拉致
ガタン、と大きく揺れたので目が覚めた。どうやら手を後ろで縛られ、車の後部座席に乗せられているようだ。
薄目を開けて隣を確認すると、目付きの悪い男が足組をして腰掛けている。視線を動かし、バックミラーを見ると、運転席の男の額の傷が目に飛び込んできた。思わず息を飲む。
「しかしなぁ。サルビア女王も気の毒だった」
野太い声が社内にドスンと響く。助手席から、甲高い声が返ってきた。どうやら掃除婦が言っていた周旋屋らしい。
「ミディー閣下に裏切られたそうですね」
運転手が咥えた煙草に、隣から伸びた手が火を点けた。あの虫の炎ではなかったので、ケイはホッとする。
「おまけに彼は、戦闘中のエリアを飛行している最中、ミサイルに誤って撃ち落とされたそうですよ」
野太い声はふっ、と笑い
「裏切るからだ。可笑しげな契約など交わすから、バチが当たったんだ」
と猫を貶した。
ケイは無性に腹が立った。しかし、今騒げば、逃げるチャンスを失いそうだ。グッと堪える。
「河岸に着いたら、あんたに引き渡すとしよう。後のことは頼むぞ。金はきっちり耳揃えて渡すように」
「もちろんですよ、鼠烏様。伊達に周旋屋なんて危ない役目を熟していません。ちゃんと河向こうの宮殿へと連れ戻します」
周旋屋は、キヒヒ、と笑い声を立てた。
――やはり、ジャングルで遭遇した追い剥ぎ一味に違いないようだ。こんな所まで追って来るとは。
「もう半分は来たな。少し休憩だ。俺は小便して来る。お前、ちゃんと見張ってるんだぞ」
隣にいる手下が、情けない声で、へぇ、と返事をした。
鼠烏と周旋屋は車から降り、手下はケイを見張っている。眠りから目覚めたことに気が付いていないようで、一人ブツブツと愚痴を溢し始めた。ケイは目を閉じたまま、耳を傾ける。
「まったく。人使いが荒い親分だ。俺には煙草一本も分けてくれないくせに、金はガッポリ儲けて全部持っていくんだもんな」
手下は溜め息を吐いた。そして頭の後ろで手を組み、シートに深く凭れ込む。
「サルビア女王がいなくなって、あの男が今じゃ王様だ。俺にめ、いつかチャンスが来ないもんかね」
あの男――。もしかして、地下室の白衣の男だろうか。それとも、遊男の中の誰か。若しくは、自分の知らない者。いずれにしろ、あの忌まわしい場所は変わらずに存在しているのかと思うと、胸が苦しくなった。もう二度と、あんな所は御免だ。
ケイは逃げ出すタイミングを伺ったが、言われたように手下がじっとこちらを見張っているので、なかなか動けそうもない。そうこうするうちに、二人が戻って来た。
「変わったことはねぇか」
鼠烏が訊くと、手下はまた情けない声で、へぇ、と返事をした。




