04 ヘンカ(1)
_____コワいコワいコワいコワいコワいコワいコワいコワい……
コワいよ、お母さん。助けて。
『ごめんなさいね、仕事でこれから大阪に出張なの』
_____イタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタい……
イタいよ、お父さん。助けて。
『悪いな、これから重要な会議なんだ』
………みんなボクを置いていく。
みんなみんな僕を見てくれない。
僕を見て。
僕はここにいるよ。
ねえ、ねえ………。
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「……先生、この子、抗体物質α持ってます……!! しかも基準値以上です……!!」
「……よし、やろう。たとえ医者としての権限を失ったとしても人類の発展のためになるならば俺は厭わない__!!!」
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「……」
悠介はポッカリと目を開けた。けれどすぐに眩しさで目を瞑る。何だかあまりよくない夢を見ていた気がする。心がぎゅっと締め付けられるようなこの感覚は懐かしい。
しばらくするとピントが合ってきて真っ白い汚れ一つない天井だと気が付く。眩しいと感じたのはこの天井か。手足を動かそうとするが、まるで鉛みたいに全く動かない。
「あ、気が付いた。センセー!! 気が付きましたぁぁぁ!」
急に視界に入り込んだかと思うと、キンキン声で叫ぶのはやめて欲しい。思わず俺は顔をしかめた。その女は部屋から出て行ったかと思うと白衣を着た男の腕を引っ張って戻ってきた。
「ホラホラ!成功ですよこれは!」
「…うん」
眼鏡男は俺に近づき、俺の身体を色々調べ始めた。腕を触って脈を数えてみたり、おでこを触ってみたり、次第に俺はモルモットのような気分になってくる。少なくともいい気分はしない。
「……ここ、は」
自分の声が自分のではないみたいだ。かすれてがさついている。眼鏡男は俺を触るのを止めて、近くの椅子に座った。
「ここは病院。君はトラックでの接触事故で意識不明の重体になったの覚えてる? 田中悠介」
……そうだ。そう言えばそうだった。
徐々に記憶がはっきりとしてくる。そして感じる違和感。その原因がわかるほどまだ思考力は回復していなかった。
「覚えてます……俺、助かったんですか」
「ああ」
眼鏡男が素っ気なく頷く。
そして次に何と言おうか迷っているようだった。
「………けど、今までのような生活が送れると考えないで欲しい」
それは俺の身体に障害が残ったということだろうか。死んでもおかしくなかったあの事故で助かった方が奇跡。でもやはり障害のことについて考えると怖かった。こんな時になっても俺の両親は俺の側に居てくれない。
ベッドのシーツを握り込む。どんなことを言われたって受け入れよう。
「……まずは自分の姿を見てもらおう。それからの方が説明は早い。木村、鏡」
「あいあいさーでぇーーす!」
木村と呼ばれたさっきの女がガラガラと全身鏡を俺の前に持ってくる。
「ほいさっ! あ、起きれる? お姉さんが手伝ってあげまーす。感謝しろよ少年」
俺は問答無用で病人である配慮がなされないまま起こされ、鏡に映った自分の姿に驚愕した。
「……ええ?」
鏡に映る青年も驚きの表情を浮かべている。
自分が、自分ではなかった。そこには見知らぬ美青年がいた。
ストレートで曇りのない黒髪。
パッチリ二重の形の良い目に、厚ぼったくもなくかといって薄過ぎもしない”ちょうどイイ”唇。
CMに出れるんじゃないかレベルの出来物ひとつない色白の肌。
腕ももやしだったはずが、程よく筋肉が付いている。
一言で言うと、俺はハイスペックになっていた。
「えええ?」
え、なんで。
他人の体に転生しちゃったパターンですかこれは。
前の自分とこの美青年との共通点は日本人、ということくらい。
まるでデキが違う。
「どういうことか説明してもらえますか!?」
ハッとして我に返り、眼鏡男に問い詰める。
眼鏡男は申しわけなさそうに、でも微かな興奮を交えながら説明してくれた。
呆然とその男の言う言葉を聞いていたが、内容があまりにもショックすぎてろくに反応すら出来なかった。
辛うじて理解できたことは以下の通りだ。
・事故から一週間が経った。
・田中悠介は戸籍上死んだことになった。
・別人として生きてもらう。
・彼らに協力してほしい。
「……お、俺の両親はこのこと知ってるんですか?」
「知らない」
「どうしたらこの身体になるんですか……?」
震える声を懸命に押さえようとするがもはやそんな余裕もない。
眼鏡男、清水は座っていた椅子から立ち上がると部屋内に一つしかない小さな窓から外を眺め、静かに語り始めた。
「……人間の寿命は平均して86歳。医療技術がどんなに進歩してもこれが限界だということは昔から知られている。延命措置を施しさえすれども、多くの患者はベッドの上で晩年を過ごすことになる。そこで人間は考えた。その限られた寿命をもっと有効に使えないか、もっと寿命を延ばすことはできないのかと。その需要に応えてある医者が開発したのが新薬『ZERO』だ。ただし、それが使用できるのはある抗体物質を持った患者でなければならなかった。それを基準値以上に持っている人間が非常に稀であることが実用化にならない原因だった。……君はその基準値を遥かに越えていた」
清水は一息に言い切った。
俺は何となく理解できた。
彼は基準値を超えた俺に新薬を打ち込んだのだ。
勝手に。