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4.武器の内訳 4

目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。

微かな雨の音の中、柔らかなピアノの旋律が流れている。

窓の外は初夏の庭で、紫陽花の茂みと夏椿の白い花が美しい。


(お城の中じゃなくて、もっと人間的な、まるで誰かのお屋敷みたい)


大きなベッドの脇には小さなサイドテーブルがあり、クリスタルの水差しとグラスが置かれていた。

安らかだ。とても。


(ここはどこだろう)


もぞもぞと起き上がってベッドを下りようとしたら、

背後から腰に巻きついた腕にゆるやかに拘束された。



「もう少しお眠り」

「…………アレックス?!」


寝台が広くて気付かなかったが、同じところに眠っていたらしい。

驚きのあまり声がひっくり返ったが、彼は呆れる様子もなく気怠げに寝返りを打った。

随分眠そうだ。



「お前に触れると心地良いな」

「…………はい?」


(何を仰られているんですか?!)


意識が半ば灰になりつつ、何とか状況を整理する。


「揃うから、か」

「…………揃う?」


(どういうこと?!確か昨日、ラエドに腕を射られたところでアレックスが来て………)


最近、ユジィ的犬候補筆頭のお蔭で、随分とスキンシップには慣れた。

けれど、スヴェインとアレックスではだいぶ様子が違ってくる。

そして記憶を辿る限り、ほのぼのな展開で終わった筈もないのだから、混乱しても当然だ。


「あの後、どうなったんですか?」


回された腕の温度に狼狽しながら、どうにか事の経緯を掴もうとする。


「道繋ぎとやらは逃したが、あの武器は拘束済みだよ。殺してしまっても良かったが、生け捕りに出来たのならまた別の価値があるからね」

「あの、…………私はどうして、ここは?」

「私の部屋だ」


深く息を吐く音。安らかに力が抜けて、眠りの呼吸に近くなる。

背中にぴったりと寄り添うぬくもりに、胸が震えた。


(あ、腕の怪我なくなってる)


そろりと持ち上げた腕は傷一つない。おまけに着ている服も昨晩のものとは違う。


(…………着替えって誰が…………)


また気が遠くなったけれど、この穏やかさにすぐに鎮まる。


(私の大好きなアレックス)


そんな言葉が、心の中から零れ落ちた。

この気配も穏やかさも、大好きだったあの人のものと、同じ色をしている。


(アレックスの部屋は幾つあるんだろう?)


前に飼われていた部屋も美しかったけれど、この部屋には彼の温度があって好きだ。

あまりの気持ち良さにこくりこくりと視界が揺れて、目を開けているのが難しくなってくる。


(ヴェイン、心配してるよね)


何とかそれだけを意識に乗せて、ぱたりと意識が途切れた。





世界が色をなくした。


もう大切なものはなくて、何をも心を動かしてはくれない。

歓びは、彼女と共に奪い取られた。

全てを手に入れても、何もこの手の中では形をなさない。


(それなのに戻ってきた)


触れるときだけ、その内側に譲り渡した温度が微かに移る。

けれども離れて見ていれば、もはや心は動かなかった。

何しろ今の彼女は、前のように笑わないし、自分に寄り添いもしない。


(なんだ、もう違うのか)


期待をしていたからか、失望はその断面をより鋭くする。

あの幸福感を得ることは、もはや叶わないらしい。


(捨ててしまおう)


だから消した筈なのに、気付けば見知らぬ場所で誰かの手で慈しまれていた。

声を上げて笑うことはやはりないけれど、表情の柔らかさは記憶の中の彼女によく似てきた。

それは、自分だけが受けるべき恩恵ではなかったのか。


(お前は、私を愛するべきじゃないのか)


ふっと囁いたその言葉に、奇妙なくらいに打ちのめされている自分がいた。






(………あの夢は誰の夢?)


夢の中で誰かの独白を辿っていた。薄く目を開ければ、記憶は脆く壊れて崩れ散る。


「…………アレックス?」


目を開いたその先に、寛いだアレックスの微笑みがあった。


「随分と寝汚いね」

「もう起きたの?」


まだこの心地良い眠りを手放したくなくて、ごろりと横向きになれば、微かな溜め息が落ち、頭の上に優しく手が乗せられる。


(む、私は何を枕にしているんだろう?)


