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7. 願い事の王様 1


舞踏会の夜だった。



もう既に見慣れた色彩と美しさの輪の中で、なぜか今夜のユジィは、再びアレックスに辟易とさせられている。


「お前は愚かだね。いかに私の半分を持っていても、それはもう、私の中にはないものだよ?そんなもので、あの森を出られると思ったのかい?」


「純粋に、アレックスの欠片とか、アールの元として考えれば、同じものでしょう?」


確かこの話題が始まったのはロードのせいだ。

彼が、アレックスの欠片を羨ましいとか言い出したお陰で、ユジィはまた噛んで遊ぶ玩具にされかけている。

前回と違うのは、完璧な保護者と好意的な隣人がいるくらい。


「そんな緩い縛りであれば、そもそもあの森を、人ならざる者の墓場とは呼ばないだろう」


「……………え、じゃあどうして出られたの?」

「お前に渡したものの中にも、今の私の中のものと同じものがあったからだ」


心から聞きたくないという顔になるユジィとは反対に、ラスティアは微笑ましそうにこちらを見ている。

今夜の彼は柔らかな砂色の盛装で、人外者らしい華やかさだ。



「…………同じもの?」


「お前を、憎む気持ちがね」


(聞きたくなかった!!全力で忘れたいやつ!)


ふーっと倒れそうになったユジィを受け止めて、スヴェインが保護者的剣呑な空気を纏う。


「いやいやいや、違うでしょう?!王ってば、何を言っているんですか?!」


顔色を変えたのはラスティアで、そんな部下をアレックスは飄々と見ている。


ラスティアは意外に庶民的な精神も持っているのか、困ったことにアレックスがそれなりにユジィを気に入っているという設定を好んで信奉しているのだ。


(いや待てよ、ラスティアのそういう素振りすら、私を振り回す遊びの一環ってこともあるのか…………)


最早ユジィは、絶対安全領域、一刻も早くスヴェインと領地に帰りたいの境地だ。



「愛していようが、そうあることを心に強いるお前を、どこかでは憎んでもいるだろうと思ってね。何しろ私は私なのだから、気質は変わるまい」


「………………大切な思い出にまで影を落としていただいて、本当にもう結構です」


「ちょっとユジィ?!王、もう止めてあげて下さい!スヴェイン!お前はお前で、何を少し喜んでるんだい?!」


体の向きを変えてスヴェインの胸に顔を埋めているので、もうアレックスの表情は見えない。

相変わらず軍服めいた彼の衣装の飾緒が、がさがさと顔に当たるが、ここは我慢だ。


(もう嫌だ。ヴェインくらいしか、私にちゃんと優しくて、安全な人がいない)


