襲撃
奇妙な鳥のギャー、という鳴き声が森に響き渡り、嫌な温度の風が吹いている。
小人達は素早く村を解体し、最小限に荷物を纏めて、旅立つ準備を済ました。そしてごそごそと一ヶ所に集まっている。不安な顔をしている者、諦めている者、取り分け子供達は、新たなる世界に期待を抱いているようだ。
集団から外れた所に、ケイとグイデと花子はいた。
固く握手を交わし、進む方角を確認する。小人達とケイは、全くの反対へ進むことにした。
「気を付けてね」
花子が言った。
「うん、色々とありがとう」
ケイは笑顔で応える。
「花子のことは心配しなくて大丈夫さ。もう我々の仲間だから」
グイデがケイの瞳を見詰めながら言い、ケイは頷く。
「沢山お世話になりました。グイデ、ありがとう」
「必ず橋に辿り着くんだ」
ケイとグイデは抱き合い、別れを言った。
向こうの方から仲間が読んだので、グイデは手を翳して返事をした。花子とグイデは、目を合わせて頷く。もう、行かなくてはいけない。
「ケイ、あなたを決して忘れない」
そう言うと、花子はケイの傍に寄り添い、頬に口付けた。不安と寂しさの入り雑じった心が、柔らかく解れていく。ケイは花子の手を取り、握り締めた。
「さあ、行こう。時間だ」
グイデが花子に言う。ケイも頷き、二人の背中を見送ろうと、一歩後ろに引いた。
その時。
バキバキバキ。
背後の森の木が斬り倒される音が響き渡った。小人達は、叫び、散り散りになる。
慌ててケイが後ろを振り向くと、予想外のものが目に飛び込んだ。
全身の血が逆流するような気分の悪さを覚え、吐き気を催す。
花子が余りの恐怖に気を失った。グイデが何とか小さな体で支えている。
「お前は――」
ケイは腹のそこから怒声を絞り出した。その目線の先にいたのは、あの、地獄の使者だった。
巨大な戦車を従え、その上に立った男は白衣を翻し、得意気にケイを見下ろしている。
「またお会いしましたね」
男が能面の下でニヤリと笑う。
「まさか坊やがこんなところにいるとは。さあ、蛇女をこちらに渡して頂こうかね」
グイデがキッとそう言った男を睨み付けた。
「ほほう。貴方はアルビノ患者か。高く売れるぞ。しかも小人じゃないか。蛇め、こんなところに逃げ込んでいたのか」
苦虫を噛み潰すように男は顔を歪め、グイデをにらみ返す。
「可愛がってやったのに、私のトンネルを利用して逃げるなど、言語道断。許せんと思ったが、こんなに素晴らしいお宝に巡り合わせてくれるとは。いやはや。捨てたものではないな」
男がそっと能面を外す。
ケイは、その下に隠された顔を見て、時間が止まるような錯覚をした。
――嘘だろ。
茶色い毛がはみ出している。それは、人間のものではない。ケイは、その顔を知っていた。自分を救ってくれた、あいつだった。まさか。まさかそんなことが……。脚の力が抜け、地面に倒れ込みそうになる。何とか踏み締め、立て直すが、ケイは愕然としていた。
「久しぶりじゃのう、少年」
モグラが歯を見せ、ニヤニヤと笑っている。
ケイは、あの地下で見た地獄を思い出し、くらくらと目眩がした。まさか、あの白衣の男の正体がモグラだったなんて。どうして今まで見抜けなかったのだろう。
「花子を助けたのでは……」
モグラはせせら笑う。
「ワシの大切なペットなんじゃ。爬虫類は可愛いんじゃよ。なのに、こんな怪しからん脚など与えおって」
そしてプンプンと怒った。
「さあ、小人もろとも連れて帰ろう。少年、折角逃がしてやったのに、油を売ってばかりいるからこうなるんじゃよ。お前もついでに連れて帰って、オモチャにするとしようかの」
ケイは花子とグイデの元に駆け寄った。グイデはガタガタ震えている。
「どこかに白い光はないかい」
小声でケイがグイデに訊ねる。
「長老なら、何とか出来るかもしれない」
ケイは長老を探したが、皆逃げてしまい、小人は見付からない。
モグラが戦車に乗り込む。ウオーン、と大きな音が鳴り、巨大な虫取り網が車体から飛び出てきた。
ケイ達の頭の上に、勢いよく降り下ろされる。ケイは二人を突き飛ばし、何とか自分も転がり、逃れる。
ガサッ、と、網は草むらを捕らえた。
「あれ? おかしいな」
モグラはもう一度操縦し直す。再びウオーン、と機械音が響いた。戦車はケイに狙いを定める。
「先に坊やから始末するとしよう」
網が一気に引き上げられ、ケイの頭上に素早く移動した。
さっきので、脚を挫いてしまったらしく、ケイは思うように動けない。網は素早く降り下ろされた。
ガサッ。
草むらを捕らえる。ケイはまた何とか転がって避ける。
「くっそう、後少しじゃ。待っておれ」
猫は、モグラを悪くない奴と言っていた。モグラは、本当の悪は別にあるのだと訴えた。しかし今、ケイにとって、それはどうでもいいことだった。悪は、自らの心が生み出すもの。誰のせいでもない。また、悪だけではなく、善も同じで、全ては自分の中にある。見る角度で全て変化するのだ。ケイは肩を上下させ、荒い息をしながら考えた。
転んだ勢いでブーツが脱げてしまった。体が嘘のようにずっしりと重くなる。
もう駄目だ。次は捕まってしまう――。ケイは覚悟を決め、戦車を睨み付けた。捕まったっていい。必ず逃げ出してやると、その思いを視線でぶつける。
網が勢い良く降り下ろされ、風が起きた。
ガチーン。
鈍い音がして、場が静まり返る。
捕まっていないことに気が付き、ケイはホッとした。見上げると網の柄の部分はネジ曲がり、使い物にならなくなっている。モグラはわなわなと怒りに震え、何やら叫んでいる。グイデはその隙に、花子を抱えて藪の中に身を隠した。
何が起きたのかと、ケイは重い頭を持ち上げ、辺りを見回す。 ゆっくりと、一人の男が近付いてくる。拳銃を構えている。どうやら、弾が当たったせいで虫取り網は破壊されたようだ。
男はケイに近付き、肩を貸した。そして予め拾ったブーツを履かせると、
「借りは返した」
そう呟いた。




