まもりたいもの
茫然としている私たちのもとに、情報が行っていたらしい高ランクの冒険者が来たのは、ガキベアルを倒したすぐのこと。
低ランクの私たちが、変異種を倒したことに驚きを隠せない様子の冒険者たちだったが、その惨状に頭を切り替えてすぐに動き出した。
すでに死んでしまった先にいた冒険者をその場で弔い、怪我をしていた冒険者をがたいのいい冒険者が担いで街に戻ることにした。
その間、私たちの間に会話はなかった。
シロガネはいつの間にか元の狼の姿に戻っていて、ベネデッタがどこかに投げてしまった私の眼鏡を持ってきて、心配そうな視線を投げ掛けながらもかけてくれて。
視界に見慣れた妖精が見えなくなった途端に、私は現実に戻った気分だった。
街に着いたのは間もなくして。
黙々と、何かの魔法なのか道具なのか、行きよりも早くに街にたどり着いたことすら今の私には考えようもなくて。
助けにきた冒険者が、医療所に向かうのに一緒に着いていった。
そこで、怪我をしていた冒険者よりも軽い怪我だからと、すぐに解放されて。
しかしギルドに報告に行くという冒険者に、一緒に来るように言われて従った。
ギルドの受付から奥に通されて、ギルド長から謝罪を受けた。
曰く、情報不足だったと。
私はそう言われても、何だか頭がぐちゃぐちゃで。
曖昧に相槌だけして、何を思ったか混乱してると取られたのだろう(実際に混乱はしていたけれど)、その日は帰された。
そうして、ギルドを後にした私は、漸く真っ直ぐにシロガネをみやった。
「…しろ」
「おや、あなたは!」
呼び掛けようとした私の声は、タイミング悪く遮られてしまった。
見れば、たった数時間前にできればもう関わりたくないと思った人物が立っていて。
振り向いた私たちを見て、目を見開いた。
「どうかしましたか、ボロボロで」
満身創痍に見えたのか、私たちに駆け寄った武器屋の主人は、何故か私の顔を見るなり、優しげに笑みを向けた。
「疲れていますな。今日の宿はお決まりですか」
「え、いえ…」
目線を合わせるように腰を折った主人に、戸惑いながらも首を振る。
「なら、うちへ来ませんか」
「え?」
「見るからに憔悴しているあなたを放ってはおけない」
「あ…」
ぽん、と頭に手を置かれ、涙腺が緩みそうになった。
そんな私を押し留めるかのように、ぐい、と後ろに引かれる。
見れば、服の裾を噛んで止めるシロガネの姿。
それに、主人は優しい声で、
「何もしませんよ。
うちは店の上で小さな下宿として解放してる部屋がありまして。
まだ空いている部屋があるので、宿が決まらないならいかがかと」
主人の提案に、ぐちゃぐちゃになった頭でもありがたい申し出だとわかった。
けど、すぐに頷けない私に、主人は一度見てみるといい、と言ってくれ、歩みの遅い私に文句もくれず、ただ黙って先を歩いてくれた。
シロガネは、信用したわけではないだろうが、従ってくれた。
昼間来たばかりの店の横の階段を登り、広間のような場所に入り、そこでソファに座らされた。
数あるうちの一つの扉の向こうに消えた主人は、少しして戻ると、手には湯気のたつカップを持っていて。
受け取ったカップから香る甘い香りにほっとしながら、漸く強張っていた身体から、少しだけ緊張が解けた気がした。
「疲れたでしょう。いま、部屋の準備をするので」
ゆっくりしているように言われ、ぼんやりと部屋を見渡した。
カップを持って現れたことから、キッチンだろう部屋の扉、その他にも数個の扉。
共同なのか、この広間には椅子やソファが何個か。
大きめのテーブル。
何だか、懐かしいような、香り。空間。
コトリ、カップを置いて、ソファの上で膝を抱えた。
