実はとても綺麗な毛並み
次の町、アニーヴァルに着く頃には、日も傾いて。
ポルケインを出てから馬車を乗って2日と半日の距離。
着いた町は、ポルケインよりも活気溢れる街だった。
製造業が盛んだと言う街には、旅人や冒険者で溢れていて、街の至るところに武器屋や防具屋が溢れていた。
既に数日の馬車の旅で疲れていた私は、ギルドやら観光やらは後日に回そうと、宿を探すことにした。
街の入口から少し歩いたところに宿屋らしき建物を見つけ、早速足を踏み入れた。
「──え、だめ?」
「すまないけど、うちはもういっぱいでね。ほかを当たってくれるかい」
入ったときはいっぱいに見えなかったのに、カウンターで言われた台詞に唖然。
疲れた体は、一刻も早く休息を求めているというのに。
がっかりしている私に、カウンターの男は、ちらりと私と横に並ぶ狼を見て。
「それに、そのナリじゃね…第一、そんなの一緒に泊まらすとこはないだろう。街の外の森にでもつないどきなよ」
「な、」
随分な言い草に腹が立つ。
ぷつん、と何かが切れる音を聞いた。
「もう結構。身なりを整えたところで、こんなとこに泊まる気はありません。みんな一緒じゃないといみないんで」
見えないだろうベネデッタと、この子と、私。
皆で居られなければ意味はない。
ばん、とやや乱暴に扉を開き、宿屋をあとにする。
気遣わしげな視線が腰元からしたが、怒った私は、それにも構えず。
ほかの宿を探すことにした。
「──もう!」
始めのを合わせれば三軒ほど回ったが、全滅。
嫌味な宿屋もあれば、本当にいっぱいで申し訳なさそうな宿屋もあった。
それでも、どこも難色を示すのは、やはり身なりの小汚さ。
仕方ないじゃないか。
ポルケインを出てから、服を変えることは馬車を乗り換えた一回だけ。
私だって着替えたい。お風呂に入りたい。
でも、そんなことすら自由にならない。
こんなときは、ひたすらに日本が恋しくなる。
日常が、どれだけ恵まれていたかが、わかる。
はあ、と溜め息をついた私の、服を引っ張られ、意識を向けさせられる。
「どしたの」
腰元の存在に意識を向け、安心させるように笑うが、ぐいぐいと引っ張られる裾。
引かれるままに辿り着いたのは、街の入口。
「?」
首を傾げる私に、耳元で妖精が囁く。
「自分を森においてけっていってます」
「は?」
「ぐるる…」
じっと見上げる視線に、見つめかえす。
そして。
「ばっかだねー。それじゃ意味ないって言ったでしょ。…私が、いやなの。一緒じゃないと」
だから、気にしないの。
と頭をぐりぐり撫でる。
そして、ふっ、と笑って顔を上げた先。
確かに見える森に、うん、と一つ頷いて。
「野宿、しますかね」
行くよ、と森に入っていく私に、困惑げな声が響いた。
「…ベネディ、安全そうなとこ、ある?」
「そうですね…なかまたちにきいたら、この先にみずうみがあって、そこならマナにみちていてだいじょうぶそうです!」
「お、湖!じゃあ水浴び、できる?」
「だいじょうぶそうですよ!飲んだりしないので、マナにみちてるから動物たちもゆるしてくれます」
「やった!」
「でも、つめたいですよ」
「大丈夫大丈夫」
ベネデッタの心配よりも、この汚れを落とせる喜びの方が大きくて。
ベネデッタの案内で、森の中、比較的安全な湖のある場所までやってきて、そこにある光景に、ほう、と息を吐いた。
「きれい…」
「つきの光があたって、湖面がひかってますね」
「すごいね」
「つきの光はマナをふくみますから、このみずうみにつかれば、疲れやきずもへるとおもいますよ!」
「よし、じゃあ早速…」
一応、誰も居ないのを確認し、遠くにいてもわかるよう、眼鏡を外す。
服を脱ぎ始めた私に、ベネデッタが何故か狼の目を塞いでいる。
ちゃぷ、足を浸ければ、確かに冷たい。が、耐えられないほどではない。
念のため出来るだけ汚れを落とし、肩まで浸かれば、どこかベネデッタの言ったとおりに疲れが落ちていく気がした。
ふう、と息を吐いて、月を見上げる。
こんな風に、誰に見れるともしれない外の湖で、裸になるなんて。
日本にいればできなかったな。と思う。
随分とこの世界に感化されてしまったのか、羞恥心やら何やらが麻痺してきたような気がして、若干の危機感を覚える。
「あ、お前もはいっといで」
「え!?」
「ぐるる」
視界に入った狼を呼ぶ。
その毛並みは、砂やら汚れやらで確かに見過ごせない。
「ぬ、主さま!?」
「私は実際に見てないけど、白狼族って白いんでしょ?見るからに汚れてるじゃない」
出会った時から汚れやら血やらで白くは到底見えない狼に、逃げ腰なその身体を、容赦なく捕まえて。
「ほら、にげない」
ぱしゃ、と少しずつ水をかける。
見えてくる毛並みは、しかし。
「ん?…しろ、ていうか…」
「グァルル…」
びく、と私の言葉に反応したのか、身体を離そうとするのを逃がさないように引けば、勢い余って湖に引きずり込んでしまった。
ばしゃん、
大きな水飛沫を立てたことに驚きつつ、慌てて狼を溺れないように掴む。
「大丈夫!?」
「グゥ…」
恨めしげな目で一瞥し、湖から上がったその姿に、私は見惚れていた。
「わ…すごい…」
月明かりに照らされて、輝くその毛並みは、綺麗な白銀で。
汚れて灰色がかっていると思っていたものが、汚れだけではなかったと知り、目を奪われながらも、ああ、と納得した。
(なんで、名前をつけようとしなかったのか、わかった気がする)
今、漠然と頭に浮かぶ、その名前。
一緒に来ると言った日に、ベネデッタから名前はないと伝え聞いたのに、つけられなかった名前。
この瞬間のためだったのか。
「…しろがね、」
「ガゥ?」
「シロガネって、呼んでも…いい?」
呟くようなそれに、きらりと光った黄金色の瞳。
吸い込まれそうなその瞳が近付いてくるのに、私は動けず。
ぺろり、
唇のすぐ横を舐められる感触に目を見開いて。
「ああぁあぁ!!」
叫ぶベネデッタを鬱陶しそうに尾で払いながら、こちらを見て目を細めたことで了承してくれた狼──シロガネに、嬉しくて笑った。
銀。白銀。シロガネ。
この名を君にあげるために、この日があったんだね。
漸く名前を呼べると、嬉しくて、その美しい毛並みに触れた。
その毛色の意味することと、白狼族は実際に白い狼だと知るのは、もう少しだけ、あとのこと。
白狼族
その名のとおり、しろい狼の一族です。ふつうの狼よりもおおきく、たてばニンゲンと同じくらいかそれ以上になります。
俊敏で、とてもかしこく、そして狩られることがおおい種族です。
シロガネは白狼族らしいですが、しろくはないです!
それに、それに…あのけだものは…!
主さまがあぶないです!ベネデッタがおまもりするのです!