何事も準備が大切
食堂で腹ごしらえをしたあとは、道具屋に行って傷薬やらアイテム系を買い揃えた。
ファンタジーらしく武器に特性を与えるものや、毒消しなんてものもあって、毒にはあたりたくないが一応一式買っておくことにした。
前の町での最後の仕事で手にしたお金は着々と減っていき、武器はそれなりのものしか買えなさそうだと嘆息した。
道具を揃えた後は、やはりと言うかなんと言うか…武器と防具、どちらを優先するかで悩んでしまった。
やはり戦えなければと武器屋に進もうとした私を、見えないベネデッタが背中を、腰の辺りをシロガネが押す。
え、と驚く間に私の足は防具屋の戸を潜っていた。
いらっしゃい、と小気味いい声に漸く我に返る。
シロガネを見るが、知らんぷりを決め込んでいた。
二人の言いたいことは何となくわかるが、やけに過保護な気がした。
曰く、身を守れ、と言うことなのだろう。
だが、守りに徹するだけじゃ討伐にはならないぞ。と内心反抗。
しかし、入ってしまった手前、何も買わずに出ていけない小心者な私は、甘えて防具を見定めることにした。
この隙だらけの身体を守るためとはいえ、動きを制限されるのは避けたい。
いざとなったら逃げの一手だって必要だろうし、攻撃を避けることができれば傷も少ない。
軽量重視に選んでいると、見かねてかおじさんが近づいてきた。
店の人らしい。
恰幅の良さそうなおじさんは、笑顔で近づいて私の身体を一見し。
若干の残念そうな視線があった気がしたが、それをすぐに取り払って一つの防具を示す。
おじさんが差し出してきたのは、所謂胸当てというやつ。
胸の部分─この場合は心臓だろう─を守ることを目的とした胸部防具。
そりゃベスト型のブレストプレートよりお腹が楽だけど。
でもベスト型だって脇下でサイズ調節が可能だから別に着れると思うし腹部だって守れると思うんだけど。
むぅ、と何か言いたげに胸当てを睨む私に、おじさんは真剣な顔で説明を足した。
曰く、腹部を守れる胴衣は確かに安心だが、如何せん戦闘向きには見えない私に、軽量化されてきているとは言え、あの手の防具は重すぎる、とのこと。
なんだ、サイズを心配したわけじゃなかったのか、と溜飲をさげた。
確かに、確認のため、と言われて背負わされたブレストプレートは、とてもじゃないが重かった。
肩凝りが悪化する。
これでは長旅になった時、耐えられない。
やはり防御率よりも回避率を優先したい。
そこまで俊敏なわけでもないけれど。
そう考えた私は、結局おじさんの助言に従って胸当てを購入。
付け方も教えてもらい、若干試着した際に胸が押し潰されて苦しいと思いはしたが、この程度なら許容範囲。
おじさんにお礼を行って、防具屋を後にした。
防具屋を出たところで、シロガネを見下ろす。
店で、シロガネに合う防具はないかと思ったのだが、笑い飛ばされてしまった。
おじさんの店には色々な種族向けの防具があるが、シロガネのようにスピードを重視するタイプには必要なかろうと。しかも、この世界の獣族は大抵丈夫だから、とも。
シロガネを見やると、本人も防具に興味はないらしく、ふん、と鼻息で同意したようだった。
ならば、と。
せめて何かしら強化するアクセサリーはないかと、見渡した私に、きらりと光る耳飾り。
綺麗な三連の金細工。
きっとシロガネに似合うだろう。
だけど、ただそれだけで、彼に耳につけてくれなんて言えようはずもなく。
私は、ピアスをしているから耳に穴くらい空いてるけれど。
却下だな、と嘆息しながら目を逸らした私の視線の先を、じっと見ていた黄金色の瞳に気づき、何でもないよと言う前に。
ヴォフ、と一哭きしたシロガネが、展示してあった耳飾りをくわえてしまった。
あ、と思う暇もなく。
冷や汗だらだらな私に、にこやかなおじさん。
買い取ります、と脱力した私は、おじさんに着けろと詰め寄るシロガネに反応が遅れて。
気づいた時にはシロガネの綺麗な耳に、似合いすぎる耳飾りが装着されていて。
声にならない叫びをあげた。
おじさんが言うには、獣族がこうしてアクセサリーを着けることは珍しくはないからと、フォローみたいなことを言われたけれど。
耳に穴が自然と空くかのようにすっと通る作り(どんな作りだ。魔法か。)らしく、痛みもないからと。
(でも、それでも、)
何だか、腑に落ちない。
むう、と見下ろす私の視線に、シロガネが視線を返す。
その耳に、しゃら、と揺れる金細工。
似合ってる。
似合ってるけど。
はあ、と溜め息をついて、もう考えるのをやめた。
悪いものじゃない。
むしろ、特性を与えるタイプで、身体強化する術がかかっている。
シロガネが納得しているなら、と強引に思い込むことにした。
が。
「──ずるいです…!シロガネばっかり!ベネデッタも主さまからプレゼントされたいです!」
耳元でギャン泣きしている妖精がいる。
姿は見えないが、大音量で責められている。
げんなり、としながらわかった、また今度ね。と告げる。
だが、普通に人には見えない彼女に、一体何を買ってあげればいいのか。また悩みが増えたなと嘆息した。
