双海佳奈からみた彼 2
佳奈視点はひとまず区切ろうかと考えています。
高校二年目は光のように過ぎ、季節は六月に入った。毎日のように降る雨が鬱陶しい。
この時期になると、二回目のテストである中間考査が近くなってくることもあり、話題もそれを中心としたものが多くなってくる。絶好のはなす口実を見つけたかのように「双海~勉強おせ~て~」等と話しかけてくる男子が雨以上に鬱陶しい。
毎日毎日同じような誘い文句を使い、放課後勉強会と言う名の合コンに誘われるので、クラスメイトは高度な言語理解能力を持つロボット説が有力な説になってきた。
……私の仮面がそろそろヤバイ
暇を見つけては私をかまって、HPドレインしてくる女と、無遠慮で不躾なクラスメイトと雨のトリプルパンチで私の鉄仮面にはヒビが入り出した。
厄介事から逃れるために大和撫子風女子を演じて来たわけだが、流石に疲れた。味方になっても敵になっても害しかなさないとか人間は妖精さんか何かでしょうか。
「佳奈。本返すわ、ありがとうか!お前が勧めるだけあって超面白かったわ!」
今まで周りで熱心に行われていた会話劇を適当に相槌していたら、茶髪のチャラチャラした男から本を返された。……本なんて貸してたっけ
あ、あぁ…貸してましたね……。五月末、薺にからまれて昼休みまで寝ていた日に、しつこく絡まれたから、「この本を読むと私の気持ちがわかるかもしれませんよ」とか付け加えて貸した覚えが微かにあった。
この男は私が本を貸した事に喜んだだけで、本の内容なんて100%理解してないだろうが。
「何処が面白かった?」
「最後よだかが死ぬ所。こいつはバカだと面白かったよ」
「ふーん。そういう見方もできるんだ。面白い意見をありがとう!」
「お、おう……あ…のさ。また本貸してくれない?」
「ん。どうして?」
「いやさ。俺本に目覚めちゃってさ」
「それなら図書室で本でも借りたら?そっちの方が私に借りるよりいいと思うよ?」
今のは少し毒を吐きすぎただろうか。
現に固まってしまっている。心の中で「……はぁ」と嘆息して「冗談だよ!また明日持ってくるね!」と返すと気持ち悪く笑いながら威勢だけはいい返事を返された。単純。
よだかの死に様が面白い…ね。
そう感じたことの無い私には、彼等の思考はやはり普通の思考では無いとしか思えなかった。マリオネット説も新たな学説として加えておこう。
テストが近いだけあって、授業も力が入っていた。黒板に書かれる文字量も増えてきて、ノートとりがひたすらにたいへん。
横の席ではいつものように授業中に爆睡しているハシビロコウさんがいる。テストは大丈夫なのだろうか。
結局七限の授業全て終わるまでにハシビロコウさんは七回怒られていた。空返事で答えていたので多分、怒られながらも意識は飛ばしていたのだろう。そう考えて、少し笑った。
HRが終わり、日直の男子の雑な挨拶が終わると、憂鬱な放課後だ。いつもなら早く帰ろうとすると、数名の男子に普段は考えられないような速度で回り込まれてしまう。アイエエエ!?
だが今日は違った。普段話しかけてくるチャラ男三人衆が教室にいなかったのだ。
あ、部活動禁止週間か
一応運動部に所属していたあの三人組は、部活がある時に限って始まるまではしつこく話し掛けてきたのだ。
そこまで考えたところで一つ疑問が沸いた。
何故放課後に予定が無いであろうに、私に話し掛けてこなかったのだろう?
部活がないことをいいことに最終下校時刻まで絡まれても可笑しくはなかった。
少し嫌な予感がした。
チラリとハシビロコウさんの机を見る。机の横には鞄が所在無さげにかけてあった。きっと図書室にでも行ったのだろう。仮にチャラ男達が図書室に行っていたとして、そこであの三人組と鉢合わせしたら……。
「それはそれで面白いことになるかも知れない」
つい、思考が口から漏れてしまう。
居ても立ってもいられなくなり、私は教室から飛び出した。
「佳奈ちゃん。貴女はやっぱり私と同じだよ」
ドアの影からの愉悦を孕んだ声は私には聞こえなかった。
図書室の前に着くと、一旦身を潜めた。図書室の中から話し声が漏れていたからだ。
ビンゴ!
心が踊る。中でどんな修羅場がハシビロコウさんに待ち構えていたのか。不干渉を貫いてきた彼が干渉されてどんな反応をするのか。
それを考えると頬が上気した。
数分ののちドアが開いた。
つんのめるように、予想した通りハシビロコウさんが出てくる。
その直後に聞こえたげせんな笑い声から、やはりチャラ男三人衆と遭遇したらしい。
心ではハシビロコウさんの不幸を嘆くも、口元がにやついていることを私は気付いていない。
そこまで見た所で帰れば良かったのに、後悔と行き場の無い憎しみに悶えるハシビロコウさんを見ると、胸がドクンと大きく高鳴った。
ほぼ、衝動的に影から飛び出す。
「フフフ……君はなんて顔してるの……っ」
本能の赴くまま声を掛ける。
ビクンと肩を震わせ、声で私だと気付くも、なかなか顔を上げられない姿に心はいっそうたぎる。
話しただけでこんな反応してくれるならもっと早くそうするべきだった…!
自分の顔は見えないが、これまでの人生で類を見ない程の卑しい顔をしているのだろう。
構うものか。こんな面白いものを前に仮面など知ったことか。
「普段の君の顔も面白かったけど、今の君の顔はさいっっっこうに面白いよ……!」
自分が話している声、言葉には思えなかった。
誰か違う人が私の体を乗っ取っている。そんな感覚。
滝のように言葉だけが溢れた。
「知ってるとは思うけど…私は双海佳奈宜しくね。ハシビロコウさん」
これが私と彼が体験する青春と言うには歪で、歪んでしまった群像劇の始まりだった。