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4.武器の内訳 1

その夜はアグライアに留まることになった。

知識に貪欲な人外者らしく、今までの武器というものの知識の上書きも速やかに共有されたようだが、スヴェインが窓口になり、アレックス以外の誰かをユジィに近付かせることはなかった。


「あれでもね、今までの彼は、諸侯たちには一目置かれていたんだよね」


とろりとした極上の織物を貼った灰青色のソファの、ユジィの隣に座ったラスティアが、既に思い出話にして教えてくれる。

なぜ過去形にするのだろう。


「あの怪我の影響は出ませんか?」

「私たちの損傷はね、修復出来ないものでなければ、疲労以上として蓄積しない。あいつが何か言っても、騙されてはいけないよ?」

「…………騙す?」

「彼が一席なのは、命数が多く、誰よりも潤沢なアールを備えているからだけじゃない。思考の鋭敏さと展開の早さも含めて、誰よりも抜きん出ているからだ」

「だから、………私を騙すのも容易い?」


(この庇護も、また遊びの一環だということ?)


表情には出さなかった筈なのに、ラスティアは優しい顔で苦笑した。


「あいつは、君を溺愛して、決して君を裏切りはしないよ。でもね、君に特別に構って貰う為に、姑息な策は弄するだろう。だから、振り回されては駄目だよ。私が言いたいのはそういうことだからね?」

「どうしてですか?」

「ん?」

「どうしてラスティアは、私にそういうことを教えてくれるの?」

「さーて、どうしてだろうね」


部屋の長椅子に膝を抱えて座ったまま、ユジィは向かい側で優雅にグラスを傾けているラスティアの表情を伺う。

冴え冴えとした色彩のくせに、彼はいつだって華やかだ。


(返事を曖昧にされた。……ということは?)


「ラスティアは、スヴェインのことを特別に大事にしているから?」

「っ!…………参ったなぁ。君はそういう斜めの目線で読み解くのか」


本気で咽せそうになる人外者を初めて見たユジィは、目をぱちくりさせる。


「誤解のないように説明するけどね、スヴェインは確かに古い友人だ。でもね、私達は自分以外のものをそのように大事にはしないよ」

「それは、友人であることとは違うの?」

「そうだよ。それにね、私が君を放っておけないのは、……私も、スヴェイン程ではないが、君に競り負けたからかなぁ」

「私に競り負けた?」


グラスをくるりと回し黄金の液体を揺らすと、ラスティアはどこか遠い目をする。


「あの舞踏会の夜の君は、それだけの力を持っていた。あの声に少触れただけでこれだ。スヴェイン程に奪われたなら、私はどうなったのだろう」

「私が、…………あなた達に何かをしてしまったから?」


銀色の瞳にふと、人外者らしい計算高さが覗いた。


「自分の力を知らないのなら、そのままでおいで。私達にはその方が都合がいい」


(私は声にも、力のようなものがあるということ?彼等に通用するようなものだとしたら、それは武器としてのアールくらいだと思うけれど)


果たしてあの力を、どうやって応用したのだろう。


「さてと、嫉妬深い飼い主が戻って来たようだ。門番は退出しよう」


ラスティアが立ち上がるのと同時に、部屋の扉を開けてスヴェインが戻ってきた。

ユジィと目が合うと、唇の端を薄く持ち上げて微笑む。

会議にあたり着替えたのか、青みがかった白地にぼかすような灰紫の織がある服を着ている。軍服のように禁欲的だが、東欧的な装飾が艶やかな彩りをつけ、目が合うと肌が泡立つような凄艶さだ。


(なぜだろう。ここ数日で視覚的攻撃力が増している気がする・・・・)


