討伐に出発
若干の、ほんとに若干の残酷描写があります。
何だかんだで準備が整って出発できるようになったのは、お昼を過ぎた頃だった。
腹を満たして、さあ出発、と言えどもこれから出発すれば日が暮れることはわかっていた。
しかし、まあ今日も野宿になるかもしれなかったんだし、と気楽に考えて。
私たちは街を出発してしまった。
それが間違った選択だったと、気付かずに。
アニーヴァルから北に位置する所にあるその森は、街の近くの昨晩野宿をした森よりも、何処か暗い空気を匂わせていて。
入るときにゴクリと唾を飲み込むほどには勇気を必要とした。
まだ日が暮れてはいないのに暗く映るその森の光景に、足がすくみそうになるのを必死で堪えて、よし、と足を踏み出した。
「──く、くらい…」
びくびくと歩く私の、なんとヘタレなことか。
シロガネの背に触れながら、堂々としたシロガネに身を寄せるようにして歩く。
情報では、森の中枢に獲物はいるらしい。
群れて行動するわけではないが、一体見つかればあと二、三体はいるだろうとのこと。
他にも請けている冒険者がいるだろうから、全部仕留めろとは言わないが、できれば一気に済ませてほしいというのがギルドの本音。
こういった魔物の類いは討伐してもすぐに何処からか沸いてくるそうなので、一回に多くを仕留めてほしいのは必然のこと。
ほっておいたら増えるだけだもんね。
見る限り、他の冒険者はいないけれど。
奥にいけばいたりするのかな、と楽観的に考えていた。
「ーーーーーッ!!ーーーてーれぇ!」
「!!?」
何処かで、何かの吠えるような声と、悲鳴。
誰かの、悲鳴。
「いまの、」
奥からだと気付いた時には駆け出していた。
響くように鳴る心臓と、緊張に縺れる足を叱咤しつつ、できるだけ急いで駆けた。
「!」
ざ、と少しだけ拓けた場所に出た私の目に映ったのは、あか。
「っう、」
そして、くろ。
「グォア…」
熊よりもずっとでかい何かが、人であったはずのものを、踏み潰している。
「うぇ、…っ」
ふみつぶして、
なにを、
ひとを?
あれが、
あのあかいのが、ひと?
わたしも、あんなふうに、
「ひッ!」
口を押さえて、逆流してきそうなものを抑え込む。
目を逸らせないその惨劇に、目から恐怖故かわからない涙が溢れる。
身体は震えて動けない。
悲鳴は、あの人だったのだろうか。
茫然とそう思った。
死に際に、冷静になったのか麻痺したのか、私は今の自分の状況がわからない。
しかし、視線は逸らせないまま。
「グァルルル…!」
「主さま!にげて…!」
ふ、と視界から黒い影が無くなったと思ったら、体が浮く感覚。
私がいた所の少しずれた場所に、ずん、と立ったそれと、それを狙った稲妻。
漸く、ベネデッタが私を助けようとしてくれたこと、そして、私をくわえて跳んだ存在にも意識が向いた。
「シロガネ…?」
「…」
とん、と軽く離れた所に降ろしてくれたシロガネを見上げる。
その目は、真っ直ぐに私を見ていた。
その目を見たら、何故か色々な感情が溢れ出すように、泣きそうになった。
「っあ、わたし…」
でも、それを許さなかった。
この場では、泣く隙すらないのだと、シロガネはわかっていた。
べろり、と目元を舐められて。
緩んだ涙腺をまた閉じられた気分だった。
シロガネの視線は、つい、と私の後ろに向けられた。
そこに何がいるのか、私も漸く回復した思考回路で察した。
ガキベアル。
討伐対象。
でも、なんで。あんなにでかいはず、ないのに。
それに、何かが、ちがう。
「シロガネ…!?」
だん、と跳躍したシロガネは、私を跨いでそいつに向かう。
私は、まだ動けないまま。
このままじゃ、二人を危険にさらしてしまう。
そんなの、だめなのに。
体が、言うことを聞かない。
先程の光景が、脳裏に焼き付いて。
歯がカタカタとなりそうだ。
「──い、おい!」
「っ!」
恐怖に支配されそうな私に、不意に声がかかった。
ベネデッタとは違う。
