出兵
バラックから十五分ほど町を歩くと、瓦礫の廃墟を抜け、辛うじて空襲を逃れた駅が、ポツンと佇んでいる。
「前はもっと賑やかだったんだがね」
と、初老の多市は神妙に語る。
出兵する人々を見送る家族や地域住民でごった返していたが、今では若い男は殆どが戦地に送られ、すっかり寂しくなっていた。
多市は脚を引き摺りながら、ホームで指揮を取った。バラックからぞろぞろと鷹久を見送りに来た住人たちを次々に整列させ、数えきれないほどの色が混ざり合ってどす黒くなった、恐らく国旗であろう小さな手持ちの旗を配っている。
ケイは、足許に目をやった。
今朝早く、鷹久がケイを呼んだ。
「ケイ坊、お前のために靴を拵えたんだ」
玄関にひっそりと、静かに存在感を放っていたのは、空色のブーツだった。
「この靴は、お前を行くべき世界へ必ず運んでくれる。何があっても諦めるなよ」
その色が、何故か酷く懐かしかった。胸がギュッと締め付けられる。
「但し、絶対に無くさないこと。お前、あと一年しかないんだろ。かなり急がなきゃぁ、橋には行けねぇって櫂婆さんから聞いたぜ」
ケイは頷く。
「俺達は、とっくに期限切れだ。ここでいつまでも彷徨うしかないんだ。だからこそ、みんな、お前に託したい。必ず間に合ってくれよ、いいな」
皆旗を振り、軍服姿になった鷹久はビシリと敬礼した。小夏は涙を溜めながら、時雄を抱き締めている。万歳三唱が大きく唸りを上げ、駅がグラリと揺れた。
列車は黒光りし、やけに長く見えた。別れを惜しみながら鷹久が車両に足を踏み入れる。ケイは小夏に礼を言おうと思い、駆け
寄った。しかし、脚は突然地面に吸いつけられた。
視線の先に、酷く見覚えのある姿を見付けたのだ。
それが誰なのかは思い出せない。ただそれは自分にとってなくてはならない何かであることは確かだった。
ケイは踵を返し、その影を追う。
列車に乗り込み、遥か先の車両を目指す。ガヤガヤとする車内は、窓から母親にすがる若者や、先生らしき女に先導された子供の集団、巨大な荷物を背負った老夫婦等が居場所を求め、右往左往している。
ケイはそれらをすり抜け、前を目指して行く。
車両は嫌に長く、なかなか先頭には辿り着かない。
あの影を探し、キョロキョロしてみるが、どうにも見当たらない。
息が上がり、汗をかき始めた。
ケイは立ち止まってしまった。ハアハアと、吐息が漏れる。ダメだ、と、蹌踉けながら、座席に倒れ込んだ。
「お客さん、切符を拝見しますよ」
突然声を掛けられ、一瞬ビクッとしたが、あぁそうか、ここは列車だったと思い出す。ポケットから切符を取り出し、車掌に見せた。
背中には、畳まれた着物。白い襟なしのシャツに、軍服の様なズボンは潮の物を借りた。足許には空色のブーツを履き、なんだか不思議な格好をしていると、我に帰って変な気分になった。




