吐露したおもい
男は、セラーズィトと名乗った。
後ろにいるのは凄腕のボディーガードで奴隷で、名前は特にないという。
奴隷に名などいらんでしょう、と嘲笑する男に、好感度はもはやマイナスをいきすぎて、何も感じなくなりそうだ。
「魔獣…?」
「ええ。人に害をなす化け物ですよ」
化け物、醜い笑みを浮かべて告げられたそれに、気分が悪くなる。
「…それで、見つけてどうするんですか、その魔獣を」
「勿論、退治するのです。世のため人のために」
「……」
嘘臭い。
退治が目的なのか、疑わしいものだ。
胡乱気な私の視線など構わずに、男は続けた。
「粗方の目星はついていますが、細かい数や場所を知っていなければ、安易に討伐隊を向けられませんからな」
そこで、あなたの出番です。
とぎらぎらとした目を向けられ、不快感が増した。
要するに、魔獣を狩るためのフォロー役。
しかも、現地に赴いて、の危険な香りのする依頼。
正直、やりたくない。
自分の命が危ない気がする。
しかし、既に退路は断たれていた。
「報酬は、あなたの言い値でいいですよ。しかし、成功報酬です」
暗に、死んでしまえば知らないと。
守ることはしないのだろうなと、嘆息した。
成功した暁にはと、法外な値を提示してやった。
と言っても、日々の買い物やらからの感覚から計算した家でも買えそうな値段だが。自分の命をかけるのだから、安いもんだろと納得させて。
頷く男が出発の日時を告げる。
迎えに行くと言われ、逃がさないようにだろ、と内心で毒づいた。
交渉成立と、部屋を出た私に向けられる、ジェンマの気遣わしげな視線。
それに苦笑して。
大丈夫、と口の動きだけで伝え、今日は帰るね、とギルドをあとにした。
宿屋に帰る間、何だかお腹も空かずに真っ直ぐの帰路。
ずっとつけられているのはわかっていた。
ギルドを出てすぐに、分かりやすい尾行がついた。
素人の私でもわかる尾行に、隠す気などないのだと知った。
暗に、逃げられないぞと言われた気がした。
「あら、早かったですね?ごはん、食べます?」
「アマリアさん。いえ、大丈夫です。もう休みます。すみません」
出迎えてくれたアマリアに、軽い返事しかできず、部屋に籠る。
ベネディ、と小さく囁いて、眼鏡を外した。
「主さま、」
様子のおかしい私に気付いてくれたのか、憤然と声を上げようとしたであろうベネデッタは、声を潜め、私の頬にその小さなでも優しく暖かい手を伸ばしてきた。
「主さま、なかないで」
「私、ないてる?」
「なかないで、ベネデッタがいますから。あなたはひとりではないのです」
「ベネディ…私、こわいよ」
「主さま、」
「こわいんだ。なんでここにいるのかも、こんな“ちから”があるのかもわからないし、あんな嫌な奴等にほんとは関わりたくないし」
しゃがみこんで吐露したのは本心。
この世界で、もうこの小さい存在にしか言えなくなったわたしのこころ。
「逃げたいよ。かえりたいよ。もう、やだ」
普通にしているつもりでも、こうして一度吐き出せば逃げ出したい気持ちが勝って。
それでも、できるなら死にたくない。
まだ、やりたいことだってある。
この世界に来て、なにをすればいいのかわからなくても。
還りたい心と試したい心がある。
恐怖に還りたいと思っても、この会ったばかりの小さい相棒と、まだ一緒にいたいとも思えて。
反対の心が私を更に混乱させる。
「…主さま、──ヒカリさま」
「!」
「わたしがあなたをまもります」
何があっても、絶対に。
「だから、前をみてください。その目で、世界をみてください」
「ベネディ」
「あなたの瞳は、とても澄んでうつくしい。きっと、うつる景色も。わたしは、その景色をあなたとみたいのです」
「……」
「かえれます。あなたがのぞむなら、きっと。でも、その日がくるまでは、ベネデッタと一緒に、いきてください」