スヴェインを捕らえた過去の自分を、今は全力で褒めてあげたい。

厄介な位置に垂れている飾緒は除くとして、得難いものとはこういうものを指すのだろう。


「ユジィ!それは、決して安全地帯じゃないからね?!」


「おや、妬けるねユージィニア。お前が愛しているのは、私だろう?」


外野があれこれ言っているが、心に優しくない言葉は全て締め出してやった。

特にアレックスに関わるともう、ろくなことがないので、彼の甘言には振り回されたくない。


頑として撥ね付けていると、くすりと笑う気配がした。



「よく帰ってきたね、ユージィニア」


そろりと振り返ると、アレックスはもう、意地悪な顔はしていなかった。


「こっちにおいで、お前はもう、私にとって意味のあるものだ。大事にしてあげよう」


まだ少し警戒したまま、その甘い誘惑を聞いていると、アレックスはクリスマスの王様の顔で微笑んだ。

あえやかな闇の下りた広間を背景にして、絵のように美しい。


「…………アレックス」


「お前は元々、私の嗜好品だったんだ。もう石炭には戻さないから、安心していいよ」

「…………え、王、そうだったんですか?」

「元々は、私が呼び落とした嗜好品だ。そうやって手に入れて、手元に置いていたんだよ」


意外そうなラスティアに、ロードまでが目をしばたく。


「そうだったの?」


ユジィ本人も初耳の情報に、思わず聞き返してしまう。


「気付いていなかったのかい?あんな風に、見知らぬ森に呼び落とされておいて?」

「そう言えば確かに、唐突に森にいた感はあるけれど、…………私、嗜好品だったの?」


よく考えれば、クリスマスの朝に森にいたことと、アレックスが願い事を叶えてくれる恩恵を施す代行者だという知識以外、この世界での始まりの記憶がない。


本で読んだ以上のことは掘り起こせなかった。本に記載がなければ、記憶としての還元もしないらしい。



「ユージィニア、こちらにおいで。もう一度私が、君の守護者になろう」


最上級に特別なものが、そう手を差し伸べてくれる。



(………………あれ?私、アレックスに言ってなかったっけ?)



だが、ユジィは眉間に皺を刻んで首を傾げた。

そう言えば、ラエドの最初の襲撃の際にユジィが下した生々しい結論を、当事者であるスヴェイン以外の誰も知らないような。



「ごめんなさい、行けません。私の守護者は、既にヴェインですので」


厳かな顔でそう宣言する。


「…………は?」


さすがのアレックスは、は?と聞き返すことはしなかったが、代わりにその声を発したのは、ラスティアとフリードリヒだろうか。


充分な沈黙を挟んで、アレックスの声が低くなる。


「どういうことだろう?」


「契約したんです。ヴェインは、優しくて頼り甲斐があるし、何しろ特別に可愛いので!」


思わず力説したユジィに、また一度静まり返った広間が、俄かにざわついた。


「可愛い…………?」


呆然と反復してしまったアレックスに、ロードの憤慨が重なる。


「どういうこと!?スヴェインなんて、どこをどう切り取っても可愛いという言葉の欠片もないでしょ!!」


「だよねぇって、スヴェイン!!可愛いと言われて喜ぶのは、視覚的にもやめて欲しいな?!」


硬質な気配を和ませてしまったスヴェインは、ラスティアの指摘に、喜色をさらりと拭い落とす。

素知らぬ顔で一礼した部下に、アレックスは目をすっと眇めた。


少し遅れて、ぞっとするくらいに低声で感想を漏らしたのがフリードリヒだ。


「お前、目が腐ってるんじゃないのか?」

「失礼な!彼は、可愛いです!!」


吐き捨てる勢いで言った言葉を叩き返されて、フリードリヒが愕然とする。


「いいなぁ、僕もユジィが欲しい」

「ロード?!」


柳眉を吊り上げたフリードリヒに、ロードは可愛いらしく頬を膨らませる。


「だって、我が君と同じものだよ?それでいて手元に所有出来るなんて、容れ物は気に入らないけど、この上ない至福じゃないか」


「執着の向くべき方向がおかしいでしょ!あれは、元石炭だよ?!」


「スヴェイン、僕にも貸してよ」

「悪いがそれは出来ない。彼女は俺の嗜好品だから」

「君なんか全然可愛くないじゃん。ねぇ、ユジィ、僕の方が可愛いよね?」

「うちの子が一番です!」

「えー?!やっぱり審美眼がおかしいでしょ!」


「ねぇ、やめようよ。この議論は不毛だから。それにロード、この話題でその子と折り合うのは不可能だ。付け加えるなら、可愛いと言われて喜ぶスヴェインも異常だし、関わらない方がいい」


「……そう言えばラスティア、君も彼女ことお気に入りだよね?」


不満そうな眼差しをちらりと向けられ、ラスティアは鉄壁の微笑みを浮かべる。


実際の所有権というカードを持っているスヴェインや、主への思慕が動機となるロードとは違い、アレックスが自分の深刻な競合を喜ばないだろうということぐらいわかる。


「ロード、私だって黙秘権を行使することがあるよ?」


(人外者は目が腐ってる)