心を赦したせいなのか、或いは現実的に彼のアールが嵩を増したのか。


「ロードは納得したかい?私はそろそろ戻るよ」

「情報は卸してある。それで納得するしかないだろう。あれは少々我が儘が過ぎるな」

「はは。ロードを小さな子供みたいに御せるのは君くらいだよ」


気障に手を振りながら部屋を出て行ったラスティアを見送ってから、スヴェインは立ち上がったユジィの隣に歩み寄る。


「ラスティアに悪さをされませんでしたか?」

「とんでもない!ラスティアは、優しいよ」

「俺以外の者に、そう思っては駄目ですよ。我々はあなたの心の在りようとは異なる生き物なんですから」

「ヴェインは違うの?」


ふっと目を細めて頭を撫でられて、ますます途方に暮れる。

名前を呼んで彼の手を引いたあの瞬間から、スヴェインはべたべたにユジィを甘やかすようになった。


(…………なぜだ。昨晩より悪化している……)


野生の狼が千切れんばかりに尻尾を振って頭を擦り寄せてくる場面が脳裏に浮かんだ。

堪らなく可愛いが、それが狼として正しいかと言えばそうではない。


「………ねぇ、ヴェイン。私はあなたに何かをしてしまった?だからあなたは、私を……」

「あなたは、俺にとって不都合なことは、何もしていませんよ。あなたの声には、俺を奪うだけの充分な力があった。それだけです」

「奪うって、……」


「それよりも、武器のアールというものは、あなたの消耗に繋がりませんか?」

「わからないの。使えたことも意外だったし、そもそも私の理外れのアールがどういうものなのかすら、まだよくわからなくて」


会話をすり替えられたのはわかったが、目下最大の悩みを相談してみることにした。

昨晩からとつとつと、今ではほぼ普通に話すようになったユジィに、スヴェインは質問されるだけでも嬉しそうだ。


(この国で、アレックスに準じてアールに長けた人だというから、何か見えたかも?)


「あの錬成は、ラエドという男のものとは少し異なっていましたね」

「中身がということではなくて?」

「ラエドのものは、理外れという言葉に相応しく、色も気配もありませんでした。あなたのものは、展開こそ無色でしたが、錬成にはアールの色があった」

「ラエドに成り損ないって言われたのは、その所為かしら?私が武器に成っていたら、感情なんてとうにない筈だし」


寧ろ心は、煌々と灯されたままで、自分の願い事がもうよくわからなくなる。


「…………アールって、どうやって錬成するの?」



やってみようかと思って持ちかけたが、


「人間とは錬成の仕組みが違うんだ。俺達がアールを使うのは、自分の肉体を操作したり、声の調整をするようなものですから」

「そっか、………私達とは違うんだ」


肩を落とすユジィに、スヴェインは片手を顎に当て考え込む様子になる。


「理外れというのなら、そもそも展開の図式がこの世界のアールとは違うのでは?」

「……あ!」

「あなた方が他世界の出身だからこそ、その力は理を外れるという事じゃないんですか?」

「うーん、それはよくわからないの。武器の理外れは、願い事に起因する唯一つのものに限定されるし」


(そしてその知識も、物語の言葉だから真実なのかどうかわからないんだ………)


「アールの規則は、言葉を実現する錬成。対価として与えられるものであれば、あなたの意志すら反映されているかどうか怪しいですね」

「……ヴェインみたいに考えられたら、もっと理解出来た情報があったかも知れないね」

「俺みたいに…………ですか?」

「私が、世界間の乗り換えの来訪者だと知っても、あまり驚かなかったでしょう?情報をきちんと呑み込んで冷静に処理しているみたいで、羨ましいなって」


そう言うと少しおかしそうにスヴェインは笑う。


「俺は作家ではありませんし、必死に聞き耳を立てるしかないですからね」


(…………あれ?)


ふと会話の違和感に目を瞠ったが、その糸口はすぐに指先をすり抜けてしまう。


(何だろう。何かに気付きかけた気がしたのに)


「…………そう言えば、どうして座らないの?」


そこでようやく、戻った彼を立たせたままにしていることに気付き椅子を勧めたが、なぜか想定とは違う位置につかれてしまう。


(あれ、おかしい。いつの間に紅茶をサーブされている構図に?)