膝に顔を埋めれば、思い出すのは、つい数時間前の出来事。
助けを求める叫び声。
飛び散った赤。
光る獰猛な目と紅い石。
怪我をした冒険者。
浮いた身体。
向けられた金色の瞳。
雷。
貫かれた肢体。
そして。
「っ!」
「大丈夫ですかな?」
ぽん、と叩かれた肩にびくり、と顔を上げた。
自覚するほどに酷い顔をしていたのだろう私に、主人は優しく笑い、部屋に連れていってくれた。
最後に、ゆっくり休みなさいとだけ、言って。
ぱたんと閉められた扉の音をぼんやりと聞きながら、通された部屋を見渡す。
小さな窓に、月が光っていた。
主さま、と控えめな声がかかる。
そっと、眼鏡を外す。
「………シロガネ」
振り返って呼んだ私に、びくり、扉の前で止まっていたシロガネの身体が、一瞬震えた。
それを見て、渦巻いていた感情を、落ち着かせようと息を吐いた。
「はなしを、しよう」
三人で、とベネデッタを左手に、シロガネを右手を差しのべて呼んで。
ベッドに腰かける。
何から話そう、と未だ混乱の最中にいる頭を整理しようとするも、無理だと諦めた。
だから、始めから声にすることに決めた。
「…今日は、ありがとう」
ふたりとも、と疲れた笑みが浮かぶ。
きょとんとした二人の顔を見て、少しだけ余裕が出てきた。
「私一人じゃ、死んでたし」
ぶるり、未だに震えの走る、あの巨体。
潰されたら、ひとたまりもなかった。
でも、助けてくれた。この頼もしい仲間たちが。
こんなに弱い、私を。
だから私も、この子たちのことを知って、守りたい。
「…ベネディは小さいのに、いつも私を助けてくれるね」
ありがとう、と呟くと、感極まったように潤んだ瞳を向けられた。
「ぬ、主さま!あたりまえです!いつでも主さまのこと、まもってみせます!」
ふん、と鼻息荒く宣言され、少し笑ってしまった。
そして、次に右を見る。
じっと、目を逸らさない。
「シロガネ」
「……」
「こわがらないで」
逸らさない瞳が、揺れていた。
それに、すっと出てきた言葉。
「おしえて、くれる?」
「クゥゥ…」
揺れる瞳が彼の揺れる心を映すようで。
「大丈夫、」
言葉と同時に、身体が動いた。
ふわり、と触れる程度に唇を額に近付ける。
きゅ、と大きな身体を抱き締める。
こわがらないで、と、
もう一度、彼に伝わるように。
だから、教えてと。
私を受け入れてくれたように、君たちを…きみを、受け入れたいのだから。
ぐぐ、と腕の中の肢体が形を変えていく。
目を開けば、そこには自分と似通った形をもった存在。
「シロガネ…?」
「………そうだ」
「ッ、」
初めて聞く声音は、狼の時とはまた違っていて。
掠れたように緊張が伝わる声。
でも、真っ直ぐに反される眼差しは、変わらない金色の輝き。
「シロガネ…ありがとう」
怖がってもなお、私の願いを聞いてくれたこと。
助けてくれたこと。
たくさんの思いが詰まったありがとうを、伝えたくて。
泣きそうに揺れた瞳が、私はいとしいと思った。
「きみのことを、教えて」
抱き締めてくる腕を、震える身体を、守らせて。
ジルの雨宿り亭
わたくし、武器屋ランキッドの主人ジルベルト第二の顔。とでも言いましょうか。
もともとは二階部分は自宅だったのですが、やはり独り暮らしには広いもので、自分の趣味は店に置けますしね。
なので、下宿として長期滞在予定の方に貸し出すことにしたのですよ。
私も、寂しがりなもので、賑やかになって暇潰しにもなりますので。
部屋は5部屋。
今のところ3部屋は埋まっています。ああ、今日、1部屋埋まりましたな。
これからが楽しみです。
また下宿している方々を紹介できる機会があればよろしいのですが…