そのやり取りを不満そうに見守っていたユジィは、鉄面皮とも見紛う平静さの下で微かに傷付いているに違いないスヴェインが心配になる。

自分が手を引いてやらなければ敵刃を避けることも忘れてしまった人なのだ。

頼もしいのは勿論だが、あの瞬間から彼は、庇護対象としても認識されている。



「うーん、やはり君を石炭に戻そうかな。そうすれば、守護者もいらないよね」


大人気なくそんな案を出してきたアレックスに、ラスティアとフリードリヒが心持ち表情を曇らせる。

素早く見合わせた視線で、お互いの困惑を交換したようだ。


「その場合、俺は臣下としてお護りする立ち位置を変えるばかりですが、そもそもこの国では、あなたでも各王を従属化出来ないという誓約があるでしょうに」

「……………………ん?」


アレックスですら思わず微笑みを凍りつかせたのは、表情を変えもせずにスヴェインがそう告白したからだ。


「ユージィニアを不安にさせるような契約など、結ぶ筈がありません。契約は同等で、彼女にも得るものがあるものにしましたので」


「つまり、待って、どういうこと?」


ラスティアの笑顔は、既に蒼白になりかけている。

気苦労の多そうな友人を一瞥して、スヴェインは薄い唇の端に凄艶な微笑みを浮かべた。


「彼女は俺を守護者に持ち、同時に俺の主人でもあります。つまりのところ、ユージィニアは、現アシュレイの領主でもありますね。議決権もあると理解下さい」


けろりと言いのけたスヴェインに、長々とした沈黙が落ち、



「お前は、曲者揃いのこの中でも、誰より腹が黒いと思うよ」


「ご冗談を」


アレックスの苦言に、にっこりと微笑んだスヴェインに、フリードリヒはごとりと顔を落として机に突っ伏した。

へぇーと感心したようにロードが手を叩き、ラスティアはもう視線をどこか遠くに向けている。


アレックスの隣にいるラスティアは、主人の冷ややかな気配に視線を正面に戻す勇気はないようだ。



「お前が、私次席の階位でなければ、とっくにその口を閉じられたのだけど」


「最近資質の補填が順調ですので、同柱だった頃よりアールは潤沢なんですけどね」


微笑みを交わし合うアレックスとスヴェインは、どこまでも寒々しい。



「よく、お前の配下達が許したものだ」


「俺の城には、彼女の魅力がわからないような石頭はいないんですよ」


(と言うよりも、忠誠心が普通じゃないせいで、ヴェインの飼い主的な支持だよね?)



初めて心許してぬくぬくと朝寝坊をしてみた日、ユジィは一人で朝食を採っているスヴェインが寂しそうだからという理由だけで、見知らぬ侍従に叩き起こされたことがある。


その必死さを覚えているので、最近は何事も先手を打つようにしている。


(朝寝坊したいときには、スヴェインを巻き込むか、お昼の約束をするとか)


考えているうちに、やはり振り回されているような気がしてきた。


(あれ、何かおかしい!ヴェインだって、今までは一人で自立して生活してこれていた充分な高齢者よね?)



「お前は、私ではなくスヴェインでいいのかい?」



懊悩に気づかれたのか、アレックスが誘うように問い掛ける。


しかしながら、深刻な疑問と向き合い中のユジィは気もそぞろだった。


「私は書の国の価値観で教育されているので、アレックスよりはヴェインがいいんです」


「書の国の価値観?」


「理想と現実。書の国の住人は元々物語を剥ぎ取られた人達ですから、物語的な要素への欲求がとても強いんです。その分、あの国では憧れるものと、手に入るものとを厳しく説く教育が徹底しています。私はその価値観が染み付いているので、憧れだったけど今や実用性がなくて、実は性格の相性もいまいちなアレックスより、私には勿体無いくらい特上品で、趣味嗜好や価値観、性格の相性もいいヴェインの方が、心が満たされます」



