表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/84

ヤモリ

 我に帰ると、手元の花は輝きを喪い、ケイの手中に納まっていた。――あれは、夢だろうか?


「大丈夫?」


 花子が近付いて来て、心配そうに顔を覗き込んでいる。


「リーズンの一部にに触れたのね」


 それがさっきの映像と関係あるのなら、そうだと答えればいいのだろうか。あれは、記憶の切れ端のようなものかもしれない。――でも、ハッキリ思い出せない。

 頭を抱えるケイに向かって、花子が言った。


「大丈夫。少しずつがいいのよ。焦ってはだめ。薬草を手に入れたのね。私もよ。早く先生のところに戻りましょう」


 ケイは頷いた。

 二人は足早に坂を下り、モグラの診療所を目指す。布袋には数本の薬草が入っている。花子はそれを大切そうに抱き抱え、不安そうな顔でキョロキョロしながらケイの後を着いてくる。きっとヤモリを気にしているのだろう。

 ガサリ、と草むらが揺れた。ケイは身構えた。どんよりとした嫌な気配が流れ込んでくる。花子は顔を真っ青にしてカタカタと震えている。ケイは両手を広げて腰を落とすと、草むらを睨み付けた。


「ヒヒヒ。どうした蛇。今日は紳士と一緒じゃないか」


 そろりと姿を現したのは、人間の形をした生き物だった。ただその顔は爬虫類によく似ていて、茶色い尻尾が生えている。よく見ると腕も脚も、服から覗いている皮膚も尻尾と同じ色をしていた。


「いいご身分だね、お嬢さん」


 ニヤリとした彼の口許から、赤い舌がチョロリと見え隠れする。花子は俯いて、目を合わせようとしない。


「その袋は何だ?」


 花子はギュッと、布袋を抱き抱える力を強めた。

 その爬虫類男が、花子が恐れるヤモリだった。


「ははぁん、いいものを持ってるな。そいつは俺の大好物だ。蛇よ、そいつを寄越しな。さもないと、また鉄の棒の熱いやつをその綺麗な緑の皮に押し当ててやるぜ」


 ヤモリがニヤニヤしながら袋を指差した。花子は縮こまり、動かない。愉しそうにヤモリはそれを眺めている。そして、ケイに向かって偉そうに言った。


「お前さんもお気の毒だな。あんまりその蛇と仲良くすると、移るぜ。病気が。身体中凸凹でこぼこになって、ただれたり、なくなったり、引っ付いたり、気持ち悪いことになるぜ。そいつが持ってるバイ菌は……」


「移らない」


 ケイがはっきりと言った。


「花子はもう治ってるし、この病気は簡単には移らない」


 澄んだ声と確信をもった眼差しだった。それに対しヤモリはばつが悪そうにした。しかし直ぐに開き直ってゲラゲラと笑い出す。


「お似合いじゃねぇか、蛇よ。擦り傷だらけの木偶(でく)の坊と、浮腫だらけの蛇女。どっちつかずな二人組だ。くっくっくっ」


 ケイは、腹の底に激しい怒りが沸き起こるのを感じた。


「さあ、早く渡すんだ、蛇よ。でないとまた閉じ込めて、痛め付けてやる」

「いや……」


 花子は身をよじって逃げようとしている。


「お前が人間だった頃は、それはいい女だったぜ。毎日気持ちよくしてくれたよなぁ。愉しませてくれたじゃないか。女王蜂の元へ連れて行かれ、嫉妬した彼女に半分蛇にされちまってからというもの、お前は見るも無惨な姿になっちまった。折角モグラに病気を治して貰ったのに、残念だ。また俺んとこ来いよ。たっぷり可愛がってやるぜ。首に紐でも着けて、色んな生き物と交わらせてやるよ。永遠に」


 花子は悲鳴に近い声を上げた。ケイは気が付くと勢いよくヤモリに掴み掛かっていた。ヤモリは冷や汗を垂らしながら、たじろいでいる。


「そうやって、花子を傷付けたのか」


 絞り出すような声でケイはヤモリに問い掛けた。ヤモリは首を横に降る。


「お、俺のせいじゃない。そ、そいつは元々そういう運命なのさ。そ、そしてここでリーズンを探しているんだ」


 もうやめて、と花子のか細い声が聞こえてくるが、ケイは自分を止められなくなっていた。


「お前のような、お前のような馬鹿がいるから、みんな苦しまなきゃならないんだ」


 ケイの腕に力が入る。手がヤモリの頸部に移動していく。殺してしまいそうだとケイは思う。しかし、恐れは感じない。


「お、俺のせいじゃない。女王蜂のところにこいつを連れて行った奴が、わ、悪いんだ」


「誰が連れて行った?」


 ヤモリはいい辛そうに口を尖らせると、顔を背けた。


「誰が連れて行ったんだ!」


「お、俺じゃない」


「人のせいにするなよ!」


「お、俺は悪くない。お、俺だってヤモリにされた」


「ヤモリに?」


 一瞬の隙を突いて、ヤモリはスルリと逃げ出した。あっ、とケイは小さく叫んだ。


「詳しいことはモグラに聞きな。老いぼれなら何だって教えてくれるぜ。――一番悪いのは猫さ。気紛れで、残酷で、紳士ぶっている奴だ。あいつのせいで何人も女王蜂に苦しめられているのさ。あいつは女王蜂の手下だ。お前さんも下手にリーズンなんか探さずに、気楽にこの世界を生きたほうがいいぜ」


いつのまに登ったのか、ヤモリは木の上にいる。


「蛇。今日は見逃してやるぜ。面白いものを見付けたからな。ヒヒヒ。早くその凸凹を治して、一緒に遊ぼうぜ。モグラにもよろしく言っといてくれよ」


そう吐き捨てると、ヤモリは闇の中に消えて行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