森の中の禁所 3
「禁所とは、女王が『誰であろうと立ち入る事を禁じた場所』と定めた、ある一定の区間の事です」
「陛下が?」
蓮姫の脳裏には余裕たっぷりに、玉座で微笑む麗華の顔が浮かんだ。
息子達を深く愛し、城で優雅に何不自由なく暮らす彼女。
政治にもあまり関心の無い彼女が、何故そのような場を命じたのか?
「あのブスとは限りませんよ。先代か…もしくは更に先代かもしれません」
「どうして他の人の立ち入りを禁じるの?」
「理由は様々(さまざま)ですよ。男との愛引き場所だったり、権力争いから子供を守る為だったり……誰にも見せたく無いものがあったり…ね」
ジーンが卑屈そうに口角を上げたのを蓮姫は見逃さなかった。
忌々しげに告げる彼はその禁所を良く知っている…と。
「もしかして…ジーンが居たのも?」
「えぇ。先代女王が作った結界…あそこも禁所でした。……あぁ、大丈夫ですよ。姫様は罪に問われる事はあっても、処刑はされません。そもそも禁所は、女王が代われば見直される場所の方が多いですしね」
「とはいえ、ここは禁所のままだぜ。命じたのは先代女王だけどよ、現女王陛下もここの解放令は出しちゃいねぇからな……っ、いてて」
朱雀の青年は肩を落としながら二人に告げるが、やはり折れた骨が傷むらしい。
それに誰よりも早く気づいたのは、あの少女だった。
「っ!?怪我をされているんですか?見せて下さい」
少女は青年へと、戸惑いながらも近づき傷や押さえている腹部を看てやる。
白い頭巾を被り、エプロンをつけたボリュームあるワンピースを着た少女。
恐らくは庶民だろう。
しかし何故、こんな何処にでもいそうな娘が禁所に?
「……これは…骨が折れていますね。歩けますか?」
「足はなんともねぇから大丈夫だぜ。あんた優しいねぇ」
「いえ、怪我人を放っておく訳にはいきませんから。……手当てしますから私の家へ。勿論、お二人も一緒に」
振り向いた少女に声をかけられ、蓮姫とユージーンは二人揃って固まる。
効果音を出すならば、キョトン、がぴったりだろう。
「え?私達もですか?」
「はい。だって皆さん、お友達なんですよね」
「はぁ?何言ってるんですか?そんな犬っころと」
「ちょっとジーン!黙ってて!あ、それとノア、戻っていいよ。ごめんね、いつまでも」
初めて会う少女にも暴言を吐こうとするユージーンを慌てて止めながら、ノアールにも声をかける蓮姫。
ノアールは『うにゃんっ!』とひと鳴きすると、直ぐに仔猫サイズに戻った。
ノアールを抱き抱えると、蓮姫は少女へと近づく。
「私のことは蓮と呼んで下さい。この子はノアで、あれはユージーン」
「姫様、俺とノアの扱いの差が酷くありませんか?」
「何かごちゃごちゃ言ってるし、たまに変な事や酷い事も言いますけど、一っっっ切気にしないで下さい」
「姫様の方が酷くないですか?」
「え、えと。ご紹介ありがとうございます。私はアルシェン=フィーネと言います」
「アルシェンちゃん……アルシェン…アル……」
「???私の名前がどうかしました?」
少女の名を聞き、蓮姫は悩むような素振りを見せる。
そんな彼女の様子を見て、アルシェンも朱雀の青年も気になるようだが、ユージーンは彼女の考えがわかり溜め息をついた。
「じゃあ……アーシェちゃん…アーシェでいい?」
「え?……あ、はい」
「姫様……毎回思うんですけど、いちいち名前を略す必要あるんですか?」
「は?何?それで悩んでた訳?姫さん」
蓮姫はニッコリと答えたが、少女は軽く困惑し、男二人は呆れていた。
蓮姫とユージーン、そして朱雀の青年はアルシェンに案内され、森の奥へと進んでいた。
蓮姫は久々の年の近い少女に親しみがわき、くだけた口調で話しかける。
アルシェンの方も、蓮姫の飾らない性格に好意が持てたのか、親しげに会話を楽しんでいた。
男二人はただ黙って二人の後ろを歩いている。
ちなみにノアールは蓮姫の腕の中でスヤスヤと寝ていた。
「魔獣達に驚いて走り回っている間に迷い込むなんて……災難だったね」
「でも、こうしてノアやアーシェにも出会えたし、悪い事ばかりじゃないよ。……出会いたくなかった人もいるけどね」
「え?姫さん、それって俺の事?違うよね?」
「何処ぞの犬っころ以外にいないでしょう。くだらない事言ってると、今度は歯を折りますよ」
「へ~~~い」
アルシェンには、森の中の魔獣達から逃げ回っている間に禁所まで来てしまった。
朱雀の青年(朱雀という事は隠しているが)とは先程会い、魔獣と勘違いしたユージーンが正当防衛のつもりで攻撃し負傷させてしまった……と話した蓮姫。
ユージーンも青年も蓮姫の考えをくみ、説明には一切口を出してはいない。
「でも、一番の災難は禁域に来てしまった事よ。女王様に知られたりしたら……」
「でも、アーシェは陛下に告げ口なんてしないでしょう?そんな子じゃないもん」
「姫様。会って間もない人間を簡単に信用しないで下さい」
「信用できる人しか私は信用しません」
