part02 殺意の星々
よろしくお願いしまーす!!
「今日はありがとうございました」
人里の通りを二人の女性が並んで立ち歩く。
一人は白地に青の縁取りがされた上着を羽織り、水玉模様の書かれた青いスカートを履いた、翠髪を爽やかになびかせる女性。
「いやいや、私でも"信仰とは何か"と訊かれると、少々難しいところがあるからな。やはりこういうことは専門としている人が教える方が子供達も分かりやすいだろうからな」
そしてもう一人は青のメッシュが入った銀髪で、上下が一体になっている青い服を着こなす、真面目そうな風格を漂わす女性であった。
翠髪の女性の名前は東風谷 早苗。守矢神社という神社の巫女である。
そして銀髪の女性の名前は上白沢 慧音。こちらは人里で寺子屋を経営している半妖である。
早苗
「最近異変もなくて平和そのものですよね、人間を襲う妖怪もメッキリ数を減らして嬉しい反面、こちらとしては暇で仕方ないですよ」
慧音
「そう言ってくれるな。こちらとしては何かあっては困るのだ。子供達や親御さん達も最近はようやく安心して寺子屋に通えるようになったんだからな」
早苗
「そうですね、また何かあれば気軽に私を呼んでくださいね。信仰についての講義でも、妖怪退治のことでも私がパパッと解決しま......っ!!!」
話をしていた早苗は突然何かに気付いたようで、バッと妖怪の山、守矢神社方面に振り向いて視線を向ける。
慧音
「ん?急にどうした?」
慧音も早苗につられて振り返り、彼女と同じ方角を視界に入れる。
慧音
「なんだ、あの数は?」
早苗と慧音は妖怪の山から無数の妖怪達が人里の方へ飛んで来ていることに気付く。妖怪の山の妖怪達が人里に来ることは決して珍しくない。しかし今回は違う。山の殆どの数の妖怪がこちらへと接近しているのだ。あまりの数に慧音は不思議がるより不安を感じる。
慧音
「なんだ、あんな数は?私は何も聞いていないぞ」
早苗
「慧音さん!今すぐ能力の準備を!私が人里から出たと同時に人里を隠してください!!」
早苗は慧音に大声で結界を張るように伝える。
その表情からは余裕がなく、焦りが感じられ、鬼気迫るといったような表情であった。
慧音
「きゅ、急にどうしたんだ?確かにあの数は異常ではあるが、天狗が理由もなしに人里を襲うなど
早苗
「何か嫌な予感がするんです!守矢の巫女の勘ってやつです!いいですね、お願いしますよ!」
早苗はそう慧音に指示を出すと、すれ違う人達に人里から出ないように警告しながら、人里の大通りを颯爽と走り抜けていった。
慧音
「いったい何が起こるというんだ......?」
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霊夢
「はぁ~~~......」
霊夢は魔理沙と戦う前と同様に、
縁側で日向ぼっこをしながらお茶をすすり、ため息をついていた。
霊夢はなんとなく、ふっと空を見上げる。
これといった理由はない。強いて上げるとするならば魔理沙は、結局あの後どうしたんだろうという心配のみであった。
しかし、そんな心配は一瞬にして崩れる。
霊夢
「はぁッ!?」
霊夢が見上げていた空が小さく瞬く。
次の瞬間、その瞬きは彼女の視界いっぱいを覆うほどの大きさのレーザーとなり神社の縁側に一直線に降り注ぎ、濃い砂埃が縁側の様子を外から遮断する。
神社は謎のレーザーによって崩落してしまったのだろうか。
そう思えるほどそのレーザーの勢いは凄まじく、パリパリとした電気のような魔力が砂埃の中に垣間見える。
霊夢
「魔理沙ッ!あんたねェッ!!」
砂埃がいきなり掻き消される。
憤怒の形相で数枚のお札を両手に持つ霊夢が、砂埃をその霊力で蹴散らし現れたのだ。
レーザーから神社を守る為、咄嗟に結界を張ったのだろう。力を使い切ったお札がひらりひらりと縁側に舞い落ちる。
霊夢は鋭い目つきでレーザーの発射方向を見極め、空を見上げる。
