同行人は小さな女の子
「そー言えばアマリアさん、私に用があったんじゃ?」
「ああ!そーでした!ヒカリさんに依頼したいことがあるって方がいらして、」
「宿屋の方に?」
「取り敢えずギルドを通していただくよう、ギルドにご案内したけど」
余計なことだったかしら、と気まずそうに尋ねるアマリアに、いいえ、と笑みを返す。
「一応ギルドに登録してる身ですから、ギルドを通していただいた方がいざこざがなくていいです。ありがとうございました」
そう。
ギルドに登録してあれば仕事も斡旋してもらえるし、情報も入る。
その分手数料やらで何%かは引かれるけれど、手間を考えれば私のような新参者はギルドに世話になった方がいい。
今回のようにギルドを通さず直接来られた方がお金は入るけど、余計な手間やら後々のギルドとの関係や、依頼が怪しいものだったときの対応が面倒だ。
アマリアはそういった点も踏まえて気をきかしてくれたのだろう。
「じゃあ、ギルドに顔を出した方がいいですね」
「そうですね。そうしてくれますか?」
「はい。じゃあ晩ご飯は外で食べて帰るので、今日はいりません」
「はい、わかりました」
「それじゃあ」
ぺこ、と頭を軽く下げてギルドへの道に足を向ける。
手を振るアマリアにもう一度頭を下げて。
歩き出した私は、髪を引っ張られる感覚に、ずっと敢えて意識を向けないでいた存在を思い浮かべ、嘆息した。
「なぁに、ベネディ」
「──主さま、ひどいです!なにあのニンゲン!いつも馴れ馴れしい!主さま、浮気しないで!そのがねめってやつ外して!溜め息つかないで!」
キャンキャン響く声に反して、その姿は見えない。
それは、普通なら見えない存在だから。
「主さまじゃないし、浮気の意味わからんし、がねめじゃなくて眼鏡だし、溜め息って、それが一番声大きいな」
町中で、普通は見えない存在と話していれば、変な目で見られるのは当たり前。
しかし、私をちらりと見た町人達は、すぐに興味を失ったかのように視線を逸らした。
異界人は変わってる。
それがこの世界の常識のようだ。
(心外だけど)
何かしらこの世界の人とは異なる“ちから”を手にする異界人は、この世界の人から見れば独り言なんて当たり前、ということだろうか。
ちなみに、私が異界人だとチラ見しただけでわかってしまうのは、この外見らしい。
黒髪はこの世界じゃ珍しいらしいが、残念ながら私は元来の黒髪ではなく、最近美容室でカラーリングしたばかりの茶髪。
それ以外で目立つのは、この瞳とこの眼鏡で。
この黒い瞳と眼鏡で、私は異界人と認識されている。
(眼鏡がないって、この世界の人視力の平均いくつだよ)
視力が悪いことはあまりないという情報に、私がこの世界に来て、迷惑なくらい視力アップしたのと関係あるのかなとげんなりすると同時に、なにげに眼鏡男子が好きな私にはちょっとダメージだなと思ったのはここだけの話。
「──いつまで無視するんですか!主さま、ベネデッタ、おこですよ!うーーー」
髪が引っ張られる感覚が不意に消えたと思ったら、耳の横でビリビリビリ、と音が聞こえ。
(やばっ!)
