婚約破棄? ならば現実を見せてあげますわ! ~王子side~
リクエストを恐れ多くもいただいてしまい、調子に乗って書き上げました。
前作より、長めになってしまったのはなぜだろう。あれですかね、乳の呪いかな・・・
『ゴホッ・・・ビでは・・・キョ、ではだめだ、バクで・・・ふふっ』
偉大であった祖父は、死の床につきながら、か細く最後の言葉をつぶやいて笑っていた。
命のろうそくが尽きようとするのをはっきりと自覚していながら笑える、胆力の持ち主であった。
『ジョジョ・・・よ、チャールズを支えてやってくれ・・・先に、行っているぞ、約束の地で・・・待っている・・・』
その祖父の最後の言葉は、枕元に立った息子である私の父へのものではなく、唯一の孫の私へとかけられたものでもなかった。
常に祖父のそばに立っていた老僕___ジョジョへ向けての言葉であった。
当時、私は12歳。
祖父をこの世で一番に敬愛していた。
祖父はこの国の領土を数倍に拡大した英雄であった。そして幼い父に権勢を譲った後は、数々の文化・芸術・食の守護者となり、国は豊かに成熟した。
祖父は、私を常に導いた。私に美とは何か、幸せとは何かを説き、同時に為政者として大切なことは何かを教えてくれた。
それから6年後・・・私は祖父の決めた公爵令嬢との婚約を破棄し、身分の低い男爵令嬢を妻にすることを自ら決めた。
それは国の為政者としては、愚かな失策だと人は言うだろう。
しかし私は為政者である前に、一人の信奉者なのだ。
心にただ一つ、信じるものがある。
それは偉大なる祖父が教えてくれた。
祖父亡き後、私は幾度もくじけそうになった。つらい時、意に反することをしなくてはならない時、熱にうなされる時。
私は祖父の教えにすがった。
人はどんなにつらい時でも、ただ一つ支えがあれば立ち向かえるのだ。
ゆえに、私は私の決断が祖父の意に反するものだとは思わなかった。
この胸にある指針は、常に天上を指し続ける。そしてその針は祖父が与えたものだからだ。
そう、美は乳にあり。
幸いは乳にあり。
為政者は常に高みを目指し続けるものだと。
それ(高み)は私の場合は、豊かさだった。
そのふくらみに目は吸い寄せられ、心は踊る。
その丸みに心は満たされ、口から甘美なため息が漏れる。
女神の美がそこにある。巨大で、圧倒的で、絶対的な神の美が。
私はその存在を現実で知ってしまった。おりしも17歳の夏だった。
■ ■ ■ ■
「チャールズ様、また芸術鑑賞をご希望ですか?」
口調は丁寧ながらも、底に批判の色をにじませて、祖父の老僕であった___そして現在は私専任の僕となったジョジョが答えた。
その日、私は『また』と言われることはわかってはいたものの、祖父の書斎を開ける鍵をジョジョに要求していた。
「祖父の意思は私が継ぐ。いいから鍵を出せ」
確かに、ここ3日程、立て続けに通い詰めている。
しかし、それも仕方がない、と私は自分に言い訳をする。
端的にいえば、私には癒しが足りなかった。
16歳から本格的に社交界へ出た私は、そこが予想以上に心身を苛む場所だということをつくづく思い知った。
私には祖父が決めた婚約者がいた。
名前はメアリ・レッドブラッド。公爵令嬢という地位にふさわしい振る舞い、美貌、知識、教養。すべてが王太子である私にふさわしい娘であると、周りから認識されていた。
だが、私には彼女が不満だった。
彼女は敬愛する祖父が決めてくれた婚約者だ。
祖父は私を可愛がってくれた。乳母を決め、傍付きを決め、婚約者を決めてくれた。
それはすべて私が「祖父の後を継ぐもの」と期待され、また私もその期待に応えた片りんを見せていたからだ。
私になんの不満があろう・・・本来ならば。
だが、彼女、メアリ・レッドブラッドは私の言葉を無視していた。
私は彼女にあまり学びすぎてほしくなかった。
私は彼女にあまり知識を詰め込んでほしくなかった。
私は彼女にあまり運動をしてほしくなかった。
それだけ聞けば、私はずいぶん狭量な婚約者に見えただろう。
事実、彼女も、また彼女の周りもそういう目で私を見ていることに気が付いていた。
私は『自分の能力より上回る優れた婚約者が気に食わない、器の小さい男』というわけだ。
