一条優輝から見た彼女 1
ショートショートの作品で、不定期投稿になりますが。感想など頂けると幸いです。
誰もがきっと違うモノに憧れを抱く。
アイドル・スポーツ選手・パイロット・漫画家・町のケーキ屋さん……。
それは種として当然のことなのだろうと思う。
生活環境、人間関係、人生経験、それら全てを形作る何かに辟易とし、自らを取り巻く全てから逃避したくなる。
他でもない俺、一条優輝はそう思っている。
勿論、最初からこんな考えには思い至った訳ではない。だが、集団生活というものに溶け込めず、異端者の良き例となることばかりの人生を送ると、自ずとそういう考えに至る。
自らの格好を憎み、イケメンがいたら妬み、美少女がいたら頭の中で憶千ものラブロマンスを繰り広げる。ただ、そんな意味もないことの繰り返し。地球の自転レベルの堂々巡り。
いや、うるう年がある分、地球の方が俺よりも高度な思考能力を持ってるらしい。
そんな俺の人生を簡潔に語るなら『不毛』という言葉がしっくりくるだろう。それ位にはつまらない人生を送ってきた。
かの文豪。太宰治の名作『人間失格』ではこのような文がある。
ーーー恥の多い人生を送ってまいりました。
少なくともこの物語の主人公は自らの人生を恥だと断じる程度には優秀なおつむをしている。
では、俺は?俺はこんな人生であったのに、それを一度も後悔はしていなかった。
それなりには楽しかったのだ。
異端者も異端者なりに友達はいたし、遊びにもでかけた。誕生日を親から祝ってもらったりもした。その点では凡庸な人生を送ってきたのだ。
では、何故俺は違うモノに憧れるのか。
少なくとも、際限無き幸福の探求者とかでは無い。
きっと俺は、太宰が眼にも止めなかったモノだったのだ。
自分の立場を弁えず上を見すぎて足元が空っぽな小心者だったのだろう。
「一条。集中しろ。テスト前だぞ何をボケッとしている」
教卓の上から叱咤が飛んできた。
どうやら、意味の無い事を考えているうちに怒られるくらいには馬鹿な顔をしていたらしい。
とりあえず、見た目だけは体裁を整えるために、筆箱にしまってあったシャーペンを取り出すと、ちらりと横を見る。
そこには相変わらず屹然とした姿でノートを取っている少女がいる。その横顔に、垂れた髪を直す仕草につい口を開いて固まってしまう。
人は変われない。でも、憧れを覚えることは自由にできる。
だから今だけはーーーー無相応な恋に夢を見てしまってもいいのだろう。
きっと、それ位なら彼女も許してくれるさ。
俺は再び思考を授業から切り離した。
彼女は所謂『クラスの人気者』だった。
容姿端麗な上に社交的で愛想がよく、勉強もできる。運動は苦手なようだが、それも彼女が愛される要因と昇華している。
「ねぇねぇ。双海さんは次の休み暇?」
「双海さん宿題教えて!」
「佳奈。本返すは、ありがとうな!お前が薦めるだけあるわ!すっげぇ面白かった」
休み時間には、少し耳を傾けるだけでそんな会話が聞こえてくる。
因みに今、本を返したちゃらけた奴は、絶対本を読んでない(確信)ああいう手合いは話したい口実作りのためだけに、本を借りたりするのだ。ほら、話を振られて困っている。
それにしても……ほぅ【よだかの星】か。中々渋い本を読む。
久しぶりに読みたくなった。昼休みにでも図書室で借りよう。これくらいの接点は作りたい。あわよくば彼女なら同じ本を読んでると「えっ、一条君も読んでるんだ!」みたいに声をかけてくれるかもしれないしね!
……我ながら気持ち悪い幻想だと思う。
よだかの星は一体どんな話だったのだろうか。ストーリーはほとんど頭から抜け落ちてしまった。でも、最後よだかは、生きることに絶望して死んでしまう事だけは覚えている。
彼女はーーーーーどうしてこの本を薦めたのだろう?