女王の元へ 2
冷ややかな目で蓮姫を見つめる久遠。
ユリウスの時もそうだったが、口では敬語を使っているとは逆にその目は相手を見下している。
「どうあっても……ユリウスを連行するつもりですか?」
「ユリウス様だけでなく、そちらのチェーザレ様もです」
「ならばっ!弐の姫として命令します!!彼等に手を出す事は許しません!!」
「っ!!何を馬鹿な…」
「姫の言葉に、従わない訳にはいきませんよね?」
だいぶ強引だが、蓮姫は自分が王位継承者である立場を利用した。
それは彼女が思った以上の効果を出し、久遠は自分の拳を握りしめても反論はしなかった。
蓮姫の言葉に便乗するように、大将軍は蓮姫に跪く。
「弐の姫様の命に従いましょう」
「飛龍大将軍っ!」
「久遠殿。我々が女王陛下から受けた命は『弐の姫を陛下の元へお連れする事』だ。ユリウス様とチェーザレ様に関しては何も受けていない。先程までならともかく、こうして弐の姫様が見つかった以上、陛下の元へお連れする事が最優先だ。御二人の事は城に戻ってから、再度陛下より指示を仰ぐのが懸命だろう。何と言っても陛下の御子なんだ」
「……わかり…ました」
大将軍の言葉に、久遠も渋々ながら納得する。
話がまとまると、蓮姫はユリウスとチェーザレに向き合う。
暫くは会えないだろう、と思いながら。
「このっ……大馬鹿者が…」
「チェーザレ……ホント…馬鹿でごめんね。せっかくの二人の好意を無駄にしちゃって」
「君は…それでいいのかい?蓮姫?」
「うん。私は大丈夫だよ、ユリウス。弐の姫として陛下の元へ行く」
「…………そうか」
「二人共……ありがとう…それと……さよなら」
蓮姫はそのまま、大将軍に引かれ塔を出ていった。
久遠が引き連れてきた大勢の軍人も、その後を追う。
残ったのはユリウスとチェーザレの二人のみ。
足音が完璧に聞こえなくなると、ユリウスは立ち上がり側にあった椅子を勢い良く蹴り倒した。
「………ユリウス」
「………まったく…あの子は。あんな嘘までついて」
「私達にこれ以上迷惑をかけまいとしたんだろう」
「優しい子だからね。……でも蓮姫はわかってない。これから自分がどんな立場に置かれるか」
「城内は勿論の事、貴族、民、世界中が彼女をどう思っているか…」
「久遠殿の言葉を聞いただろ?壱の姫には様をつけていたが、弐の姫は違った。……そういう事だよ」
忌々しそうにユリウスは吐き捨てた。
久遠の言葉に確信する。
弐の姫は受け入れられてなどいないと。
ユリウスの言葉に、チェーザレも同じように顔を歪めた。
「理不尽だな。壱の姫は歓迎され、弐の姫は疎まれる。ただこの世界に来た順番が違うだけで…」
「それでも彼女は姫。次期女王としての責務を全うしなければいけないし、権力者にいいように扱われる危険性もある。だからこそ、まだ彼女にはそんなものから離れて少しづつ成長させたかった。なのに……」
「こんなに早く見つかるとはな。しかし早すぎる。それに母上ならわかるが…壱の姫が見つけた?どうも腑に落ちん」
ユリウスは口元に手を当て、考える素振りをする。
弟も同じ考えなら……。
「…………チェーザレ。俺は少し調べたい事がある」
「奇遇だな。私もだ」
「まったく自分が嫌になるよ。守るつもりが守られるなんて…カッコ悪い。ホント……厄介な拾い物をした」
「………後悔してるか?」
「何に?」
「蓮姫を助けたこと」
チェーザレの言葉に、プッと吹き出すとユリウスは普段の笑顔を浮かべた。
「まさか。俺は蓮姫の事が好きだよ。君と同じくらいに大好きだ」
「………気色悪い事を言ってないで、さっさと行け。馬鹿兄貴」
弐の姫が女王陛下の元へと参ずる話は、直ぐに壱の姫と蘇芳の耳にも届いた。
「本当に……居たんだね。弐の姫」
「えぇ。姫さまが感知されたのですから、間違いなどありません」
そう答えながら満面の笑みを壱の姫へと向ける。
全て蘇芳の思惑通りに事が進んでいた。
闇雲に探したところで、世界中から彼女ただ一人を見つけるのは難しい。
