朱雀と呼ばれる男 3
「ずっと俺……いえ、姫様をつけていたんですから…姫様を守る俺を殺せないのはわかってますよね?」
「おっしゃる通り。………旦那、あんた何者だい?不死身の人間なんざ聞いたこともないぜ」
「男の……それも犬畜生風情になんで俺の事を詳しく教える必要があるんです?俺、そういう趣味ないんで勘弁して下さいよ」
「俺も無いぜ~。いくら美人さんだろうと男なら御免こうむる。ま、アホな話しは置いといてさ。毒は効くみたいだけど耐性も直ぐにつくみたいじゃん?姫さん殺すには旦那が絶対的に邪魔なわけ。だから試行錯誤して毒やら麻酔やら使ったってのに、ぜ~~~んぶハズレとか…さすがに俺の自信も喪失気味だぜぇ」
まさしくお手上げだ、と男は大げさに両手をあげながらため息混じりに呟いた。
しかしこの男………その仕草や言葉とは裏腹に余裕が現れている。
それがかえって不気味だ。
「まぁ、旦那殺すのは一苦労……つーよりむしろ無理って判断したからさ。安心してよ。姫さん殺しても旦那には手を出さないって約束するからさ」
「えぇ、安心しましたよ。そんな馬鹿な事を堂々と言ってのける正真正銘の大馬鹿犬なら、思ったより苦労しなさそうです」
「じ、ジーン」
二人から僅かに殺気が漏れている。
そんな中、不安げに蓮姫はユージーンに声をかけた。
「大丈夫ですよ、姫様。俺が姫様を守ります。恐れることは何もありません。姫様は結界を張ることだけに集中してればいいんですから、余計な事をしたり喋ったりしないで下さいね。足手まといになるだけですから」
「っ!わ、わかってるけど!一つだけ言わせて!」
ユージーンの失礼発言に軽く怒りを覚える蓮姫。
もし結界を張っていなければ、いつものように蹴っていただろう。
だが、そんな場合ではないし蓮姫もそれはわかっている。
彼女は真剣なこえでユージーンに告げた。
「この人、殺さないで」
「…………は?姫様、俺今とんでもない聞き間違いをしてしまったかもしれません」
「俺も聞こえたから聞き間違いじゃねぇぜ」
「ジーン。とぼけるならもう一度言うよ。その人を殺さないで。これは命令」
「…姫様、俺またマジギレするかもしれませんよ。甘ちゃん発言はいい加減になさって、少し黙ってて下さい」
「まぁまぁ、落ち着けって旦那。にしてもよ…姫さん、どういうつもり?俺さっき姫さんを殺しに来たっつったよな?なんでそんな奴にんな事言うわけ?」
蓮姫の発言に驚愕したのはユージーンだけではない。
刺客の男も、その発言には困惑している。
が、蓮姫の方を見ないユージーンの怒りに満ちた瞳やその身に纏う雰囲気を間近で受けた為に、蓮姫を庇うような発言をする。
だが、蓮姫の意図はユージーンの思惑とは違っていた。
「その前に…貴方にも1つ質問。貴方……賞金稼ぎ?」
「いんや。違ぇけど」
「そう。なら、やっぱり殺さないで。捕らえるだけにして、ジーン」
「姫様。何故です?」
「前に宿屋で襲われた時…あの夫婦が言ってたでしょ?私の首には賞金がかかってるって」
蓮姫は初めて刺客に襲われた時の事を思い出す。
刺客達を手引きした宿屋の主人達は、確かに蓮姫の首に賞金がかかったと言っていた。
その為に、蓮姫達は刺客だけでなく賞金稼ぎにも命を狙われている。
「この人が賞金稼ぎじゃないのなら、この人を雇った人がいるはず。この人だけじゃない。今までの刺客だって誰かに雇われてたみたいだし、初めて刺客に攫われた時も彼等は誰かを待っていた」
「ふ~~~ん。つまり姫さんは、自分の命を狙う大元を知りたいってわけだ。なかなか賢いねぇ」
「姫様が賢いのではなく、何処ぞの犬が馬鹿なだけでしょう?」
「耳が痛い事言ってくれんねぇ。まぁ、すっとぼけても良かったんだろうけど…俺にも殺し屋としての誇りはあるわけさ。なんつーの?賞金稼ぎなんぞと一緒にされたくないっつーの?でもまぁ賢い姫さんに免じて、 雇い主は流石に無理だけどよ……俺の正体くらいなら明かしてやんよ」