やはりというか、霊夢の視界に映ったのは、先程霊夢と戦って完敗し、逃げ帰ったはずの魔理沙であった。
箒に跨ったまま宙に浮く彼女は何も言わずに、黒い三角帽子を深く被って霊夢を見下ろす。
霊夢
「魔理沙ッ!随分な挨拶じゃない!?そこまでさっきの決着が気に入らなかったかしら!?」
魔理沙
「さっきの、決着、......か」
魔理沙はいつもより重い鉛のような声で喋りだす。
その声はまるで霊夢を押し潰すかのように彼女の腹に響く。
霊夢
「いつもと様子が違う......?」
魔理沙
「私は霊夢を倒しにきた、ただ、それだけ、だ。
過程や、プロセス、......方法や手段、なんて、今の私に、とっちゃ、どうだって、いい」
霊夢は魔理沙の様子に違和感を感じる。
元々真っ向勝負は好かないというか、不意打ちに躊躇いを見せない魔理沙ではあるが、先程の攻撃は明らかに神社諸共、自分を殺しにきた。
今まで魔理沙に殺気を当てられることのなかった霊夢は戸惑いを感じざるを得ない。
魔理沙
「"霊夢を倒した。"
たった、それだけのシンプルな、答えだけが、今の私を、満たして、くれる。なぁ?頼むよ、霊夢。私の、欲を満たして、くれよ......」
魔理沙は再び八卦炉を霊夢に向けて構える。
同時に八卦炉が白く輝き始める。彼女が魔力を込めているという証しである
魔理沙
「ッ...!?」
それはほんの一瞬の出来事だった。
魔力を込める為、ほんの一瞬だけ八卦炉に視線を移しただけなのに、彼女は縁側にいたはずの霊夢の姿を見失う。
霊夢
「こっちよ」
魔理沙
「......」
いつの間にか、霊夢は魔理沙の目の前まで移動していた。
このままだと神社を庇いながら戦うことになる。そう判断した彼女は魔理沙の小さな隙を狙って空中へ飛び込んだのだ。
霊夢
「あんた、本気なの?
最終通告よ。これ以上私を怒らせるつもりなら、さっきとは違って本気でやるわよ?」
魔理沙
「......」
魔理沙は帽子をまた深く被りなおす。
彼女の瞳は帽子の陰に隠れて、その真意は見られない。
魔理沙
「アハハハハッ!!!」
突然、魔理沙は腹を抱えて笑い始める。
魔理沙
「ウソウソ、冗談に決まってんだろッ!そんな怖い顔しないでくれよ~~~!!!」
魔理沙は笑いながら、魔力の溜まっていた八卦炉を懐へと戻そうとする。
魔理沙
「なんてな☆」
しかしそれは罠。
魔理沙は八卦炉を懐へ戻すと見せかけ、霊夢の目の前でいきなりマスタースパークを放つ。
霊夢
「くッ...!!!」
そんな予感はしていたのか、霊夢は手早くお札を取り出し、目の前に正方形の結界を展開する。
霊夢の結界と魔理沙のマスタースパークはぶつかり合い、互いに相殺されて、再び二人は見合う状態になる。
魔理沙
「言っただろ?過程やプロセス、方法や手段なんて今の私にとっちゃどうだっていいってさ」
魔理沙の喋り方にたどたどしさがなくなる。
それは魔理沙の"中"にいる何かが彼女に馴染んだようにも見えた。
魔理沙
「そうだ、一つだけ前言撤回。言いなおすことがあるぜ、霊夢。私はさっきお前を倒したい、そう言ったな?少し言い方が甘かった。......私は、お前を殺したいんだ」
魔理沙の手元に光弾が浮かび上がる。
黄土色に輝くその光弾は恒星の如く公転し、少しずつ大きくなり始める。
魔理沙
「私はお前を殺す為に力を得た。
膨大な魔力と、
強大な身体能力と、
莫大な知識......、全部、全部、霊夢を殺す為に使うぜ」
魔理沙は手元の光弾を、霊夢の胸元目掛けて思い切り投げつける。
しかし、霊夢にとって、光弾一発を避けることは難しいことではなく、彼女は体を捻ることで光弾をやりすごす。
魔理沙
「重力 グラビティ・オブ・ザ・スター」
魔理沙は光弾を放った右手のひらを、勢いよく握り締める。すると避けられた光弾が霊夢の背後で巨大化する。当然、霊夢に避けられた後に巨大化したので彼女に当たることはない。