だが、違うのだ。
私は声を大にして叫びたかった。
私は恨みがまし気な目線を隠そうとしないジョジョの手から無理に鍵を奪い取り、強引に祖父の書斎を開けた。
正面には黒い影となっている大きな机がある。詰め物ではち切れそうな椅子がある。
私は後ろ手に扉を閉め、内鍵をかける。端まで歩いていき、細い光を目当てに進み、カーテンを一気に両手で開けた。
世界は光で満ち溢れると・・・
そこは___天国だった。
天上の美があった。すばらしい花園だった。
壁という壁をほぼ埋め尽くすように飾られている無数の絵画。それは祖父が好んでいた神話の一説の場面であり、時には市井の人々の様子を描いたものであり、古くからの古典の一場面を切り取って描写されたものであった。
すなわち___世間の誰に見られても、堂々と鑑賞の言い訳の立つ、素晴らしき美術品。
裸婦画、である。
見よ、左手に描かれた豊満な女神たちの水浴びの様子。
その斜め上には、海の泡から現れた美の女神が、生まれたままの姿で嫣然と微笑んでいる。
月の女神は狩りの瞬間、藪に隠れながら天使とともにそのたわわな果実をさらしている。
貴族のピクニックの描写では楽し気に談笑する青年貴族の前で、娘たちが何もまとわずに花輪を投げている。
ああ、ここには美術本来の肉体的存在としての人間の表現を重んじる作品で満ち溢れている。
どれも人生に対して喜びがあふれている。
元来、絵画とは文字の読めぬ階級のものにも神の教義が理解できるように描かれたものだった。その昔、天井から差し込む光は、天国からの光となって、荘厳な宗教画を照らしたのだろう。
しかし、我が祖父ジェームズは、美を神と教会だけを称えるもの良しとせず、人間性を大切した。
祖父は自ら天上の美を、現世によみがえらせようとした芸術の信奉者であった。
祖父の手でここのすべての絵画は生み出されたといっても過言ではない。
実際に絵筆をとったのは祖父がその才能を見出した若き画家たちであったが、構図の指定や、絵画からあふれんばかりに伝わる豊かさへの称賛は祖父の指示であった。
私のお気に入りはその中でも一番たわわに実る果実を胸に宿した女神が海の泡の水面で仰向けに寝そべっている絵画だった。
金髪で、憂いを帯びながらも、けだるげな彼女の表情はその細い腕で半分隠されている。
空には天使が舞い、彼女の優雅なくびれと臍がさらされている。
その白い素足は細くたおやかでつま先はきゅっと上がっている。
一糸まとわぬ、その姿。
ああ、理想の美がここにある。
このような女神をわが手にできたならば、私はどんなに幸福だろう。
翻って、メアリ・レッドブラッドは学びすぎであった。
少女が豊かな果実を手にする思春期には、頭を使いすぎるとその栄養が果実に行かないというのに。
メアリ・レッドブラッドは知識を詰め込みすぎであった。
淑女が睡眠時間を削れば、豊かな果実には育たないというのに。
メアリ・レッドブラッドは運動をしすぎであった。
女性が過酷な運動量でやせていくのは、まずそこからだというのに。
私はため息をついた。
祖父は彼女の祖母も、母も、叔母も知っていた。知っているがゆえに彼女を私の婚約者と見込んだのだろう。
私が、生涯をともにする女性が『寂しく』ないようにと。
たしかに、彼女の胸は小さくない。どちらかと言えば、大きい部類に入る。
だが、最後に漏れ聞いた祖父の言葉がある。
「キョよりもバクである」
と。
そう、「巨(乳)よりも爆(乳)である」と。
それは、私にとって絶対正義、どんな文言よりも尊い言葉なのだ。
17歳の夏になる前まで、私はそれを我慢していた。
すべては国のため、祖父の後を継ぎ、偉大な為政者になるために。
しかし私は出会ってしまった。
エリザベス・ホワイトハート男爵令嬢・・・天上の女神がその身を地上へと窶した彼女に。
■ ■ ■ ■
彼女との出会いはそれまでに何度か定期的に開かれていた季節の実りを願うパーティでのことだった。
なぜ今まで私は彼女を見つけられなかったのだろうか。
私は一目で彼女に引き付けられた。
その、豊かさ、丸み、神が人を地につなぎとめるために天から降らせる重き力に負けぬ、奇跡を体現した姿に。
なんということだ!!
