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空の色

 キラキラと水面が薄紫色に輝いている。

 ケイと花子は作業の合間に、泉の畔で語り合っていた。

 時間は穏やかにながれ、いったいどのくらいここにいるのか分からなくなっている。まるで心地好いワルツの譜面にいるように、己の立場は的確で、傷付かず、のんびりと暮らせる毎日にすっかり馴れが生じていた。


「ねえ、今日の空はどんな色をしているの?」


 花子がベンチに腰掛けながら言った。ケイは空を見上げ、


「綺麗な薄紫色をしてるよ」


 と答えた。花子は頷くと、少し何か考えるように間を置いて話し出す。


「私ね、この空の色を、ずっと不思議に思っていたの」


 え? と、ケイは訊き返した。


「だって、何だか悲しそうでしょ。それに、何となく、私はもっと違う空を知っているような気がして……」


 ケイは頭の奥が鈍く痛んだような気がしたが、それはすぐに消えていき、気が付かない振りをした。

 花子は続ける。


「でももう、疑問に思うこともないわ。私は視力を失ったし。その代わり、こんなに素敵な脚を手に入れて、本当に幸せ。この村での暮らしも、豊かで、居心地がいいし。こんなに楽しいのね、心が自由になると」


 ケイは微笑んだ。花子が喜ぶと、自分のことのように嬉しくなる。

 さあ、戻りましょう、と花子が言ったので、二人は収穫作業に戻った。



 ここでは年中気候が変わらない。だから、作物も安定して収穫出来る。土の中からは野菜の他にハート型の林檎や真っ青な蜜柑、金色のバナナ、何でも望むように収穫出来た。

 汗を流しながら和気藹々と作業するのはとても楽しい。

 どこからともなく、歌が聞こえ始めた。ケイはそれとなく混じる。小人のように上手くはないが、歌うと心が澄んだ。そして漠然と、白い小人には、確かに不思議な力があると思っていた。ただ、彼らの肉を食べたり、呪術に使ったとしても、その力が手に入るとは思えなかった。


「ケイには、オカアサンって、いるの?」


 少年が作業をしながら訊ねた。

 ケイは首を横に振る。


「分からない。いたとしても、もう忘れてしまった」


 少年はそれを聞くと、つまらなさそうにピュウ、と、口笛を鳴らした。


「じゃあ、俺と同じじゃん。俺も、思い出せないから、村のオカアサンをオカアサンだと思ってるよ」


 村には母親役の女がいて、子供たちの世話を妬いている。父親は父親役、老人は老人役、と、全ての小人に役割があった。不思議とその役割は変動することがなく、皆従順に生きている。


「あのオカアサンは、お前の本当のお母さんじゃないの?」


 少年は首を傾げたが、「オカアサンはオカアサンだよ」と言って笑った。

 ケイは、前にも増して自分が何者なのか分からなくなっていた。ここに来る前、少しずつ思い出し始めていたことも、再び霞んで記憶の(もや)に覆われている。長らくリーズンの欠片に触れていないからだろうか。


「ケイ、君のそのブーツ、とっても素敵な色だけど、なんていう色なの?」


 少年が再び話し掛ける。


「これ? これは、空色だよ」


 しばらく少年は不思議そうに目を丸めていたが、口を尖らせ、不服そうに言った。


「へーんなの。全然違うよ。見てみなよ、空はあんな色なのに」


 ――そういえばそうだ。空は薄紫色をしているのに、このブーツは水色に近い。何故、これを空色と思い込んでいるのだろう。何故、鼠烏に執拗に狙われたのだろう。ケイはこめかみの辺りがギュッと締め付けられたように感じた。

 小人達の歌声がこだましている。

 ケイは痛みを振り払うかのように目を堅く閉じ、軽く頭を揺すった。そしてまるで気にしないというふうに、少年の頭を撫で、足許の作物を掘り起こした。

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