だからこそ蘇芳は、自分と同じ存在を確実に見つける事の出来る壱の姫を利用した。
自分を愛する女を、自分が愛する女の為に利用する
蘇芳は壱の姫と出会った瞬間に心に決めた。
少々の手違いはあったが、彼の成すべきことは変わらない。
この心も、生涯変わることは無い。
「ねぇ、蘇芳。弐の姫ってどんな人なのかな?友達になれるといいね」
蘇芳の心情など知る由もない壱の姫は、無邪気に蘇芳へと問う。
「姫さま。女王陛下の許しなく、姫同士で関わりを持つ事は禁じられていますよ。お二人は王位を争う存在。いわば敵同士なのです」
姫同士での密会を重ねれば、真に競い合い女王の座など奪えない。
この世界が求めるのは、女同士の馴れ合いで決めた女王などではない。
真に王たる素質を持つ者のみ必要とされる。
そして次期女王の一人でもある蓮姫は、憂鬱な顔で場内を歩いていた。
これじゃ本当に連行されているみたいだ、と蓮姫は思いながら。
塔から出て城に行く間、城内に入ってからも蓮姫の両脇には先程の天馬将軍と飛龍大将軍と呼ばれた男が固め、前後には大勢の軍人に囲まれている。
ちなみに道中での会話は一切ない。
連れて来られておいて、彼等の纏う雰囲気から…漠然だが…自分は歓迎されていない、と蓮姫は感じていた。
彼等だけではない。
城に入ってから、道行く人々が頭を下げながらもボソボソと自分に対して何か話している。
その目には好意など微塵も感じない。
「弐の姫様」
「は、はいっ!」
飛龍大将軍に声を掛けられ、蓮姫はビクリと肩を揺らす。
声まで裏返った蓮姫を見ると、飛龍大将軍は一瞬ポカンと固まる。
が、直ぐに柔らかく微笑んでくれた。
「緊張されているようですね」
「は、はい。これから女王様に…あ、会うんですよね」
「大丈夫です。陛下は……その…なんと言うか……気さくな方ですから」
「気さく……ですか?」
「……えぇ。ですから緊張などしなくても、大丈夫です」
大丈夫だと優しく告げる飛龍大将軍の笑顔が、蓮姫には遠く離れてしまった父親の姿と重なって見えた。
「さて……着きました。女王陛下は、この扉の向うに居られます。私は先に陛下へ報告してきますので、暫くお待ちください」
飛龍大将軍が去ると再び沈黙が下りる。
「あ、あの」
「私語は謹んで頂きたい」
蓮姫は沈黙に耐えられず、もう一人の将軍に声を掛けたが一蹴される。
久遠と呼ばれた男は蓮姫に目線を向ける事もしなかった。
数分程で飛龍大将軍が蓮姫達の元へ戻って来たが、その数分を蓮姫はとても長く感じた。
「弐の姫様、陛下が……どうかなさいましたか?」
「い、いえ。大丈夫…です」
飛龍大将軍は自分が離れる前と、戻ってからの蓮姫の顔色の違いに気づく。
チラリと久遠の方を見ると、軽くため息をついた。
この青年は武人としては申し分ない。
一度仕えると、主と決めた人間にはこれ以上ない程つくす。
だからこそ、年若くして天馬将軍という将軍職の中でも高位を女王陛下より与えられた。
国の為、王の為、民の為につくす男。
それ故に、久遠は弐の姫の存在を聞いた時から、彼女を受け入れられなかった。
飛龍大将軍は蓮姫に向き合うと、蓮姫を扉へと促した。
「弐の姫様、陛下はお会いになるそうです。参りましょう」
「………はい」
蓮姫はひとつ深呼吸をすると、扉へと歩きだした。
「飛龍大将軍、天馬将軍。弐の姫様を連れ参じました」
「入るがよい」
扉の先、長く敷かれた赤い絨毯の先には玉座に座る美しい女性が座っていた。
女王の姿に蓮姫は目を見開く。
ティアラの下にある真っ赤な髪、自分を見つめる翠の瞳。
豊満な胸にくびれた腰。
その身を包む金のドレスに装飾品。
少し指を動かすだけで色気が放たれる。
美しさとは、女王とは、まさにこの女性の為だけにあるのでは、と蓮姫は思った。
しかし、彼女はユリウスとチェーザレの母親でありその歳は500を過ぎているはず。
目の前の女性はどう見ても、蓮姫がよく知る双子と大差ない年頃に見えた。
「そなたが弐の姫か?名は何と言う?」
「は、はい。……蓮姫…です」