傅かれているのだけど、するりと心を操るように支配されて動かされる。

アレックスの石炭だった時よりも遥かに、思い通りに動かされている気がする。


「ヴェインも、座って?」

「もう少しこちら側で。見ることに満足したら座ります」

「……………ミルコトニ満足したら?」

「これからは、俺の手を経由したもので構わないので、きちんと食事も摂って下さいね」

「う、うん。今まで手を煩わせてごめんなさい。きちんと、食事もするようにするね」


(俺の手を経由して?)


それは今後も彼の給仕が必須ということなのか、一柱の王であるという人間には理解しきれない高慢さの現れた表現なだけなのか、ユジィの拙い分析能力では判別しきれない。


(でも、なぜだろう。ヴェインの過保護さを全て受け入れてはいけない気がする)


妙に本能的な危機感が鳴動するのは、人間が本能的に恐れる生き物だからだろうか?


僅かな躊躇いが伝わったのか、スヴェインが淡く寂しげな眼差しになる。


(………あっ、どうしよう?!可哀想な感じになった!)


途端に項垂れた狼の映像が浮かんで、青くなる。


(これ、見た目が狼だけど、放っておくと、いじましく隅っこに丸まったまま、自己主張しないで寂しくて死んじゃうタイプの犬種だ!)


「あ、あのっ、私はあまりアールの叡智には明るくなくて!」


どうやら頼ると嬉しそうなので、不器用ながらに彼の意見を頼ってみる。

ふと、この広い部屋の悠々と転がれそうな長椅子で、どうしていつの間にか隣に座ったスヴェインに寄りかからされているのだろうと疑問を覚えたが、恐らく深く考えてはいけない。


「人間にとってのアールは、無慈悲で冷淡なものだと聞いています」

「人外者のアールは、持てるものを使うだけだけど、人間は錬成をすることで体力や命数を奪われる……って習ったの。そういうこと?」

「錬成の資質によって、奪われるものは変わります。あなたの力は…………そうですね、俺や王に近い。負荷が大きいように思えるんです」

「ヴェインや、…………アレックスに近いの?」


途中で口に何かを押し込まれたが、干し葡萄のクッキーのようだ。

反射的に普通に食べてしまってから、次を手に持っているスヴェインに青ざめた。


(………どういうこと?最早、歳の差があり過ぎて子育て感覚なんですか?!)


違う意味で震えているユジィに、美味しかったのだろうと判断したらしいスヴェインは、嬉しそうに微笑む。

二枚目は心の整理がつくまでどうか待って欲しい。




「俺と王の力は、無より作り上げたり、生み出したりするものです。あなたが錬成した盾もそう。よく似た取り寄せや造形、既存からの生成のアールより遥かにアールを喰う。人外者でも稀なるものですよ」

「みんなが同じようなものを持っているわけではないのね?」

「代行者ですからね。欲望を代行とする俺と違い、侵食を代行するラスティアは毒や疫病の生成、一見の無から有を生み出すものでもまた、気質が変わってくる」

「…………!」


さらりと高位の人外者の最大の禁非、代行物を明かされて凍りつく。


(いや、自分は兎も角、ラスティアまで犠牲にした!)


大前提として彼等に拮抗するアールの備蓄が必要になるが、相手が資質とするものがわかれば対抗策は立てやすくなる。

また、それだけではなく、代行物は剥き出しの本質そのもので、矜持の高い高位の人外者は、人間に知られるのを屈辱とする者も多い。


(しかも欲望って、誰よりも欲望に無頓着そうなスヴェインが?!)