「ねぇ……さっきから気になっていたんだけど…姫って?蓮は王族なの?それとも貴族?」
「貴女には関係ないですよ」
蓮姫が答える前にユージーンがアルシェンへと答える。
とても冷淡な目で。
相変わらずこの男は、蓮姫以外には辛辣(しんらつ
)だ。
「ジーン、次アーシェにそんな口きいたら飛び蹴りするからね。ごめんね、アーシェ。ちょっと訳ありなんだ。ジーンは私の従者だけど、私は貴族でも王族でもないよ」
「そうなの?」
「それと、私からも質問していい?ここが禁所なのはわかったけど、アーシェは……どうして禁所に住んでいるの?」
まだ禁所は抜けていない。
しかもアルシェンは蓮姫達を、手当のために自分の家へと案内している。
「……私だけじゃないの。そもそも禁域は森の一部じゃなくて、私達の……私が生まれ育った村の事だから」
「村そのものが……禁所?」
「は?そうなの?俺もそれは知らなかったわ」
言いづらそうに告げるアルシェン。
蓮姫は勿論、朱雀の青年もそこまでは知らなかったらしく驚いている。
ユージーンだけは何も答えなかったが…。
「ずっと昔……先代の女王様が即位された頃、村は作られた。それからずっと…私の村も先祖達も禁域から出る事は許されない」
先代女王、という単語がアルシェンの口から出た瞬間……蓮姫はユージーンのいる方角から寒気を感じた。
横目でチラとだけ、彼の表情を見たが、その目は凍りつく程に冷徹な色を浮かべている。
そんなユージーンの直ぐ横にいた青年は、意味はわからずとも本能でブルッ!と全身を震わせた。
「あ!村が見えてきたわ!」
一人だけそんなユージーンに気づいていないアルシェンは、奥にある灯りがいくつもある方を指さした。
「あそこがアーシェの村?」
「そうよ。でも、少し待っててもらえるかな?村の人に貴女達の事を教えなくちゃいけないの。それに…村に他所者を泊める時は大婆様の許しがなくちゃ」
「おおばばさま?」
「え?アーシェちゃん、俺の事も泊めてくれんの?まいったなぁ…そんなストレートなお誘い久々……って、そんな睨むなよ二人とも」
場違いな発言をかます青年に、言葉ではなく目で制する蓮姫とユージーン。
いつの間にか彼は随分とこの空間に馴染んでいた。
自分達に自然と溶け込んでいる青年に対し、溜め息をつきながらユージーンはアルシェンへと問いかける。
「はぁ。アルシェン、俺からも一つ質問させてもらいますよ。俺達が禁所に入っただけで、あんなに狼狽えていた貴女が、何故わざわざ禁所の中心ともいえる村に案内するんです?」
「禁域に入る事は誰でも、何処からでもできます。でも出る道は一つだけ。村の外れにあるアーチをくぐらなければ、禁域から出る事はできません」
「ほう。そこに案内してくれるのはありがたいですね。しかし、村人や大婆と言われる人物に話さなくてはならない、ということは……そうすんなりと禁所からは出してもらえない、という意味ですか?」
「っ!?」
「その顔は肯定と受け取りますよ」
ユージーンの言葉にアルシェンはビクッと身体を震わせる。
その顔は驚愕と図星をありありと表していた。
「話してもらいましょうか?禁所で生まれ育ったくらいなんですから、何故自分の村が禁所とされたのか…当然ご存知でしょう?」
「………勿論…知っています。…でも、それは大婆様の許しなく他所者に話す訳にはいかないんです、ユージーンさん」
「へぇ……一体何を企んでるんですかねぇ?」
「ジーン、やめて。さっきのアーシェの言葉が真実なら、私達は村に行かないと一生森から出れなくなる。それにアーシェは悪い子じゃない」
アルシェンに対し見下した笑みを浮かべながら告げるユージーンだが、蓮姫は二人の間に入り、ユージーンを制した。
そんな蓮姫の行動に、あの青年も便乗する。
「俺も姫さんに賛成~。ずっと森の中をさ迷ってるよりはマシだろ?旦那」
「キャンキャン吠えるな、犬。それと姫様。姫様のお言葉なら俺は従います。でも、姫様が危険に晒されると俺が感じた時は……わかりますよね」
ユージーンは蓮姫に念を押す。
アルシェンが蓮姫を危険に晒せば、迷わず彼女を手に掛ける…と。
蓮姫はそんな従者に頷くでも、嗜めるでもなく、大きくため息をついて答えた。
「あ、あの……」
「大丈夫。私はアーシェを疑ったりしないよ。なんでかな……なんか安心できるっていうか…アーシェを見てると友達と一緒にいた時みたいに感じるんだよね 。あ、勿論アーシェの事は友達だって思ってるよ」
「……蓮……ありがとう。約束するわ。貴女達の事は悪いようにはしない。大婆様も村の皆も説得して、早く出してもらえるようにするから」
「あぁ。やっぱり何か企んでたんですね」
アルシェンの誠意ある言葉に、ユージーンは水を差すように告げた。
さすがに蓮姫もイラついたのか、ユージーンを軽く蹴る。
「本っっっ当にごめんね!このバカの言う事は聞き流して。一々気にしてたらキリないから」
「そういう姫さんが一番気にしてんのな」