「……あれ、何だろう。当事者じゃないのに、胸の底からうら悲しい気持になったよ」


ユジィの口上を聞き終えてからしんと静まり返ってしまった広間で、舞台裏を見てしまった子供のような顔のラスティアが項垂れる。


「僕、ちょっと泣きたくなった。人間って、こんな乾いた価値観を正論として語れるの?」

「…………………書の国め」


ロードが呆然と呟き、フリードリヒの眼差しには微かな怯えさえある。


望めば望むだけ手に入る高位の彼等にとって、乾いた現実論はいやに恐ろしく響くらしい。

その手の残酷さに免疫がないようだ。



ふと我に返ったユジィは、思い出した最大の要因も付け加える。


「先入観なしでよく考えたら、ヴェインの容姿の方が好みですし」


「やめてあげて!」


思わず静止したラスティアの言葉も虚しく、アレックスは小さく容姿と呟いた。


ユジィは慌てた様子のラスティアに首を傾げ、残酷な、と呟いたロードに眉間の皺をぎりぎりと深くする。

残酷さの専売特許は彼等のものだ。

何故に責められる風なのか。


(でも、きっと彼等にはあまり理解出来ないんだろうなぁ)


見上げればそこにいるのは、終わってしまった願い事の顛末。

小さな子供が、誰よりも愛したクリスマスの王様がいる。


(私は多分、この先も胸の奥の幼い部分でずっと彼を愛し続ける)


辿るべき明るい未来のあった過去として。

或いは、救いとなった最愛の家族として。


でも、それをアレックスに言う必要はないだろう。

人間とは心の動きが違う彼等と生きていくには、不要な真実だ。

彼等にはその複雑で脆弱な感傷などわかるまい。



(あなたに何かがあれば、私が全力で守ってあげる)



己の半分を与えてくれた彼は、もう思い出の中のひとだけれど、その覚悟も変わらない。

彼の身に危険が迫れば、惜しみなく武器としての力を貸し与えるつもりだ。


(それも、言わないけどね)



「ヴェインがいてくれて良かった」


あんまりアレックスのことばかり話すと拗ねてしまうかもなので、ほわっと微笑んで付け足すと、よく出来ましたと言うように頭を撫でてくれて嬉しくなる。


記憶が記録と成り果てた今、

ただ好きでいても安心で、甘えられるものは、スヴェインが初めての恩寵だった。



「………君も充分に王の心をズタボロにしているし、その隣の男は優しい守護者ではなくて独占欲の強い有能な策士で、全体的に洗脳されているからね」


「聞かなくていいですよ。ラスティアはやはり人外者ですので、あなたの心に棘のある価値観も持っていますから」


不意にスヴェインの手で耳を塞がれたので戸惑っていると、そう教えられた。

やはり、この守護者は繊細で優しい。


「こらこら!スヴェイン!」

「………代行するものに忠実なことだ」


呆れた声で呟くアレックスを少しだけ見つめて、ユジィは心からの微笑みを浮かべた。


スヴェインという安全な家の窓から見る彼は、ただ美しくて心踊る。


(ただの憧れで愛でられる、この距離感がいいな)


「うん。アレックスは、見るだけで充分かな!」


心の声がだだ漏れになっているとは知らずに幸せな溜め息を吐くと、アレックスはなぜか愉快そうに笑った。


「一曲踊ろうか」

「ご辞退差し上げます」

「君が女性で、新しいアシュレイ公となるなら、これは儀礼的なものだよ」


不信感一杯でスヴェインの判断を仰ぐと、彼は不本意そうに頷いた。



「……では、爪先を失う覚悟があれば」

「踏まないように誘導するさ」



保護者の手元から離れて差し出された手を取れば、オーケストラの奔流に包まれる。


淡い影達が驚きを隠さず囁き、ホールにいた人外者達が優雅に頭を下げてリベルフィリアの総王にダンスを譲る。

王のお相手の質素さに不服そうなのは、どうか許して欲しい。



アレックスのリードに任せると、魔法の靴を履いているような軽やかさだった。



「スヴェインがなぜ、あの森に入らなかったか知っているかい?」


ダンスの相手の秘密めいた囁きに、ユジィは小さな溜息を吐く。


「それはとても重要なことですか?」


「どうだろう。では重ねてみようか。君は、私の力の切り出し方を知っているかい?願い事の王というものが、どういう力を振るうものなのか」



「……………いいえ」


優雅なターンに世界が回って、その真ん中で婉然と微笑むアレックスを見ている。


「作家が、君の物語を剥ぎ取ったことによって、君は、かつて嗜好品として私と交わした契約を失っている。だから”何者でもない”状態から、本来の道筋に戻された君に、いいことを教えてあげよう」