私は雷に打たれたようだった。
祖父の書斎で日々目に焼き付けていた女神が地上に現れたようだった。
めまいと感動とで、私の口の中は一瞬で干上がった。
彼女も私に気が付いたようだった。そっと彼女が近寄ってくる。
ああ、その圧倒的な質量をなんと表現すればよいのだろう。
言葉は神にささげるものだと、この国の神の教えにはあるものの、私はその不自由さに、自分という存在のちっぽけさを痛感した。
たわわな黄金の果実。女性がもつ優美さの最終形態。その揺れるさまは天上の調べとともにある。
たゆん、たゆん、いや、ちがうな。
ぷるん、ぷるん、いや、そんな軽いものではない。
そう、ずしん、ずしん・・・やや鈍いが、彼女の胸元の素晴らしさの貴重さをよく表しているような気がする。
輝いているのだ。その双丘が。
光は高いところほどよく反射して見える。立体的でないものも、そこに光を表す白を乗せれば、浮かび上がって見える。
ゆえに、彼女の豊満な美は、ほかの女性を圧倒する輝きを放っているのは道理である。
彼女に声をかけたことは覚えている。
おそらく、常日頃の過酷な社交界生活の中で、私のコミュニケーション能力は常時オートマティックに発動可能だったのだろう。
彼女の言葉の内容はほとんど頭に入ってこなかった。
ただ、彼女の美しさに、彼女の気高さに、私はおののいていた。
のちに彼女が男爵令嬢であることを、ほかでもないメアリが苦言とともに教えてきた。
彼女にしてみれば、自分より身分の劣る女性に私が積極的に声をかけたのが気に入らなかったのだろう。
身分の差というものを教養を持った回りくどい言い方でくどくど言ってきた。
しかし、私はそれをほとんど聞いていなかった。
そう、メアリを例えるならマクワウリだろう。
【ウリ科キュウリ属のつる性一年草、雌雄同株の植物。メロンの一変種で果実は食用する】
一方、エリザベスはまがうことなきメロンである。
いや、ひょっとしてスイカ?!
いやまさか、しかし、いやいや・・・
そして、私は再び彼女(豊穣の女神)に出会ったときに、そのメロンが実にスイカに似た大きさだと確信を深めるのだった。
■ ■ ■ ■
「メアリ・レッドブラッド、お前がこれまでエリザベスにした数々の非道、すべて証拠はそろっている!罪を認め、エリザベスに謝罪せよ!!」
ついにこの時が来た。
私は18歳になり、どうしようもなくエリザベスに焦がれていた。一刻も早く、彼女を自分のものにしたかった。
彼女の魅力は、当然ほかの男性にとっても抗いがたいものであり、結果、彼女の周りは蜜にたかろうとする不愉快な虫が多く存在していた。
一方、メアリは私にうるさく小言を言うようになり、どちらも非常に耐えがたかった。
何も考えないものは言うだろう。見せるくらいでは減らないじゃないかと。
それは本当に神から授けられた大切な存在を知らぬ者のたわごとだと思う。
彼女のふっくらした柔らかさは、見ているだけで伝わってしまうのだ。
さながら神が自ら捏ねた白パンのように、満ち足りた豊かさを思わせるのだ。
私はこれ以上、エリザベスの女神の美を、誰とも共有するつもりなどなかった。
この国では王は厳格な一夫一妻制を貫いている。
後継者争いをなくすために定められており、それは建国以来不変の掟である。
このままメアリが婚約者のままならば、私はエリザベスという至高の果実を他人に取られてしまうということになる。
だから、私はメアリへの罪をでっち上げた。いや、これは私が祖父のような偉大なる国父になるための取らねばならぬ手法なのだ。
為政者とは常に高みを目指すものなのだから。
しかし、マクワウリは反論してきた。
エリザベスに向かってセイラム伯爵邸での事件について尋問してくる。
その茶会でほとんどの令嬢が気絶したからといって、それがなんだというのだ。
言いがかりも甚だしい。
「いいかげんに、無駄な難癖などやめるがいい、見苦しいぞ、メアリ・レッドブラッド!」
私はエリザベスを庇い、前に出る。
「チャールズ王子、私はもはや貴方の婚約者ではございません。しかし、公爵家の人間です。王族の方へ偽りを白日のもとへとさらすのも、また義務でしょう」
そう呟くと、メアリは胸元から小さなナイフを取り出した。
馬鹿な、嫉妬で気がふれたか!?
エリザベスが、見ていた周りの者が、悲鳴を上げた。
そしてメアリは彼女に向かって、ナイフを振るう___
止めようとした私の手はエリザベスに届かず___
ぱっと、いくつもの花びらが舞う。
エリザベスの胸元から、大輪の花びらが・・・
そして、ぽとん、と落ちたその花弁に…
「え…?」
誰かのつぶやきがこぼれた。
いや、それは私の口から出たつぶやきだったのだろう。
不意に何もかもが色あせ、遠く感じる・・・
私の目は肌色の花弁に縫い止められていた。
なんなんだ、この物体は。
そして、ゆっくりとエリザベスにむかって視線を上げた。
大量の肌色の花弁を床に散らし、胸元を抑えた彼女の腕の奥には・・・
なにも、なかった。
「・・・ナン(無発酵パン)、だと・・・?」
私は、目の前の状況が分からなかった。
いや、脳が考えることを拒否しようとしていた。
だが、そこにはまがうことなき現実が、あった。
神は・・・死んだ!!!!!!!!
