点がいくつもあるらしい。つまり、滅茶苦茶強くて凶暴で残忍な化け物が居んのは事実。万一そいつに会った時の為にも、戦力は多い方がいいってわけ」


「なるほど。こちらにとってはメリットなんざ、これっぽっちもない。犬風情の矮小(わいしょう)な脳で出したお粗末な考えという訳ですね」


「メリットあんじゃん。俺は姫さんにも旦那にも手は出さねぇし、化け物に会ったら逃げるの協力するぜ。凄く素敵でお買い得じゃん。なぁ、姫さん」


「………そう…だね」


先程からあの化け物の姿が脳裏から離れない蓮姫は、力なく青年へと答えた。


さすがに彼も蓮姫の様子に気づく。


「姫さん?どったの?気分でも悪ぃのか?」


「犬と一緒に行動する事を考えて頭が痛いんですよ、姫様は。心配してくれるのならありがたい。そのまま黙ってて下さい、一生」


「ひっでぇな。つーかさ、旦那はいつまで俺を犬って呼ぶ訳?知ってた?犬って言われるたんびに、俺の心は傷ついてんだけど」


「知りたくもありませんし、いっそ再起不能な程ボロボロになってほしいもんですね」


ユージーンは蕩けそうな程の満面の笑みで青年へと答えた。


そんなユージーンの態度に、青年もヒク、と口の端がひきつる。


そんな二人の会話に、落ち着きを取り戻した蓮姫は、ある事に気づいた。


「そういえばさ……貴方の名前、聞いてなかったね」


「ん?そりゃあ名乗ってねぇし……なになに?姫さん、俺に興味ありまくり?モテ過ぎんのも困りもんだぜ。標的にまで惚れられちまうなんざ、俺って罪な男」


「やっぱり殺しましょう。今すぐ殺しましょう。俺の理性がこいつを受け付けません。生理的に無理です」


「ジーンのそれって同属嫌悪なんじゃないの?」


数多の女性、その上過去に二人の女王を虜にする程の美貌を持つユージーン。


朱雀の青年の方も、ユージーンには劣るが整った顔立ちをしている。


そして二人共、自分の容姿を良く理解し絶対的な自信を持っている。


そんなところがそっくりだ…と蓮姫は思っていた。


そんな正直な意見を出した主に、ユージーンはこれでもかと顔を歪ませる。


「…姫様……マジで勘弁して下さい」


「旦那はホントにつれねぇな。で?俺の名前を聞くって事は……姫さん的に俺の提案を受け入れてくれる気はあんのね」


「まぁね。貴方の意見は理解できるし、このまま険悪な雰囲気を出していたらアーシェや村人に怪しまれる可能性もあるでしょ。私達はあくまで、偶然、森の中で居合わせた……そうでしょ?」


「仲良しこよしもおかしいけど、お互い殺意持ってちゃいかんわな。偶然居合わせた同じ境遇同士。適度な距離感出すのなら名前も呼ばねぇのは変か」


「そういうこと」


「姫様。別にわざわざ名前を呼ばずともよいでしょう?俺達だって呼ばれてないんですから」


ユージーンはあくまで蓮姫に反抗的な態度を崩さない。


余程この青年が気に食わないらしい。


だが普通は、自分の命を狙う殺し屋と仲良くお喋りしたいとは思わないだろう。


ユージーンの方が極めてまともでも、彼の主は暗殺者だろうと気さくに話している。


むしろユージーンの方が我が儘を言っているようにしか見えない。


しかし蓮姫も考えなしで話している訳ではなかった。


「ジーン。私は姫として、禁所の事をちゃんと知りたいの。陛下や先代までの女王がどうして禁所なんて言われる場所を作ったのか?そこに村人を閉じ込めるようにしたのは何故?外の人が誰も入らせないようにしたのはどうして?私はソレを知りたいし、知らなきゃいけないと思う。だから彼にも協力してもらう。当然、ジーンにも」


真っ直ぐな瞳でユージーンに告げる蓮姫。


禁所などに踏み込めば、姫とはいえ、どんなに軽かろうと罪に問われるだろう。


それでも彼女は、このまま逃げようとは思わない。


当然、禁所を出る手段が無いのもあるが……その気になれば、ノアールに乗って村に入り込み例のアーチとやらまで走り抜けることもできる。


場所がわからければ誰かを人質にして聞き出せばいいし、抵抗する者がいればノアールに暴れさせればいい。


が、そんな選択肢はユージーンの中にはあっても、蓮姫の中にはない。


彼女は欠片も想像しないだろう。


ただの甘ちゃんだからではない。


彼女が見据えているのはもっと先の事。



禁所は何故作られたのか?