顔を上げれば、キラキラと、絶対に私よりも美しい瞳を向けてくれる。
こんなに小さいのに。
それでも、私を、支えてくれようとしている。
「…そう、だね」
「主さま、」
「まだ、この世界を全然知らないし、この“ちから”を本当に使いこなしてもない。それに…ベネディが大妖精になるのも見てないもんね」
「主さま!そうですよ!あんなニンゲンたち、ベネディが黒こげにしてやります!」
「はは、頼もしい」
「主さまをなかせるやつは、ゆるさないです!」
「ベネディ、もう名前で呼ばないの?」
「あ、あれは、その…」
もじもじしだす妖精が可愛らしくて。
ふっと笑って、ふといい考えが思い付く。
「じゃあ、大妖精になったら、呼んでよ。それまで、お預けだね」
「えっ、えっ、」
「はやく、大きくなってよ?」
「えーー!主さま!?」
叫ぶベネデッタに笑って返す。
この小さな存在が、私をまもるというのなら、私がこの子を守ろう。
だから、まだしばらくは、この世界に目を向けようと思う。
(というわけで、)
「そう簡単に利用されてたまるもんですかっての」
「その意気です、主さま!」
「そのためにも、魔獣ってのについて、教えてよベネディ」
「はい!魔獣は、動物たちよりも凶暴でニンゲンや動物、妖精をおそうことがあるケモノです」
「妖精も?見えるの?」
「はい。というか、妖精が見えないのはニンゲンくらいです」
「え、そうなの?」
「さっきのギルドにいたドワーフの血がまざったオンナにもみえてるとおもいますよ」
「あ、ジェンマ?え、マジで」
「みえるのがあたりまえになってると、気にしないものです。だからあえて言わないんじゃないですか?」
「あー、なるほど」
「魔獣は、動物やニンゲンは腹をみたす食糧に、妖精はちしきをえるための食糧にします」
「な、え…てことは、この依頼」
さあっと血の気が引く。
この依頼、思った以上に危険じゃないか。
ベネデッタまで危険に晒すことになるなんて、考えなかった。
浅はかな自分を呪ってやりたい。
「だいじょうぶです!ちしきがある魔獣なら、妖精をおそったりしません!」
「なんで?」
「ある程度ちしきをもつ魔獣は、空腹のほうがますからです。ちからがほしい魔獣は、ほかのえものをさがします」
「ほかの?」
「ちからをもったニンゲンや、魔獣、魔族ですね。たべるとパワーアップするのです」
「…………知識がない魔獣だったら?」
「狙われます☆」
「ます☆じゃないでしょー!」
きゃぴ!とポーズ付きで言われた事実に、脱力。
この依頼、本当に大丈夫だろうか。
裏話
ジェンマは人間にくっついている妖精を見て、驚きに目を見開いた。
(めずらしい)
視界にちらほら舞う妖精を見ることはあれど、人間に自ら近付く妖精は珍しい。
その上、行動を共にしているらしい。
「ねえ、あんた」
面白い、と声をかけてみようとしたら、
先に振り返った妖精に睨まれてしまった。
(あらら)
目がしっかりと合った妖精は、声には出さずに、口を動かした。
いわないで、
しいっと口許に指を当てたその姿に呆気に取られているうちに、振り向いた人物が不思議そうに首を傾げた。
「あの?」
「あ、いや、人違いだったみたいだ」
へら、と誤魔化すのに、人のいい笑みで返したその人物の目には、見たことのない装飾品が着けられていて。
ああ、異界の者か、と納得した。
妖精がなついたのもそのせいか、と。
踵を返したその肩を、もう一度見る。
そこには、とても、相手を慈しむ瞳で見ている小さな存在。
(ありゃあ、惚れ込んでるねぇ)
独占したいのか、あの異界の者を。
面白いな、と笑みを浮かべて見送ったそのコンビを、毎日のように見るようになるとは、その時は思っていなかった。
ギルドに登録に来たその日、つい頭をぽんと叩いたあたいに、小さな存在から電流が向けられたのも、楽しい日々の始まりだったってわけさ。