(聞きたくない)



聞いてしまえば、恐ろしい懸念が現実になってしまう。

本の中に書かれただけのものが、息を吹き返してしまう。



「私のアールは、声と言葉だ。それを織り上げて願い事を成す。つまりそれは、願い事の王の力だ」



本にはそこまで記載がなかったからねと続けられ、もはや膝に力が入らなかったが、アレックスは巧みにユジィを支えて支障なくダンスを続けた。



「もう一つ質問を重ねてみようか。君が物語を剥ぎ取られた時に、差し向けられた作家は、誰が飼っていたと思う?」


「………シュタイル伯が、前の作家に会ったことがあると言っていた。その時からずっと、その言葉の意味を考えていました。という事は、あの作家はリベルフィリアの持ち物だったのだろうかって」


ほんの少しだけ冷静になって会話に応じたけれど、果たしてこれは進めてもいい会話なのだろうか。



(そう。私はずっと、一つの不協和音に気付いていた)



ひたりと、嫌な冷たい汗が背中を伝う。ダンスはこれから中盤に差し掛かるところだ。



「スヴェインだよ」

「………っ、」



思わずバランスを崩しかけたユジィの手を引き上げて、アレックスは周囲には気付かせず強引にダンスを続ける。



(ああ、そうか…………)



幾つか、絶対的におかしいことがあった。


彼は最初から、”作家”という武器の銘を知っていたし、森に入ろうとしたユジィに、スヴェインはユジィが持つアレックスの欠片を、明確にアレックスが切り分けた庇護だと口にした。


そして何よりも彼は、ここがユジィの戻るべき世界ではないとされていた頃から、ユジィが持つ庇護をこの世界のアレックスのもとして理解して不快感を表していたではないか。



(彼は、最初から全てを知っていた?)



「きっと彼は、君の好みを知っているだろう?それは、幼い頃の君の情報だ。かつての私は、よく君のことを彼に話したんだ」


どうしてそんなことをしたんだろうね?とアレックスは不思議そうに笑う。


「どうして彼は、…………」


「彼は有能な副官だったからね。私のちょっとした余暇を憂いて、強引に終わらせることにしたのだろう。その件についてお互いに口に出したことは無いが、私は、彼を罰しはしなかった。仕上げられる前に気付けば殺しただろうけど、成された後は君への執着を失ってしまったしね」



「…………それと、スヴェインが森に入らなかったことに関係があるの?」


「今の彼は、君の要求を妨げはしまい。だが、だからこそ、私が彼の罪を暴いて君を取り戻すのであれば、見たくはなかったのかもしれないね」



最後のターンは無言だった。



曲が途切れてもアレックスがユジィの腰に手を添えたのは、ユジィが無様に倒れるとでも思ったのだろうか。

それとも、掌に伝わる鼓動で動揺を測られたのだろうか。



「あなたは、やっぱりもう、私のクリスマスの王様じゃないのね」



囁く程の声に耳を傾けて、アレックスは小さく笑った。



「残酷だと思うかい?君が願うなら、助けてあげようか。何しろ、私は願い事の王だからね。それとも君は、自分で自分を救ってみるかい?」



そんな提案をしたアレックスを、ユジィは思わずじっと見つめる。


意外にも、彼は欠片も愉快そうではなかった。



「私が、あなたに願えると思う?」


「いいや。君は、一度も私に願わなかった。私は、願い事の王だというのに」



そうだ。

ユジィは、どんな悲惨な状態であっても、アレックスに、彼の本質としての願いをかけたことは一度もなかった。

なぜならば、その行為がどれだけ厄介なものなのかを知っていて、だからこそ、自分とアレックスとの相性が最悪だと考えているから。



アレックスの手が離れると、ユジィは待っていたスヴェインの手に引き渡される。



「少し疲れたでしょう?バルコニーに出ませんか?」



何もかもを承知したようなスヴェインの穏やかな微笑みに、ユジィは何も言えないで頷いた。




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