花子の瞳
門番が驚いて、ギャッ、と叫んだ。ケイの巨体が迫ってきたので、慌てて後ずさる。
「どうやってここに?」
ケイはピタリと立ち止まり、地面に這いつくばる蛇女に声を掛けた。
「ケイ」
そこには可憐な黒い瞳を潤ませた、花子がいた。ケイはしゃがみこみ、花子の肩を抱く。
「助けて欲しいの。逃げてきたのよ、私」
その顔は恐怖に引き吊っていて、体はかたかたと震えていた。
「何があったんだい」
花子は黙ってしまい、今はこれ以上聞き出せそうもなかった。
小人達は驚き、口々に囁く者、恐れて逃げる者、見守る者に分かれている。
ケイは立ち上がり、グイデを探した。すると、分かっていたかのような顔をして、彼はゆっくりと近付いてきた。
「僕の、大切な友人なんです。匿って貰えませんか」
グイデは優しく言葉を紡ぐ。
「一度、みんなで相談しなくてはいけない。暫く待ってくれるかい」
村を危険から少しでも遠ざけたいという、固い意思が見えた。
「お願いです、このままでは、私、殺される」
花子の透き通った声が、情を誘う。
グイデは静かに踵を返し、その場から立ち去った。
門番が如何わしい目で二人を監視している。しかし、ケイは気にならなかった。
まず、あのペンダントを渡してしまったことを謝罪したが、花子は気にしないと言った。
ケイはひたすら、今までの出来事を話しているが、花子は無表情で、怯えていて、あまり耳に入っていない様子だ。
暫くすると、長老が現れた。
「お嬢さん、あなたの追われている理由が、我々には分かる。それは、我々にとっても、危険極まりないこと。本当なら、あなたは匿えない」
その言葉に、ケイも花子も愕然とした。しかし、と、彼は続ける。
「ケイは、この集落になくてはならない者だ。だから、特別にあなたを匿う。ただし、蛇であることはいけない。特別に、脚を与える。その代わりに、何か体の一部を犠牲にしなくてはならないが、どうするかね?」
花子は片方の目に手を当て、グッと力を込めた。――コロン、と、何かが手のひらに溢れ落ちる。
「これを差し出します」
それは、見覚えのあるものだった。ケイは真実に気が付くと、余りの衝撃に身震いした。
(あれは、花子の瞳だったのか!)
時雄に渡したペンダント。とんでもなく大切なものを渡してしまった。持っていれば返すことが出来たのに、と、後悔に押し潰されそうになる。
「これは、真実の瞳です。あらゆる闇を光に当て、本当の姿を晒し出すことが出来るのです。私はもう、見えなくても構いません。だけど……消えてしまいたくはないのです。存在していたい。お願いです。私をここに置いて下さい」
瞳が抜けた空洞から、大粒の涙が流れ落ちた。