男はニヤリと笑うと、左手で着物のような黒い上着の襟をグイッと引いた。
襟から覗く胸元には、赤い模様のような物。
「赤い……模様?………って、まさかっ!?」
「へぇ~……高度な炎の魔術を使える訳ですね」
蓮姫はその模様を見て彼が何者か理解した。
それはユージーンも同じ。
何しろ彼等については、つい先日ユージーンが蓮姫に特徴を教えたばかりだ。
男は笑みを崩すことなく二人へと告げる。
「さすがに知ってたみたいだな。俺は朱雀。四大ギルドの一つ…暗殺を請け負うギルド……俺は現朱雀の頭領さ」
男は暗殺ギルドの者……それもこの世界では最強最大の殺し屋集団の長。
蓮姫は男の正体がわかった途端、嫌な汗が身体を流れるのを感じた。
自分を襲って来た刺客達が強かったのも、統率の取れた集団だという事もわかっていたが……まさか朱雀だとは思わなかった。
それ程までに、朱雀は世界中の人々から恐れられているギルド。
しかし世界中の誰もが、金を払えば完璧に、時には秘密裏に暗殺を実行する彼等を心のどこかで必要としている。
恐ろしく、また強大なギルドだ。
自分を狙い続けていた者達の正体がわかり、蓮姫は困惑と恐怖、緊張を一気に感じた。
が、蓮姫が男に対して緊張していても、ユージーンは態度など変わらない。
「朱雀の長…頭領ですか。それならかなりの手練なのも、あの時放たれた炎術が高度なのも納得ですね」
「その割には随分と余裕だねぇ、旦那。俺の部下を何人も殺してくれちゃっただけのことはあるじゃん」
男は襟を正しながらユージーンへと問いかける。
正直、彼としては蓮姫のような反応を期待していた。
というのに、ユージーンは一切の動揺すら見せない。
「ホント…あんた何者だよ?聞いても答えてくれねぇってわかってっけどさ、それでも気になるぜ」
「あの世にいけば解消されるんじゃないですか?」
「わ~~~お。殺る気満々だねぇ。俺を捕らえて拷問でもするかい?悪ぃけど、雇い主の事なんて吐けねぇよ?」
「そりゃあ朱雀の長たるもの、拷問如きで秘密は喋れません。そこは俺もわかってますよ。しかし……問題は姫様が黒幕を知りたいということ。姫様が知りたいのでしたら、どんな手を使ってでも貴方から聞き出します」
ユージーンは足を開くと、男に向けて構えた。
「素手で俺と殺り合おうっての?暗殺ギルド朱雀頭領であり、炎術使いのこの俺と?」
「あんたら雑魚刺客から取り上げた武器は脆くてかないませんね。素手で殺った方がまだいい」
「舐めてくれんじゃん?ま、旦那は死なないみたいだから関係無ぇか」
「えぇ。ですからさっさと諦めて死んで下さい……よっ!」
ユージーンは地面を蹴り、一瞬で男との距離を縮める。
そのまま片足を振り上げた。
男の首をへし折る為に。
しかし男も、暗殺ギルドの長。
ユージーンの瞬時の攻撃を見切り、既のところでかわす。
そのままユージーンの足を片手で掴み、空いた方の手に炎を纏わせるとユージーンの身体へと叩き込もうとした。
が、ユージーンは残った片足で地面を蹴り上げると、そのまま男の顔の側面を蹴り飛ばす。
ユージーンに蹴られ男は吹っ飛ぶが、男は蹴られる瞬間にユージーンへと炎の塊を投げ飛ばした。
その為にユージーンの身体も後方へと吹き飛ぶ。
男は吹き飛ばされると側の木へとぶつかり地面に倒れ込むが、ユージーンはなんとか衝撃に耐え、地面に片手をつき体勢を立て直す。
「ジーンっ!?」
「ゲホッ!姫様…大丈夫です。いやぁ…さすがに朱雀。滅茶苦茶強力な炎弾をぶち込みますね。今ので内臓がいくつか燃えました。俺じゃなきゃ腹ぶち抜かれて死んでます」
「っ、……痛ぇ~~~。本気で風穴空けるつもりだったってのによぉ。ちょっと燃えただけかい?どうせ直ぐに再生すんだろうし……ホント勘弁してよ。旦那狙ってる訳じゃねぇんだからさ」
男は頬をさすりながらヨロヨロと立ち上がる。
蹴られる瞬間に体制を崩したのだろう。
痛みだけで男に大したダメージは無いようだ。
対してユージーンの方は腹と口から血を流している。
