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穂花の恋

 向日葵が窓の外の太陽に向かって咲く姿を、穂花はぼんやりと見詰めていた。

 慧がICUから出てきて以来、穂花は毎日のように通っている。出来ることは殆どないけれど、花瓶の水かえと、手足を軽くマッサージしながら近況を話すことは欠かさずしている。いつか目を醒ましてくれるのではないかと、願いを込めるその手は、温かく、柔らかい。


「お、染谷さん、今日も来てくれてたのか」


 祐治が入口を開きながら穂花を見付け、申し訳なさそうに言った。


「おはようございます。今日は休みだから、バイト前に来ようと思って。花瓶の水、新しくしておきました」


 ありがとう、と言い、祐治は窓際の丸椅子に腰掛けた。


「すっかり暑くなりましたね」


 穂花は祐治の方に向きを変え、空を見ながら言う。


「ほんとに。参っちゃうよな」


 汗をハンカチで拭いながら答えた祐治の目の形が、とても慧に似ている。年を取ったらこんなふうになるのかと、穂花は想像した。

 二人とも、ぼんやりとしている。それは夏の暑さのせいでもあり、目の前の少年に思いを馳せる時間でもあった。沈黙を共有することで、その存在が心の中で動き、話し、育っていく。

 ふと、祐治が言った。


「染谷さん、いつも本当にありがとう」


 穂花はハッと我に帰る。


「私はなにも……」


 祐治は穏やかに続けた。


「もっと、色んな事を楽しんでくれたらいいんだよ。今、一番楽しい年頃なんだから」


 一瞬何を言われているか飲み込めず、言葉が出なかったが、穂花はその意味を理解した。胸がドキドキと鼓動を早めた。


「おじさん、気を遣って下さって、ありがとうございます」


 穂花がぺこりと頭を下げる。そして顔を上げると、頬を紅く染めながら、はっきりと言った。


「おじさん、私、中学に入った時から宮本くんを見てました。こんなに素敵な人は、世の中に他にいません。お情けじゃなく、私は宮本くんの傍にいたいんです。だから、私の気のすむまで、こうさせて下さい。お願いします」


 祐治の目がみるみるうちに赤くなり、じんをりと涙が浮かんでいく。分かった、ありがとう、と、小さいがしっかりとした声で穂花に伝えた。穂花は嬉しそうに笑みを満面の浮かべる。


「おい、慧。早く目を覚ませ。お前は世界で一番の幸せ者だぞ」


 祐治はベッドの傍らに移動し、慧の頭を撫でて言った。

 窓の外の青空に、積乱雲がどっしりと構えている。つくつつぼうしがなく前に声が聞けるだろうかと、穂花は目を閉じ、慧の呼吸に耳を澄ました。

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