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脱走

 鼠烏がアクセルを強く踏み込み、ブルン、と車が急発進する。

 四人とも体が大きく揺れ、一瞬宙に浮いた。


「兄貴、気を付けて下さいよ、もうすぐ崖ですぜ」


 頼りなく手下が言うと、鼠烏が怒った。


「何回このルートを運転してると思ってる。余計なことは言わず、黙ってそいつを監視してろ」


 手下は涙目になりながら謝る。高所恐怖症なんだから、勘弁してやりなさいよ、と周旋屋が宥めた。


(チャンスだ!)


 ケイは心の中で叫んだ。崖に辿り着くまでの間に、何とかこの後ろ手を解きたい。ソワソワと浮き立つ気持ちを押さえ、じっくりと思考を巡らせる。

 ふと、足許に気が行った。履き心地で確認すると、空色のブーツは盗られていないようだ。

 ケイは、鷹久の言葉を思い出した。


『この靴は、お前を行くべき世界へ必ず運んでくれる。何があっても諦めるなよ』


 一生懸命に、ブーツに向かって念じてみる。

 お願いだ。時間がないんだ。河向こうへは戻れない。どうか僕を、行くべき場所へ導いてくれ……!

 うぎゃ! と、助手席から悲鳴がした。


「こりゃ駄目だ、黒いやつらが、また襲撃を始めたみたいだな」


 周旋屋は、いかにも困り果てたというように腕組みをしている。鼠烏は、チッ、と舌打ちをし、


「またチップを払わねぇといけねぇのか。折角の金がパーだ」


 と機嫌を悪くすると、おい、と手下に指示を出し、少し先で検問をしている兵士にいくらかのお金を渡しに行かせた。

 車内に沈黙が流れる。イライラして、鼠烏は貧乏ゆすりを始めた。振動が激しいせいで、車体が揺さぶられている。

 暫くすると、手下が腕で大きく丸を作ってこっちを向いた。

待っていましたとばかりにアクセルが踏み込まれ、車が発進する。再び体が宙に浮いた。

 それを見て、手下が慌てて車に乗り込もうと駆け寄ってきた。


(今だ!)


 ケイは見構えた。ぐっ、と膝を曲げ、バネにする。勢いで外に飛び出せるよう、ブーツに力を込める。足許に熱が籠ってくる。

 手下がドアに手を掛け、ガチャリ、と開いた。体を中に滑り込ませようとした瞬間、ケイは力の限りジャンプした。

 体が横向きになり、まるで大砲から飛び出る弾丸の様に、後部座席から飛び出す。手下は驚いて尻餅を着いた。鼠烏も周旋屋も、目を真ん丸にしてケイを追っている。車は蛇行し、大木にぶつかった。バンパーから黒い煙が上がり、三人はあたふたしている。

 ケイは勢い付いて、分からないぐらい長い距離を飛んだ。

 さっき話していた崖が遠目に見え、遠ざかり、暗く深い森の中に吸い込まれるように急降下した。

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