やばい、と思った時には遅く。
バリバリバリッ
と電気が走ったと思ったら、左側の髪の毛が少し焦げていた。
「うわっ、ベネディ、もーわかったから!」
眼鏡を慌てて取って、左を見る。
できるだけ、他を視界に入れないように。
クリアになった視界には、まだピリピリと電気を発している小さな存在──妖精がいた。
「もう、泣かないでよ。ごめんて」
苦笑して人差し指で涙を拭ってやるその先には、緑色の瞳に涙をいっぱいに溜めた、金髪の少女。
光の加減で虹色に輝く四枚の羽が美しいその姿は人よりも遥かに小さく。
その身体を電気が覆っているのは、彼女が今興奮冷めやらぬ心境だから。
この妖精の少女、ベネデッタは、私がこの世界に来て、一番最初に会話をした存在だった。
「ごめん。でもこれをつけてないと私も辛いんだよ」
「ひっく、わかってます!でも、でも、わたしの前であんなに楽しそうに話すことないじゃないですかぁ!」
「いや、楽しそうだったかな」
「うぅー!主さまは、まだ世界をわたられて少ししかたっていないので仕方ないとはおもいますが、早く“ちから”に慣れてくださいよぉー!」
「そうは言ってもね…」
涙ながらに責められて、頬をかく。
この妖精が言うには、“ちから”とは、慣れてコントロールできるようになれば本人の思うがままらしい。
要するに、この厄介な透視能力は、うまく使いこなせば今みたいに見える人全ての裸を見たりしなくなるし、求めるものだけを探し出せる千里眼にもなれる可能性を秘めているのだと言う。
それはアマリアにも確認したので実際の“ちから”に関する情報らしい。
しかし、その“ちから”。異界人の能力は利用されやすい。
今はこの小さな町で慎ましく過ごしているが、いつ王都や、権力者達に目をつけられるかわからない。
なので、できるだけ目立たないように過ごすためにも、コントロールができるようになって眼鏡も要らなくなれば言うことはない。
わかってる。
わかってはいるけれど。
「慣れるって、どーすればいーのさ」
取り敢えず、依頼を受けてこの“ちから”を使って慣れようとしてはいるが、むしろそのせいで噂を聞いてくる依頼が増えた気がする。
イコール、目立っているじゃないか。
「あまり目立ちたくないし」
「なら、ニンゲンの依頼なんてうけないでください!」
「いや、生活がね」
「ベネデッタが主さまの身の回りのことはなんでもします!」
「先立つものの話だよ…つか、主さま、てやめない?いつも言ってるけどさ」
「主さまは主さまです!わたしになまえをくださいましたから!」
えっへん、と先程までの涙がうそのように胸を張ってドヤ顔をする妖精。
名前。
そう。
ファンタジー系の小説もゲームもそれなりに制覇していたというのに、初歩的なミスをしてしまった私。
この世界に来て、眼鏡なしてこの妖精を見た時は興奮していて。
話が通じる存在も嬉しかったし、森から出るのも助けてもらったし、感動して名前を聞いて。
名前はないと肩を落とす妖精にほだされて。
つけてくれませんかと純粋な眼差しに騙されて。(あとで演技だと知った私のショックといったら)
ベネデッタ、と。
イタリア語で祝福された者、という意味だったよな、と良い名だと自画自賛していた自分は、目の前の妖精が二枚羽から四枚羽になり、髪が少し伸びたのを見て、漸く思い出す。
(あれ、名前をつけるイベントって、大抵は…)
主従関係のはじまりだ、と。
よろしくお願いいたします。ご主人さま!
といい顔で言われた瞬間、くらり、目眩がした。
それから、この小さな存在と一緒にいる。
「ベネデッタは主さまのためならなんでもします!」
放電は止んだものの、興奮しているのか未だ少しピリッと光るこの妖精が、実は嫌いになれないし。
一人じゃないと思えるのはこの子のおかげなので。
(まぁ、いっか)
と、いつもほだされてしまう。
電気系の相棒って、なんだか日本のアニメであったなぁ。
いけ、じゅうまんボルト!とか言ってみようかな、
なんて、ホントにやったら困るなと内心笑いながら、小さな相棒を連れて、また歩き出した。
妖精ベネデッタ。
妖精には属性がありまして、わたしベネデッタは雷属性です。
属性は小妖精の頃は決まっていなくて、誰かと契約するか自分の力がみちるかで中妖精になったときに一番相性のいい属性になります。
小妖精から中妖精になると、はねの数が二枚から四枚になります。そして少しおとなになります。
大妖精になるには、もっと経験して力をみたすか、主さまときずなをふかめなければなりません。
ベネデッタはもっともっとがんばって、いつか大妖精になるのです!
ベネデッタ、えいえいおー!なのです!