ああ、すべての音が遠い。
会場の端から老僕ジョジョが走り寄ってくるのが見えた。
勇猛で名高い、祖父の盟友であったキンバリー将軍がエリザベスに上着をかけているところが見えた。
そして、メアリが。
「ざまあ」
と、耳には聞こえねど、はっきりと口を動かしているのが見えた。
いや、それは幻覚だったのだろうか。どこからどこまでが現実なのかわからない。
私は困惑の渦の中にいた。
ジョジョが私の手を引き・・・祖父の書斎へと引っ張っていくまで。
■ ■ ■ ■
「故ジェームズ様の最後のお言葉をチャールズ様はご存じないでしょうが・・・」
ジョジョはいくつものろうそくに火をともしながら、ゆったりと語り始めた。
祖父の最後の言葉・・・
なんだっただろうか。
「巨ではだめだ・・・爆であれ、だったか」
私はつぶやいて、一層惨めな気持ちになった。
巨乳も、爆乳も、私の手には残らない。
私のつぶやきにジョジョはああ、とうなずいた。
「あの最後のお言葉は、恐れ多くも私に向けてのお言葉でしたから、ほかの方には聞こえなかったのでしょう・・・ジェームズ様の最後のお言葉は『微ではだめだ、虚ではだめだ、莫でもだめだ』でした。若き頃の、戯れ言葉でございます。
私は、ジェームズ様があくなき美乳を求めて隣国との戦いに明け暮れていた頃に拾われたのですが、その時から乳への表現の追及者として、ともに理想を求めてまいりました。乳には美がつき、また微がつくこともある、というのが当時のあの方の鉄板ジョークでしたな。乳には巨がつき、また虚がつくこともある。乳には爆がつき、また莫(ものさびしいさま。はてしなく広いさま。 「 索莫 ・落莫 」)がつくと。
そう、ジェームズ様は偉大なる探究者でした。決してこの世にはありえないと、わかっていながらも、死の瞬間ですら、決して諦めなかった」
ジョジョは灯を一つ掲げ、壁の隅の小さな絵画を照らした。
「『窓辺の乳』、これは私が発案して、ジェームズ様が描かせた初期の一点です。若き娘が窓辺に生乳を持たせかけて眠っている・・・現実にはあり得ないことです。けれど、描くことはできる。手に取ることは出来ねども、見ることはできる」
そしてジョジョは、しっかりと私に視線を合わせてきた。
彼の立場ならば不敬罪として罰せられるであろう。
しかし、今、この書斎にはたった二人しかいなかった。
偉大なる祖父とともに常に戦ってきた美への挑戦者と、いまだ偽りと真実も見抜けぬ愚か者と。
「チャールズ様、あなた様はまだお若い。失敗したとて、それがなんでしょう。探究者の道に終わりはなく、天上の美は逃げることはないのです。我々はただ目をつぶれば・・・見えるはずです。女神の慈悲が」
その言葉を聞いた瞬間は、何も感じなかった。
だが、次第にじわじわと沸き起こる熱を覚えた。ああ、なんということだろう。壁に掛けられたすべての女神が微笑んでいる!
その果実が揺れている!
甘い香りが、ほのかな熱が、しっとりした潤いが感じられるではないか!
気が付けば、私は滂沱の涙を流していた。
はぐれた幼子が、母の安らかな胸にようやく包まれた時のようであった。
私は確かに愚かだったのだろう。一時たりとも揺れもしない乳に、揺れを感じた。重みのない乳に、弾力を感じた。
人は、こうあってほしいと願うあまりにつらい現実から目をそむけてしまう。
しかし私はもう、迷わない。
「ジョジョよ、どうか、これからも私を導いてくれ。私は御爺様の遺志を継ぎ、迷わぬ探究者となってみせる。諦めはしない。手に取ることはないかもしれない。本当の勝利はないかもしれない。しかし、求め続ける!この命ある限り!」
ジョジョは、ゆっくりと、うなずいてくれた。
私はもう一度、明かりに浮かぶ女神たちの美に誓いを立て、跪いて祈りをささげた。
読んでいただき、ありがとうございました。