追いはぎ
どのくらい歩いているか分からないほど、ケイは線路の上をひたすら進んでいた。
ジャングルの木々に覆われた景色は代わり映えせず、獣や鳥の声が時折ギャー、と響く。
足が全く疲れないのは、どうやら空色のブーツのお陰の様だ。恐らく、列車を降りてからもう二、三日になるはずだ。しかし、ケイは歩き続けている。お腹も空かない。立ち止まることが許されないような気がして、とにかく足を動かす。
「おい」
野太いに声呼び止められ、立ち止まり、振り返った。見ると、人相の悪い大男が三人ほどの子分を従え、茂みを掻き分けながら近付いて来る。
「小僧、どこへ行く」
目が血走り、唇がやけに分厚い。髪は後ろで一つに結ばれていて、額には傷痕がある。
「橋を目指してるんだ」
ケイは怯むことなく答えた。
「ここは、この鼠烏様の縄張りだ。ただじゃあ通せねぇな」
大男がニヤニヤしながら舌舐めずりをしている。
「何が欲しいんだ」
キッ、とケイが睨むと、子分達がケラケラ笑った。
「お前、鼠烏様に楯突くとどうなるか分かってるのか」
大男もガハハ、と笑った。
そしてケイに躙り寄ると、ゆっくりと品定めするように頭の先から爪の先までじっくり見物し、
「その靴を置いていくんだな」
と言った。
「それは出来ない」
ケイが逆らうと、大男は激昂した。
「それなら、お前を八つ裂きにするまでだ!」
子分達が一斉に襲い掛かってくる。ケイは身を翻し、線路の上を走り出した。
体が軽い。
額や背中に、汗が滲んでくる。
――懐かしい。
ハッキリと思う。かつて自分は、こうして地面を駆け抜ける事が大好きだったはずだ。疾走感に体が歓喜しているのが分かる。
ケイはますますスピードを上げた。
待てーー!
子分達が必死に追い掛けて来る。
そうだ、と、肩に掛かった風呂敷の紐を走りながら外し始めた。片手でぐっと握ると、中身の着物を包んだまま後ろへ思い切り投げた。
「これで勘弁してくれ!」
弧を描き、風呂敷包みは子分の内一人の懐にドサリと落ちた。
慌てて中身を取り出すと、酷く驚いた顔をした。
「親分、こ、これ」
「ん? これは……」
大男は目を丸くし、小躍りした。
「こいつは金になるぜ! 蜘蛛の糸の織物だ。金持ちしか身に付けられない代物だ」
そしてケイに向かって、
「次は逃がさねぇぞ!」
と恐ろしい声で叫ぶと、子分を引き連れてジャングルの中に消えていった。
そんなに高価な物なら、小夏の元に置いてくれば良かったなと、ケイは思った。
(あれ?)
遠くの方に、僅かに光が射し込んでいることに気が付いた。もしやあれが鷹久が言っていた駅ではないか。
ケイは走るのを止めず、一気に光に向かって突き進んだ。