暖かくて幸せで、思わず頬を擦りせれば、頭上の気配に苦笑が滲んだ。



「一眠りの間に、随分と挑発的になったね」


(…………声が枕に響いてくる)


もしやこれは枕などではなくて、


「………………膝?」


がばっと意識が飛び起きた。

そろりと視線を上げてゆけば、腹部から首筋、面白がるようにこちらを見下ろしているアレックスの眼差しにぶつかる。



「あああアレックス……」


飛び起きたい筈なのに頭が動かないのは、その上にアレックスの手が乗っているからだ。

自分で擦り寄ってしまったせいで、頬の密着度は随分と深い。


「私が欲しいなら望んでみるかい?」


体を屈めてユジィの耳元で、アレックスはとんでもない誘惑を注ぎ込む。

淫靡でさえある声の囁きに、大きく体を揺らしてしまった。


吐息を含んだ微笑みの気配。


(何をですか?!そして、どんな物騒な意味でですか?!)


「……………とんでもないです」


怖くて具体的に何がとは聞けなかった。体を起こしたくても、手をどかされるまでは叶わなそうだし、頭の上だけではなくて、もう片方の手が腰の上に置かれていることにも気付いてしまう。

じわじわと頬に血が昇って、顔を埋めて表情をアレックスの目から隠したくなる。

でも、枕の仕様的にそういうわけにもどうしてもいかない。


「では、私に望まれたら私のものになるかい?」


声の響きが肌に落ちる程に近い。


震えたのは怖さではなく、心そのものだった。だから、とても真剣に考えてしまった。


「…………あなたは私にとって、特別なのは確かだから、呑み込まれてしまったら、抗えないかもしれない。でも、自分の心だけで選べるなら、私はあなたのものにはならない」


微かな吐息の揺れる音。

もしかしたらそれは、小さく息を呑む音だったのかもしれない。


でもユジィは、すべらかに言葉が選べたことに安心して、体の力をくたりと抜く。

添わせた体に、アレックスの体温は途方もなく心地いい。



「…………なぜ?」


「あなたが特別なのは、ただ私の持つ心の嗜好だけだから。私が好むのはどうも悪しきものばかりのようだし、それに疲弊するのは、もう充分にやり尽くした気がして」


身も蓋もない言い方だ。

でも、なぜか恥ずかしいとは思わなかった。


ただ静かに、その言葉を胸の内に落としてゆく。


「残された時間は、他のものに充てるとでも言いたげだね?」

「残り時間で選べるなら、優しいものがいい」


ふつりと、欲を感じる。


(物語の最後は、そうやって締めるのがいい)


「私は人間で贅沢者だから、せめて最後くらいは、自分を愛するものを愛したり、ぬくぬくと暖かいものを抱き締めたい」


だからあなたではないのだと、暗に告げても背徳感はなかった。

自分を顧みないアレックスにだからこそ、剥き出しの欲求を言える気がした。

だってここに居る彼は、ユジィとクリスマスの王様の物語を知らないひとなのだ。


「武器には耐久年数があるから?」

「…………聞いていたんですね。…………武器ですから、使い込めば磨耗します」

「二年とは、あまり持ちのいい武器ではないな」

「私たちは、心をなくして命を武器に換算してしまうから、あまり長くは生きられない」


長く生きられないということであれば、それに対する恐怖があるわけでもなく。

あまりにも不安定そうな先行きで苦労せずに早逝出来るならば、それでも良いとさえ思った。

実際の苦痛や恐怖が伴うわけではない、老衰のようなものなのだろうと。


「心を失くしていないお前は、少し毛色が違うようだけど」

「まだわからないことばかりで。………ヴェインが、私の錬成はあなたのものと似ているって言っていました」

「と言うより、同じものだね。最初の盾に限って言えば」

「…………そうなの?」

「昨晩のものはまた仕様が違う。お前は奪ったものを、己の力とするんだろう」

「…………じゃあ、最初のは、」

「私から奪ったのかもしれない」


さらりと言われたけれど、心当たりもなければ機会もない。


「ごめんなさい……?」

「奪うということを、我々は罪としない。それは能力に応じた報酬だからね」


 ほっと体の力を抜けば、彼の指先が髪を梳いているのがわかる。


(でも、アレックスから何かを奪えるようなことなんてあるのかしら?)



「さてと。この後は良い暇潰しが出来そうだな」

「…………ラエドを捕らえたから?」

「いや、五柱の中に裏切り者がいるのだろう?お前が教えてくれたんだよ」

「あ、…………ラエドから情報が引き出せるかもしれないんですね、」

「お前もよい餌になりそうだ」


思わず見つめてしまった先には、安らかな時間が嘘のように、くつくつと喉を鳴らして笑う邪悪な王様がいた。


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