霊夢
「大きくするのが遅すぎるんじゃ......っ!?」
しかし、距離を詰めようとした霊夢は魔理沙に近づくことはできない。むしろ魔理沙から引き離されるような感覚を味わう。
霊夢
「何よ、これッ!!!」
霊夢は自分が魔理沙から引き離される原因を探る為、後ろを振り返る。
すると、彼女の背後で先程の光弾が物質化し、小惑星となり、その星の強い重力が霊夢を引きこんでいたのだった。
魔理沙
「さっきの光弾は私の意思で、星に化けさせることができる。そしてその小惑星の磁場は強力な重力を発生させ、お前の翼をもぎ取る」
霊夢は魔理沙が作り出した小惑星に引き込まれ、背中を強く打ち、激突する。
霊夢
「うご、かなっ......いっ」
霊夢は星から手や足を引き離そうとするが、星の重力はとても強く、彼女は上手く身体を動かすことができない。
魔理沙
「無駄だ。お前の筋力じゃ立ち上がることもできない」
魔理沙の左手が黄金色に輝き、つららのように鋭く尖った光弾が浮かび上がる。
魔理沙
「鋭星 フラグメント・シャープスター」
魔理沙は躊躇なく霊夢の心臓を狙い、その鋭く尖った光弾を放つ。その光弾は確実に霊夢の急所に目掛けて空を切りながら飛んでいく。
霊夢
「こんなもので、私をなんとかできると思ってるのッ!?」
霊夢は空中に巨大な陰陽玉をいくつか形成する。
しかし、陰陽玉も例外ではなく岩石の重力に逆らえず、次々と重力に勝てず、ドスンドスンと星に強く激突する。
魔理沙
「無駄無駄無駄っ!!形あるものは星の重力には勝てない!!それはお前の陰陽玉も同じだっ!!!」
霊夢
「......」
しかし、これこそが霊夢の思惑通りであった。
無数で巨大な陰陽玉が勢いよく激突することで、星には亀裂が入り、ついに砕け散る。霊夢は重力からようやく解放され、間一髪魔理沙の放った光弾を避ける。
魔理沙
「くそっ!上手く避けやがったな!!」
霊夢
「今度はこっちの番よッ!!!」
霊夢は一枚のお札を手に取り、素早く魔理沙に放つ。
魔理沙
「この程度か?」
先程の霊夢同様、たった一枚のお札を避けることは魔理沙にとっては造作もなく、ほんの少しお札の軌道から身体を外し、いとも簡単に霊夢の攻撃を避ける。
霊夢
「私、やられたらやり返す主義なの。知ってるでしょ?」
魔理沙はハッと気づき、先程避けたお札の行方、つまり背後をふり返る。
霊夢が放った一枚のお札は魔理沙の後方で無数のお札に増殖し、増えたお札が背後からもう一度魔理沙に襲い掛かる。
魔理沙
「ハっ!お前こそこの程度で私が被弾するとでも?」
魔理沙の反応速度と判断力は凄まじいもので、何枚も増えたお札を顔色一つ変えることなく避け続ける。そして霊夢が魔理沙に放った最後の一枚のお札を彼女は余裕綽々と顔を傾げ、紙一重で避ける。
霊夢
「この程度、避けるのは当たり前でしょうがっ!!」
魔理沙が最後に避けたお札を彼女の背後まで迫っていた霊夢は見事キャッチして、お札に刀の刃の如く鋭き霊力を流し、近接攻撃を仕掛ける。
霊夢の姿を視界に入れているものの、魔理沙は不意を突かれ反応することができない。それに加え、彼女は霊夢に背中を向けているので上手く対処することはできない。......はずであった。
魔理沙
「言っただろ?"遅い"って」
霊夢
「っ!?......カッ、ハァ......!?」
強い衝撃。
霊夢の肺の中の空気が重くて響くような痛みと共に、大気へと吐き出される。
完全に虚を突いたはずの霊夢の奇襲。
しかし魔理沙は背後から襲い掛かった彼女の腹部に肘を突き込んだ。常人では考えられるはずのない反射速度、霊夢は虚を突いたはずが、逆に虚を突かれ、無防備な腹部に襲い掛かる激痛に抵抗することができない。
霊夢
「ぐぅっっああぁぁ...!!」
粘度のある唾液が彼女の小さな口元から零れる。
霊夢の瞳の奥の光が揺れ動き、彼女の端正な顔が苦痛で歪んでぐちゃぐちゃになる。
