答え
「あの子達の母親は、どこにいるの?」
ケイはグイデに訊ねた。
グイデは少しの間腕組みをして悩み、やがてこう答えた。
「それは、分からないこと」
ケイが小人の村で暮らしはじめてから、恐らくもうすぐ一年になろうとしていた。しかしここでは誰も日付に縛られていないので、正確にはどうなのか分からない。
「僕も、母に会ってみたい……」
ケイが呟くと、グイデは語り始めた。
「この世界は、そもそも母なる存在に包まれているようなもの。目を閉じて感じてみればいいさ。すぐそばに母はいる」
ケイはそっと目を閉じてみたが、そんな気配は感じることが出来なかった。
「グイデ!大変だよ!」
家の入り口から中年男性の小人が飛び込んできた。そのただならぬ表情は、これから恐ろしいことが起きるのを物語っている。
グイデとケイは思わず立ち上がり、男に歩み寄った。
「近々、黒の襲撃がやって来るという噂が流れている。元々白だった奴の情報だから間違いないと思う。一刻も早く村を移動せねば、また誰か殺されちまう」
ゼェゼェと男は息を切らせ、カタカタと体を震わせている。
グイデは直ぐ様集まりを開くと言って、小屋を出て行った。
ケイは男を背負って家に返し、花子の元へと急いだ。
「そんな……」
花子は顔を青くして驚いた。
恐らくこれから、村を解体し、森の奥深くへ新たな居場所を求めて移動することになる。盲目の自分が付いて行くには、辛いかもしれないと不安になった。
しかし花子は、ケイの手を握り締め、言った。
「あなたは、行くべき場所へ行かないと」
ケイはキョトンとした。
「私は大丈夫。みんなと共に、逃げるわ。あなたは来ては駄目。奥に行けば、更にリーズンから遠ざかってしまう」
花子のため、ずっとここにいると決めたのに。
ケイは動揺を隠せず、握られた手を振りほどいた。
「何言ってるんだ。僕がいなくちゃ、君は見えないじゃないか」
花子は微笑み、悲しそうに笑う。
「私が選んだのよ。だから、心配しないで。あなたはここにいるべき人ではない。早く、リーズンに会って。――私も甘えていたの。ごめんなさい。あなたの傍にいると、本当に心が安らいだの。だけどもう、限り無く時間がないわ。ね。私は大丈夫だから。優しいケイ。どうかリーズンの元へと……」
花子は涙を流し、ケイに背を向けた。それは拒絶にも思え、ケイはふらふらと外へ出た。
美しい景色に目をやる。とても居心地のいい、この村。温かい暮らし。素敵な小人達。
「もう、リーズンなんて、どうだっていいのに……」
ケイは泉の畔に踞り、項垂れた。悲しみが込み上げ、啜り泣く。
温かい小さな手が、ケイの肩に触れた。
「もう、答えを出すには充分だ」
それがグイデのものだと分かると、ケイは余計に顔を上げられなくなった。
「僕、ここが大好きなんだ」
グイデはポンポンと、まるで赤ちゃんにするようにケイの背を摩る。
「おとぎ話をしてあげよう」
サア、とそよ風が通り抜けた。森の香りがフワリと鼻をくすぐる。
「猫はとっても気紛れなのさ。だから、彼は、どこからか勝手に表れ、勝手にいなくなった。だからご主人は知らなかった。彼がどんなにご主人のことを好きだったのか」
いつの間にか花子も現れ、ケイの傍らに腰を下ろす。
「猫は、化けることができる。ある時は紳士になり、ある時はお客に成りすます。それは全部ご主人を助けるため。何故なら猫は、恩返しをする生き物なのさ」
ケイの脳裏に、猫が姿を現した。彼はニヤリと笑っている。
「猫は、どうも格好を付けたがる。だから、醜い所はご主人に見せたくないのさ。だから死期を悟ると、ふらりとどこかへ行ってしまうのさ」
ケイは涙が止まらなくなった。どうしようもなく彼に会いたくなった。憎たらしくて、考えが読めない奴だけど、彼はいつも味方だった。ケイを助けるため、姿形を変え、いつも傍にいたのだ。
「ケイ、猫はあなたを待ってるわ。私なんかより、よっぽどあなたを必要としている」
花子が微笑んでそう言った。
「さあ、答えは出たようだね。村は今夜の闇に紛れて移動する。ケイはそのブーツがあるから大丈夫だ。必ず、導いてくれるさ。同じ時刻に、月に向かって進むんだ。必ず、橋に辿り着くさ」
ケイはそれでも迷った。花子の顔を見ると、胸が痛んだ。
「花子はみんなで守るから心配ない。ケイ、今まで私達の為に、ありがとう。村人みんな、感謝している。どうか忘れないでほしい」
「一つだけ、質問していいかい」
グイデの優しげな瞳を見詰めながらケイが訊ねる。グイデはもちろん、と返事をした。
「リーズンとは、そんなに大切なものなの?」
グイデは深く頷き、ケイの頬に手のひらを当てた。
「とても大切なものさ。ケイがケイとして生き続ける為に。何故猫が君をここまで連れて来たのか考えてごらん。いずれ総て分かるけれど、君は沢山の魂を背負っている。行かなくてはいけない」
ケイは溢れる思いを胸にしまい込むと、しっかり頷いた。