ばっ、と振り向けば、そこには木に隠れた一人の男。
「だれ?」
「俺は、冒険者だ」
「冒険者…?…あ、さっきの、こえ?」
「ああ、聞こえて来てくれたんだな。──悪かった」
満身創痍の身体に、悲壮感が浮かぶ表情の男。
「なにが?」
「おれが、助けなんて呼んだから…っ、あんたも、ここで、死ぬ」
見れば、その身体は傷だらけ。
そして、隠せない震え。
「あの人、仲間?」
「…いや、同じ依頼を請けた別の冒険者だが…顔見知りだった」
辛そうに伏せた目。
庇っている腕は、夥しい量の出血が窺えて。
顔見知りでも、知り合いが、目の前で。あんな。
ぞくり、死の予感に震えが走る。
と、バキィ、と木がなぎ倒される音。
「シロガネ!!」
飛んできたのは、白銀の肢体。
ああ、彼らは、私の代わりに戦っている。
震える身体を叱咤して、立ち上がる。
その腕を、掴み止められた。
「おい、やめとけ!」
「はなし」
「あれは変異種だ!殺されるぞ!!」
「変?」
「普通のガキベアルとは規格外にでかいだろ!それに、あの額の石を見ろ!」
目を凝らせば、ガキベアルの額には紅く光る小さな石が埋め込まれていた。
「なに、あれ」
「あれは変異種の印だ。手に終えねぇよ。逃げるんだ」
にげる?
シロガネを置いて。
そんなこと、
「できるわけない」
掴まれた腕を外し、変異種らしいガキベアルを見据える。
私に気付いたガキベアルが、足をこちらに向けた。
それに気付いたシロガネが、吼える。
にげろと、言うかのように。
「シロガネを、ベネディを、置いていったりしない」
「主さま、」
「恐くても、勝ち目がなくても。逃げるなら、みんなで逃げる」
キッ、とガキベアルを見やる。
眼鏡を外し、全身を監視した。
変異種でも、ガキベアルなら、弱点がある。
固い身体のどこか、一点。
額の石も怪しいけど、それを狙っても何もならなきゃ意味がない。
もうひとつの弱点も見つけないと。
大丈夫。
私なら、この“ちから”なら、見つけられる。
キィン、と集中力が増した。
音がなく、全てがスローモーションで。
ガキベアルの身体すら透かすような気すらした。
「!」
見つけた。
胸部の真ん中。一ヶ所だけ、硬化していない、弱点。
「でも、どうすれば、」
見つけても、鋭い武器なんてないし。
一撃に賭けなくちゃ殺される。
やっぱり鞭なんて、使えないじゃないか。
歯噛みする。
そこに、ベネデッタの声が響く。
「主さま!シロガネがまかせろと!」
「え?」
「ベネデッタが電撃でうごきをとめます!」
「ま、」
「いきます!」
バリバリ、と最大級の雷が放たれる。
茫然としてる間に、視界に何かが──誰かが、映る。
「え──」
ガキベアルの胸、弱点に刺さる腕。
その腕の主は、白銀の髪を揺らして、そこに立っていた。
「しろ、がね…?」
そう、立っていた。
まるで、人間のように。
「グルォオオオオ…!」
断末魔のような叫び。
しかし、ガキベアルはまだ倒れなくて。
「なっ、弱点のはずなのにッ」
焦る私に、背後から声。
「石だ!石を壊せ!」
「石!?」
額の石を見た。
紅い光はもう消えそうで。
今、それを壊せるとしたら、私しか、いなくて。
当たるのか、鞭なんて使いなれないわたしに?
「ちがう、」
当たるのか、じゃない。
ぎゅ、と握りしめ、狙いを定める。
「当てる!あたれぇぇえ!」
ビシィっ、と乾いたような固い音を響かせて。
鞭を受け止めた石は、砕け散った。
そして、倒れたガキベアルの血で腕を真っ赤に染めたひと。
「シロガネ、なの」
呼んだ名前に、びくりと震えた存在に、何故だか胸が切なくなった。
アニーヴァルの街
紹介が遅れました。
アニーヴァルの街は、ポルケインよりも大きく盛んな街なので、町ではなく街、と称しております。
武器、防具、等々の店が多くあり、冒険者にはいい街ですね。
王都にも近くなってきましたので、物も人も溢れています。
ギルドには仕事もかなりありますし、長く滞在するにはいい街と言えるでしょう。