そうして、ベネデッタを宥めつつ向かったのは、武器屋。
防具屋で使った金を頭に、持金を計算する。
と、あまり高価な武器は買えないと肩を落とす。
安価すぎても品質を疑うが、できるだけ自分に合って、手頃なものを探そうと、武器屋はランクを下げて、初心者冒険者御用達、と銘打った武器屋に狙いを定めて足を向けた。
きぃ、と扉を開くと、見える武器は木や鉄、布等の安価で手に入る材料を使ったものが多く、なるほど初心者向けかもしれない、と思った。
中に入り込んだ私に、奥から中老を少し過ぎたくらいだろうか、店主らしき男が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ」
おお、声が渋い。
それが第一印象。
そして、顔は、きっと数年前ならナイスミドル、二十年前なら美青年、といった印象を受ける、要するにいい感じに年を取った見目麗しいおじいさん、にはまだ早いかな、という男性だった。
皺のできる笑みが、何だか安心するような、心ときめくような。
ええ、おじさまフェチですが、何か。
内心開き直りつつ、ぼけっと見つめる私に、不機嫌そうな一吠えが響き、はっと我に返る。
「あ、あの、」
「初めての武器探し、ですかな」
「は、はい!何がいいのか、わからなくて…」
しゅん、と声を落としながら告げれば、人好きのする笑みで、返してくれる。
またぽぉっとなる。
それにまた吠えられた。
なぜだ。
「お嬢さん、できれば手を見せてくださるかな」
「へっ?」
急な申し出に、否やと言う気はない。
そっと両手を差し出せば、笑みを一層深めて、これまたそっと手を取られた。
ドキバクである。
「…ふむ。お嬢さんの手は、傷付けることには向いていないようだ」
「え?」
「暖かく、優しい、柔らかな手をしている」
「!」
ぼふ、と顔が赤くなるのがわかった。
手に汗もかいてきた。
恥ずかしい。何だか、すごく恥ずかしい。
「この手が、剣やナイフを持って傷や豆を作るのは見たくないですな」
「…でも、武器が必要、なんです」
「そうですか。……でしたら、こちらはいかがですかな」
「……………え」
「こちらなら、グローブもお付けしますよ。それなら手にあまり負担もない。まあ、多少はまめになってしまったりはあるでしょうが」
「え、いや、え?待って待って待って」
「いかがですかな?」
「いや、いかがって…いうか、それ…鞭ですよね」
店主らしき男が目の前に差し出したのは、どこからどう見ても、ウィップ─鞭─だった。
一緒に黒くて、小さな刺繍の入った皮手袋を見せられて。
一瞬固まる。
いや、そりゃあ刃物使うよりかはいいかもだけど。
なんで鞭。
「私、鞭なんて使ったことないですし」
「少し練習すれば、何とかなりますよ」
「練習?なにで?どうやって?」
聞きたくないが、つい聞いてしまった。
聞かなきゃよかった。
「まずは動かないものがいいでしょう。それに慣れたら対人とか、動くもので…私で良ければ、付き合いますが」
「…………ん?」
きゅ、と握られた手が、何だか、やばい。
「これで、打ってくださって、構いません」
いや、私が構うから。
フリーズしつつ、そんなことを突っ込む。
何だろう、目の前の魅力的な老紳士がただの変態に見えてきたぞ。
「あ、あの…」
「この手で、さあ」
いや、さあ、じゃないから。
無理矢理握らされた鞭が、何故だかしっくりくる。
「お似合いです!さあ、試しに一振り!」
「いや、だから」
「このわたくしめをびしばしと!」
もう完全に目がいっちゃってる残念な相手に、私は意識が遠退きそうです。
頬を赤らめた美老紳士の何と気持ちの悪い…もとい、残念なことか。
詰め寄る相手にひきつった顔で後ずさる私の前で、
「グルル…グァウ!」
と、噛みつく勢いでシロガネが飛びかかる。
咄嗟に制止をかけた私に、シロガネはそのままの体勢で耐えた。
ほ、と息を吐く。
しかし、シロガネの下にいる老紳士…もとい変態は、息を荒くし、シロガネに手を伸ばした。
「も、もっと…」
ぷち、となにかがキレる音。
「やめんか変態ぃぃぃい!」
びしィ!
いい音が鳴って、結局変態の望みを叶えた上、何故か結局この鞭を購入する羽目になった。
店を出た時には満身創痍。主に心が。
そんな私は、もう二度とこの店には近づくまいと思った。
が、何故だか気に入られてしまった故に、この街での友人第一号になってしまうなんて、この時は考えたくもなかった。
武器屋・ランキッド
アニーヴァルの街の数ある武器屋から、当店を選んでいただき、ありがとうございます。
当店は武器に慣れていない、若しくは初めて武器を持つ方を主な客層とし、初めての方でもわかりやすく、そして自分に合った武器を選んでいただけるようなお手伝いができればと思っております。
わたくしは、昔は冒険者の端くれでしたが、今では武器屋一筋に皆様のお手伝いをさせていただいております。
たまに、その武器の性能を試してみたくなる(自分の体で。死なない程度に)といった困った癖がありますが、どうぞ、武器屋ランキッドをご贔屓に。よろしくお願いいたします。