魔理沙
「無様だな、霊夢。お前はもう私に勝てない。
さっきは確かに裏をかかれたが私の今の反射速度は以前とは比べ物にならないほど鋭くなった。今の私は見ることさえできればどんな攻撃にでも対応することができる」
心の中の闇が沸々と湧き上がっているような笑みを浮かべる魔理沙は、腹部の激痛に耐える霊夢に向かい合い、彼女の髪を強く掴んで無理やり目を合わせる。
霊夢
「あんた、ただ魔力や戦い方が上達したわけじゃないわね。
いったい何があったの?......いや、誰に何をされ、ぐぁッ...!!!」
魔理沙は霊夢の言葉の尾を聞かず、髪を掴んでいた手を離し、もう一度彼女の腹部に拳をねじ込む。ブチブチと腹部の筋繊維が切れる感覚を拳に覚えた魔理沙は笑みを隠すことができない。
魔理沙は拳をねじ込んだまま、霊夢の歪んだ顔の前に自分の勝ち誇ったようなドス黒い笑顔を近づけ、小さな声で囁くように話しかける。
魔理沙
「誰に何をされたかだっけか?知るかよ、そんなこと。
私は"お前より強くなりたい"そう望んだだけだ」
霊夢
「っ......!?」
霊夢の腹部が突如輝き始める。
いや、霊夢の腹部が輝いているのではない。彼女の腹部にねじ込まれた魔理沙の拳が、彼女の拳に握られていた八卦炉が輝いているのであった。
魔理沙
「喰らえよ、受け止めろよ、その身に刻めよ、私の怒りを」
銀河「ビッグ・ノヴァ」
赤黒い魔力砲、それを覆う漆黒の魔力、
大気を震撼させ、下界の地形を変形させてしまうほど、強力なエネルギーを持つ超大なレーザーが至近距離で霊夢に放たれる。
霊夢は咄嗟に後ろに飛び退き、現時点で自分が張ることのできる最高クラスの結界を目の前に展開する。しかし魔理沙が放った渾身の魔術は霊夢の予想を遥かに超えるほど破壊力のあるもので、相殺することは叶わず、むしろ力負けして神社の境内に背中から勢いよく叩き付けられる。
霊夢
「ハァ、ハァ、ハァ......痛っ」
霊夢は背中から強く打ち付けられたため、立ち上がることもできない。彼女の額に流れる汗が神社の石畳に流れ落ちては染み込んでいく。
魔理沙
「さっきので片を付けるつもりだったんだが、殺し損ねたか。まあ、何にせよ、次で殺す」
魔理沙は再び八卦炉に魔力を注入しはじめる。
先程のビッグ・ノヴァを放ったことで大気中に分散していた魔粒子も回収する八卦炉にはより強くて大きな魔力が装填される。
恋符「マスタースパーク」
魔理沙
「これで終わりにしてやるよ、霊夢」
霊夢に向けられた八卦炉から放たれる光がより一層強くなり、ついに八卦炉から
極太のレーザーが霊夢に向けて放たれ
魔理沙
「ッ...!!!」
マスタースパークを放とうとした魔理沙の頬に一枚のお札が掠る。
霊夢が放った物ではない。彼女は魔理沙の視界の中にずっと入っていたし、なによりも今、彼女は反撃ができるほどの余裕はない。
ならば、誰がお札を?
魔理沙
「早苗か?いや、さっきの札は守矢の札ではない。確かに霊夢と同じ博麗の札だった」
魔理沙はお札が放たれた方向を見る。
それはちょうど、神社の縁側辺り、霊夢が最初に座っていた部分。
魔理沙
「......誰だ、お前」
赤と黒の巫女服。
少なくとも魔理沙の脳内のメモリーには存在しない顔。
彼女は迷いのない瞳で真っ直ぐと魔理沙を見つめていた。
彼女は惑いのない足踏みでしっかりとこの地に立っていた。
彼女は戸惑いのない意志でこの物語に参戦した。
そう、本来ならばBAD ENDになるはずの物語。
このままならば幻想郷は確実に闇に呑まれる道を辿るはずだった。
しかし幻想郷の運命に強引に岐路を作る者が現れる。
BAD ENDを知っているからこそ、HAPPY ENDを望む者。
彼女は、博麗 永夢。
霊夢の、次の代の博麗の巫女であった。
part02 殺意の星々 END...
お疲れ様でした。またよろしくおねがいします!!