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クリスマスイブ

 高村龍太はいつもより少し足取り軽く、入江梓との待ち合わせ場所に向かっていた。

 外はすっかり冷え込んで、息をする度に鼻がツンと痛む。

 鮮やかに飾り付けられた街並みは、嫌でも今日がクリスマスイブの夜だということを思い知らせるように輝いている。サンタの仮装をしたアルバイトの女が街頭でケーキを売り、スピーカーからは讃美歌が絶え間なく流れていて、キリスト教徒でもないのに聖なる夜を祝うことに毎年嫌気が差す。

 しかし、今宵は違った。こんなに温かい気分でクリスマスを迎えるのは、中学生で両親を失って以来初めてだ。神様がいるのなら、何故こんなにも不幸が重なりあって降り注ぐのかと、天を呪った。ちらつく雪を眺めながら、あの頃梓に貰った手編みのマフラーを、親戚の家に置き去りにしていることを悔やんだ。

 カフェの一番入口に近い席に、梓は座っていた。ちっとも変わらず聡明な姿を、龍太は心底誇らしく思う。

 正直、引け目を感じていた。けれど、ありのままを受け入れてくれる彼女をいつかきっと幸せにしたいという思いが一層強くなっていく。

 龍太が軽く手を上げると、梓は嬉しそうに微笑んで、手を降り返した。


「ごめん、待たせて」


 向かい側の席に着くと、ほんのり紅い頬をして、梓は微笑んだ。


「大丈夫、そんなに待ってないよ」


 龍太はホッとして、優しく頷く。

 店員がメニューを確認しにやって来たので、ホットコーヒーを注文した。


「何か嬉しいことでもあった?」


 梓が目を細目ながら訊ねる。いや、と返したものの、龍太の胸は微かな満足感に熱くなりかけていた。

 間もなくコーヒーが運ばれてきた。湯気が立ち、その香りは一日の疲労を癒していくようだ。

 白いカップを手に取り、ゆっくりと冷えた体に流し込むと、芯から温かみを取り戻していく。


「実は昨日、手紙を書いたんだ」


 小さな声で、落ち着いて話そうとする龍太を、梓は見守る。


「今までの謝罪の気持ちと、面会を許して貰いたい、と書いた」


 うん。優しく相槌を打った。


「まだ投函してないけど……自分の手でポストに入れようと思う。入江には、書けたことを報告したくて」


 彼の苦悩を思うと、情念が込み上げてきた。この二年間、前に踏み出せず罪の意識に苛まれ、独りきり苦しんだ日々が、ほんの僅かだけれど、変わろうとしている。

 言葉に詰まりながらも、ありがとう、と梓は言った。


「それと、これ」


 龍太はバッグから小さ目の紙袋を出すと、中から紺色の包装紙で包まれ、金色のリボンが掛かった可愛らしい箱を取り出した。


「クリスマスプレゼント。……薄給だから、大したものは買えなかったけど」


 途端に梓の瞳は潤み、言葉に詰まった。


「ありがとう」


 涙声で伝える。開けていい? と訊くと、龍太は頷いた。そっとリボンを外し包装紙を開いていく。

 中には薄いピンクのケースが入っていて、パカッ、と開くと、シルバーのネックレスが輝いていた。小さなハート型のチャームには、アメジストがキラキラと光っている。


「きれい」


 思わず声を漏らすと、龍太は嬉しそうに歯を出して笑った。その笑顔は、幼い頃のままの、強気で優しい彼だった。梓は嬉しくて、切なくて、何も言えなくなる。


「そんな顔するなよ、せっかく喜ばそうと思ったのに」


 龍太は慌てて取り繕ったが、ああそうか。彼女は自分のために泣いてくれているんだ、と思うと、愛しさと申し訳なさで心が埋め尽くされ、俯いた。

 梓はネックレスを取り出し、首に着けて見せた。

 ふと、遠い記憶が蘇る。

 自転車に跨がった龍太の後ろに、梓が乗る。恥ずかしくて、手は回せないから、サドルのすぐ後ろを持つ。風を切って通学路を走る帰り道。とても幸せな時間だった。

 今、ここに二人がいるということが、神様がくれた奇跡に思える。イエスキリストでも、仏陀でも何でもいい。龍太はとにかく感謝したかった。

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