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憎んでいるわけではない

「慧、父さん、あの人を許そうと思う」


 宮本祐治はベッドの中酸素マスクを付けられて何とか呼吸をしている息子に向かって呟いた。

 一時は危なかったが何とか命を取り留め、再び眠りっぱなしになっている。もう後は本人の生命力にかけましょうと、担当医は言った。

 夏が近付いている。すっかり日が長くなり、もうすぐ午後七時が来るというのにまだまだ明るい。今日は珍しく晴れている。梅雨も終わりに差し掛かっているようだ。とは言え、湿気のせいで蒸し暑いのが、どうにも応える。もう少しすれば向日葵が出回るだろうから、また飾ってやろうと祐治は思う。

 先日、高村龍太から手紙が届いた。中々封を切れず、台所のテーブルに置いたままにしていた。けれど、咲子に叱られそうな気がして、思い切って読むことにした。届いてから一ヶ月も経っていた。


「あの人な、凄く真面目に働いて、毎月お金を送ってくれてるんだよ。肉体労働は大変だろうな」


 祐治は慧の腕を揉み始めた。


「お前に会いたいそうだ。来て貰ってもいいか?」


 スースーと、静かな呼吸音が病室に響く。当然、返事はない。


「母さんも鈴も死んでしまって、お前はこんな姿になって……。父さんな、憎んでる訳じゃないんだ」


 ゆっくりと太陽は落ちていく。二人の間に、取り戻せない時間が流れ、消えていく。


「ただな、父さん、悔しいんだ……。お前たち、死ななきゃいけないほど悪いことしてないだろう? なのに……」


 祐治は言葉に詰まった。

 深呼吸をして、自らを落ち着かせる。


「どんな顔して会えばいいか、分かんないよな」


 それきり、沈黙に身を包んだ。

 息子は今日も目覚めることはなかった。

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