06 サヨナラ(1)
千秋視点。
「……遅いな」
千秋は腕時計を確認する。いつもこの時間帯にこの交差点で待ち合わせしてから学校に行くのが習慣になっていた。なのに一向に悠介は現れない。行けない時は必ず連絡を寄越すヤツだ。
15分待っても来ないので流石に先に行くことにする。自分が遅刻してしまう。
「先に行ってるよっと……」
スマホで一応悠介に連絡しとく。千秋はスマホを通学カバンにしまうと小走りに駆け出した。
「あれ、来てない」
教室に駆け込み遅刻はギリギリ回避。担任は小言が多いから遅刻するだけでクドクド言われる。めんどくさいことは性に合わない。朝礼前の教室はガヤガヤとかなり煩い。
「おい、悠介しらねぇ?」
「知らん。今日は見てない」
「サンキュー……」
来てないのか。クラスメイトに尋ねるが、素っ気なく回答される。悠介はあまり多くの人と交わるタイプではないから、クラスメイトも彼に興味がないんだろう。カバンを無造作に床に置きながら自分の席についた。
。
「出欠取りまーす。柳沼くん座りなさい。ちゃんと制服着る!」
担任が早足で教室に入ってきた。早速目に付いたことを指摘し始める。注意された男子生徒が言い返す。
「うるせーよ!わかってるっつーの」
「何ですか、先生に向かって。言葉遣いが汚いですよ。そもそも……」
更に何かを言おうとしていたので別の生徒がHRの続きを催促する。
「美智子ーーー早く出欠取ってよーー」
「……欠席者は、早川くんだけですか」
美智子が教室を教壇から見回した。すかさず生徒が茶々を入れる。
「美智子ーーー田中も休みっすよーー」
老眼かよーーー!!ぎゃはぎゃはと生徒が笑い転げる。それをいつもなら顔を真っ赤にして怒り出すはずの担任が、今日は何も言わなかった。千秋は退屈で窓の外を眺める。
「黙りなさい」
美智子の鋭い声で思わず彼女を見る。
すると美智子の異変に気が付いた。彼女はひらひらワンピースの美智子ファッションではなく、今日は黒いスーツを着ている。
それに気が付いた途端に心臓が嫌な感じで鳴り始めた。
この感覚は、覚えがある。嫌なことが起きる時の、前触れ。原因に辿り着く前に、美智子の口から言われた。
「……田中悠介くんが昨日交通事故により、今朝亡くなりました」
それまで騒いでいた生徒が騒ぐのを止めた。沈黙が教室を埋め尽くす。千秋は自分でも気づかないうちに椅子を蹴飛ばして立っていた。
「……は、?」
悠介が死?冗談じゃねえ。
周囲の生徒が千秋を気遣うような視線で、けれどもなんて言っていいのかわからないのか何も言わなかった。みんな千秋と悠介が仲が良かったことを知っている。
なんとも惨めなことだ。親友の死を知らずに呑気に学校に来てたとか。呑気にメールも送っていた。返信がないわけだ。当然だ。
「……高島大学病院です」
美智子が呟いた。その声は若干だが、震えていた。千秋はカバンを掴むと無我夢中で駆けだしていた。そんなわけないと幾度となく繰り返し呟きながら。