「王が代行するのが何なのかを知る者は少ないですが、俺よりも王に近しいでしょうか」

「………そうなんだ」


相談するわけにもいかない相手に、ユジィは小さな溜め息を吐く。


「ともあれ、あなたは戦線に出ずにいて下さい。エレノアの守護はシュタイルがいれば充分です。彼は、信仰を司る者。力を主とはしませんが、それ故に見慣れぬアールへの対応力は高い」

「でも、ええと………ラエドの武器は遠距離のもの。それに彼は武器だから心を持たない。相性が悪くはないの?」

「ご安心を。シュタイルが跪かせるのは、心だけではありません」

「そう、なんだね。………あとね、気になったのだけど、そんな風に代行物を明かしてしまっていいものなの?」



さすがにいたたまれなくなってたユジィに、スヴェインはにっこりと微笑んだ。


「ああ、わざとですよ。あなたの身は俺が守りますが、ついでに彼等の秘密を握っておけば気分もいいでしょう?何しろ、人外者は己の資質を人間に曝け出すのを嫌がりますから」


(対同僚用の嫌がらせだった!)



過保護にも程がある戦略に、味方ながらに戦慄した。


(あ、何だかラスティアの言っていた意味がわかってきたような……)


城での役割は、スヴェインが軍師で将軍なのだと言っていた意味がわかってきた。

先程の暴露で、ラスティアの役割が医師、シュタイルが神官であることも頷ける。


「ちなみに、ロードは氷の代行者で、フリードリヒは誘導を司る。特にフリードリヒの場合は、彼が並べた言葉のレールに乗らないことです。無視と否定が一番の対処法ですね」


アールとしての耐性も入り用ですが、意外に単純に無効化出来ますよと笑顔で教えられ、ユジィはその時ばかりは心のメモに勤勉に書き込んだ。




「ところで、ユージィニア。あなたは今日、俺の名前を呼びましたね?」




はっとして顔を向ければ、美貌の夜の色彩がこちらを見ていた。

アレックスが芳醇な夜ならば、彼は静かな夜の色。


(そっか、だから儚いようにも感じるんだわ)


「俺は、名前を受け取ることと引き換えにと昨晩言いました」


自分の真名を与えることと引き換えに、ユジィが彼の守護を受け取ることが、昨晩彼の提案した条件だった。


「……………うん、」


薄く微笑む目の色にまた、胸の奥がおかしな音を立てる。

この場面でこんな風に優しく微笑むのは反則だ。


「けれども今回は、状況が状況ですからね、強要はしません。あなたの心が選ぶときを待ちましょう」

「無利息で借金の返済を待つようなものでしょう?」

「おや、俺の提案はそんな厄介なものですか?」

「ううん。でも、あなたにとっては、自分の財産を奪われるようなものだと思ったから」

「嬉しかったですよ。あなたがこの名前を呼んでくれて」


(彼の提案は滅茶苦茶だけれど、でも、信頼を差し出せということなのだと思う)


差し出されるものは無償でも、それを受け取れば繋がりはより深くなる。

その名前を受け取って庇護を望むことは、単純な恩寵よりも遥かに難しい。


(………もっと知識が潤沢で、冷静な人なら躊躇うのかな?)


選んだ今でも、少しはそう迷う。


(でも、綺麗だ。とても)


そう言えば元々の自分の性格は、かなり単純だった。悲嘆に暮れるような場面が多過ぎてその出番もなかったけれど、大枠で大雑把なのだ。


「これからも呼んで………いい?」


スヴェインの表情を揺らしたのは、歓喜だろうか、獲物を捕らえた獣の笑みだろうか。

でもそれは一瞬のことで、彼はただ優しく笑う。




(それが、私に一番有効なものだから)




「ええ。これからは、ずっと俺が傍にいます。だからもう、安心していいですよ」


声が出なかったので頷くと、せり上がってきた涙を強引に飲み込んだ。

そこでふと、異変に気付く。


「………わたし、いつからヴェインの膝の上に座ってるの?」

「さぁ?」


そう鉄壁の微笑みを浮かべたスヴェインを見たとき、ユジィは早くも最初の後悔に苛まれることになった。


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