村人を閉じ込めるようにした意味は何なのか?


女王は何を考え、禁所としたのか?


女王となる姫として、彼女は真実を知りたい。



そう思っていた。


しばし蓮姫と見つめ合うユージーン。


しかし数秒で、彼はやれやれ、と苦笑を浮かべた。


「姫様らしいですね。わかりました。姫様のお言葉に従い、姫様をお守りするのが俺の役目ですからね」


「ありがとう、ジーン」


「いい空気の中、それも見つめ合っちゃってる最中に(わり)ぃんだけどよ……」


「そう思ってんなら黙ってて下さい」


「いやいや。大事なお話だって。俺ってさ、人様(ひとさま)に教えられる名前、()ぇんだよ」


「………は?」


唐突な青年の告白に、蓮姫は間抜けな声を出してしまう。


名前が無い?


一体どういう意味だろうか?


「俺が朱雀の(おさ)、頭領だってのは言ったよな?頭領になるとギルドの名前が、俺の名前になんだよ。朱雀だけじゃなくて四大ギルドはみんなそう。俺の場合は朱雀。ソレが今の俺の名前。おわかり?」


「わかったけど……さすがにアーシェや村人の前で朱雀は呼べないな。直ぐにあの朱雀だってバレちゃう」


蓮姫は困ったように呟くが、ユージーンは冷ややかな目で青年へと声をかけた。


「生まれた時から朱雀って名前じゃないんでしょう?さっきも、今の名前は朱雀、って言ってましたし。この際、幼名(ようみょう)でもあだ名でもいいですよ。それも言いたくないなら犬で固定です。むしろそうしませんか?姫様」


「だから旦那。犬でなくて狼だってばさ」


「なんなら姫様お得意の名付けでもしますか?ノアの時以上にまんまの名前を希望しますよ。犬と書いてケンとか、ドッグとか」


「そこまでセンスなくないんだけど?」


「え?無視?…なんかこのままだと…マジで犬にされそうだな」


青年は深くため息をつくと、頬をポリポリと掻きながら二人に話し出す。


「まぁ……ガキの頃の名前でいいんなら…火狼(ひいろ)。火の狼って書いて火狼(ひいろ)ね」


「じゃあ(ろう)だね。禁所を出るまでの短い間だけど、よろしく」


「姫様が付けるまでもなく、まんまな名前でしたね。これだけ勿体ぶっておきながら」


「ソレ言わないでくれる?初代朱雀の末裔(まつえい)魔狼族(まろうぞく)。だからこそ付けられた名前だけどさ……俺も自分の名前ながら安直だな~、ってわかってんのよ」


青年は再度ため息をつく。


少しだけ頬を染めながら。


どうやら彼はその名に軽いコンプレックスがあるようだ。


「どうでもいいですけど……姫様、なんでコイツまで略称で呼ぶんです?別に長くもないですし、親しくするつもりも無いじゃありませんか」


「え~~~……なんかノリ?意味とか全然全く無い」


「それはきっと、姫さんが心の奥底では俺と仲良くしたいって思ってるから……って冗談だからさ。そんな殺気こもった目で睨むのやめてくれる?旦那」


ついでにドン引かないでよ姫さん、と青年……火狼が肩を落としていると、アルシェンが三人に駆け寄ってきた。


それは、いよいよ禁所の中心へと足を踏み入れる合図。





蓮姫はまだ知らない。



この禁所で起こる悲劇を。



一生消えない心の傷を、この場でまた一つ増やす事になる事を。



彼女はただアルシェンに言われるがまま、従者と協力者である二人の成年と共に、村へと足を踏み入れた。


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