分が悪いのはユージーンの方にしか見えないだろう。
だが、殺しても殺しても死なない相手など、殺し屋にとっては(いや誰にとってもだろうが)手に負えない。
「マジで姫さんから手を引いてよ。俺、安楽死させるのも得意だからさ。姫さん苦しめないって約束するから。安らかに逝かせてやるって」
「ホントに馬鹿な犬ですね。この場を簡単に、手っ取り早く終わらせるのは自分が死ぬ事だってわからないんですか?ねえ、姫様」
「わ、私にふらないでよ」
蓮姫は目の前で繰り広げられる高度な殺し合いに若干引いている。
かたや自分を守る不死身の元魔王。
かたや自分を殺そうとする暗殺ギルドの長。
自分の為におこっている争いだが、蓮姫はこの二人の闘いに割り込む事など出来はしない。
レベルが違い過ぎる。
ユージーンが負ける事は無いだろうが、毒によって一時的に動きが制限される事もある上、蓮姫の結界もそう長くは持たない。
「うにゃん?」
ふいに、蓮姫の腕の中で寛いでいたノアールが頭を上げて、二人の闘いとは全く別の方を向いた。
「ノア?どうかし」
「きゃああぁあぁあぁあああぁぁ!!」
蓮姫がノアールに声をかけようとしたその時……
森の中に絶叫が響きわたる。
その声は若い女のものだった。
「な、なに!?今の?」
「さぁ?興味ありません」
「そうそう。姫さんは目の前のイイ男二人に集中しててくんない?」
蓮姫は驚愕し辺りを見回すが、二人の男は全くと言っていいほど無関心だ。
一瞬でも相手から視線を逸らしては、己の命が失われるだろうから。
しかしそんな二人の死闘に蓮姫は口を挟む。
「あ、あんた達!女の子が悲鳴あげてるのに!!何が起こったか気にもならないの!?」
「姫様、空気読んで発言してもらえます?俺達は今、姫様の為に殺し合いしてるんですよ」
「そうそう。女なら『いや~ん!私の為に争わないで~!』って言うとこじゃん。他の……ってか何処の誰だかわかんない女の心配してる場合じゃないっしょ」
「「キモイ」」
クネクネと身体をくねらせながら女の口調を真似する男に、蓮姫とユージーンは口を揃えて言い放った。
若干ノアールも呆れたような顔をしている。
「ちょっ!?さすがに傷つくって!」
二人+一匹に引かれ男も慌てるが、ユージーンはただ冷めた目を彼に向けた。
この男…暗殺ギルドの長というからどれほどのものかと思ったが、おちゃらけてふざけてばかりいる。
本当に蓮姫とユージーンを殺すつもりなのか?
だが、相手を油断させる腹積もりかもしれない。
「傷ついたついでに死んでもらえます?」
ユージーンは動揺もせず、しかし先程の気色の悪いモノマネにも辛辣に返した。
再び男に向けて構えるユージーンだが、男の方も身体に炎を纏わせた。
「やめろって言ってんのよ!馬鹿と馬鹿!!」
再び殺し合いを始めようとする二人に蓮姫は力の限り怒鳴る。
空気が読めない、場違いと言われても蓮姫は女性の悲鳴を無視できる女ではない。
「あんな悲鳴あげるなんて、只事じゃないでしょ!だから」
「だから声の主の元に行くと?困っているのなら、危険な状況なら助けろと?姫様……そんなの一々気にしてたら命いくつあっても足りませんよ」
「でもジーン!」
「姫さんさぁ…ちょっとお節介過ぎんじゃないの?悲鳴は聞こえたけど『助けて』とか言ってないんだし、ほっときなよ」
蓮姫がいくら訴えようと男二人は聞く耳を持たない。
そもそも、彼等の判断は正しい。
間違っているのは蓮姫の方だろう。
それでも彼女は再度二人に問いかけた。
「もう一度聞くよ。悲鳴をあげた女の子の事なんて気にならない?助けてあげようって気にはならない?このまま馬鹿みたいに殺し合いを続けるの?」
蓮姫はゆっくりと男の方を見る。
「今まで何度でも殺そうとしたのに……絶対死なないジーンと?」
彼に問いかけると今度はユージーンの方を向いて問いかけた。
「炎術を操って身体をあちこち燃やせる男と?」
静かに、ただ鋭い視線で蓮姫は男達に問いかける。