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将来の夢

「国定くん! 今来たの?」


 穂花が声を掛けると、洋平は片手を挙げた。駐輪所に自転車を停め、入り口の前に立つ穂花に駆け寄ると、二人は並んで自動ドアを潜り抜けた。

 受付のカウンターを曲がり、入院棟の案内に沿って左に曲がる。エレベーターの上ボタンを押し、暫く待つ。


「染谷、進路決めた?」


 洋平は、降りてくるランプを眺めながら訊いた。


「看護学校に進もうと思ってる」


 穂花も、それを見上げながら答えた。

 去年偶然に再会してから頻繁に連絡を取るようになり、時々こうして面会時間を合わせるようにしている。その方が、何となく足を運びやすい。

 エレベーターが一階に到着したので中に乗り込み、『3』のボタンを押す。


「国定くんは?」


 穂花が訊ねる。


「体育の先生になりたいなと思ってさ」


 洋平は、少し恥ずかしそうに答えた。


「いいじゃん。国定くんらしいね」


 そっかな、と、弛む口許を手で隠した。

 チン、と音がなり、扉が開く。

 すぐ先に、硝子張りで日当たりのいいテラスがあり、数人の入院患者と家族が談笑していた。そこを右に曲がると、302号室がある。

 看護師が扉の向こうから調度顔を出したので、二人は頭を下げた。


「あら、国定くん。今日も来てくれたんだ」


 はい、と笑顔で答える。


「彼女?」


 看護師が穂花に目をやり、ニタリと笑うので、慌てて否定した。


「俺のじゃないっす!」


 少し間が空いて、なるほど、と納得すると、ひらひら手を振ってナースステーションへ帰って行った。


「いつも覗いていくよね、あの看護師さん」


 穂花が言うと、顔を真っ赤にした洋平が頷く。


「ああ。最初の担当だったから、今でも気に掛けてくれてて、毎日来てくれてるんだよ」


 遠ざかる彼女の後ろ姿を見ながら、いつか自分もあんなふうになりたいと、憧れがふつふつ沸き起こった。

 軽く扉をノックし、病室の中へ足を踏み入れる。

 窓の向こうには青空が広がり、ベッドサイドのテーブルには一輪の赤いチューリップが生けられていた。柔らかい薄緑色のカーテンの向こう側にベッドが見え隠れしている。


「あれ、今日はおじさんいないな。仕事かな」


 洋平がカーテンを寄せながら呟き、その後ベッドに向かって声を掛けた。


「今日は染谷も一緒だぞ」


 穂花も隣に並び、続ける。


「遅くなってごめんね」


 仰向けに横たわる少年の目は閉じられたままで、言葉は返って来ない。しかし、(わず)かに微笑んでいるように見えた。髪はきちんと刈り込まれ、爪も短く整えられている。美しい曲線を描いた唇は、今にも動きだしそうだ。


「国定くん、体育の先生になるらしいよ」


「勝手に言うなよ」


 洋平は照れながら肘でつつく。穂花は悪戯に笑う。二人は枕元に吊るされた千羽鶴を眺めながら、いつか再び肩を並べられる日を夢見た。


「宮本くんは、何になりたいんだっけ……」


 洋平は必死に思い出そうとしてみだが、そんな話を聞いた記憶は少しも出てこなかった。小学校は別々だったから、卒業アルバムも見たことはない。


「何にでもなれるよ。こいつなら」


 本当に、そう思っている。

 いつも、彼にはかなわかった。勉強も、スポーツも、女子からの人気も。確かに誰よりも輝いていた。

 洋平は、過去を振り返りながら目を醒まさない親友を見詰めると、空白の二年半に思いを馳せる。一気に悲しみが胸に渦巻き、やるせない思いが込み上げてきた。

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