表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/84

固い握手

「た、大変だ!」


 突如玄関の方で叫び声が聞こえ、一斉に振り向く。


「どうした、多市」


 駆け込んできた近所の住人に、慌てて鷹久が声を掛ける。

 男は息絶え絶えに答えるが、なかなか声にならず金魚の様に口をパクパクさせている。

 騒ぎに、幾人かのバラックの住人達が集まってきた。見渡すと、女か子供、後は老人ばかりだ。


「鷹ちゃん、あんた、また召集令状が来たよ。明日朝一番の列車で、行かなきゃなんないよ」


 そう言うと、多市はその場にがっくりと倒れ込んだ。

 小夏と時雄は顔面蒼白で、カタカタと震えている。


「もう万歳なんて言うもんか。人類はなんて愚かなんだ。どうして戦争は無くならないんだ。百年ぽっちの平和も守れないのかよ、情けねぇ」


 そう言って、おいおいと泣き始めてしまった。

 その場にいる誰もが、頭を垂れ、脱力している。


「おい、みんな、どうしちまったんだ」


 鷹久が大きな声を出した。


「潮が、河向こうに生きてるんだとよ!」


 ざわめきが起きる。


「大丈夫だ。ほら見ろ、俺は帰って来ただろう? 何度でも帰って来るよ。地獄の底からでも這い上がって来るぜ。何度でもな。安心しな」


 一人一人を元気付けながら、肩を抱き、家に帰るよう促す鷹久の背中は、強く、誰よりも寂しそうだ。



 きっと家族で過ごしたいだろうと気を遣い、ケイは表を散歩することにした。

 遠くで銃声が響く。猫はどうしているだろう。リーズンが手当てしている、と、櫂婆さんは言っていた。リーズンとは、何者なのだろう。

 ふと、紫色の空を見上げ、あっ、と声を上げた。まるでホウキ星の様な白い筋が、光って消えたのだ。

(あれは、何だろう)

 今までさして気にならなかったのに、時雄が言っていた事が少し引っ掛かっていた。

 そう言えば。

 地下で出会った白衣の男にしても、女王蜂にしても、白い光をとても嫌っていた。また、リーズンの欠片に触れる時、その光は眩く溢れ出す。

 光が、何かの道標にでもなっているのではないか。

ケイは、リーズンの欠片に再び触れようと、あちこちに手をやってみたが、何も起こらない。


ガサッ


 茂みの方から音がして、思わず後ずさる。体が強張り、緊張が走った。

 音のした方から目を離さず、そろりそろりと後退して行く。


「驚かせてわりぃな」


 聞き覚えのある声がして、ケイは目を凝らした。

 よく見ると、枯れ葉のローブを纏った時雄がいる。


「なんだ……」


 思わず溜め息が漏れた。

 ヒョコッ、と、時雄が姿を現す。


「母さんが泣いてばっかりだから、二人きりにしてやろうと思って」


 小僧の癖に気が利くなと、ケイは鼻で笑った。


「ちょっといいか?」


 偉そうに言われ、少しムッとする。


「なんだよ」


「なんだよとはなんだよ。命懸けで切符を取ってきてやったのに」


 そう言えばそうだ、と、ケイは態度を改めた。


「失礼致しました」


「分かればいいよ」


と、時雄は相変わらず偉そうに返す。

 二人は、バラックの集落からあまり離れないように、瓦礫の町を歩いた。

 ここには同級生が住んでいた、とか、駄菓子屋があった、と、色々教えてくれたけれど、小さな少年の瞳は、その間ずっと哀しみを含んでいた。


「お前、リーズンを探してるのか?」


 時雄が訊ねる。

 ケイは、どちらともつかない返事をした。


「やめとけよ」


 驚いて、時雄の顔を覗き込む。


「リーズンに会うってことは、恐ろしいんだって、櫂ばあちゃんが言ってた」


 彼の表情はとても真剣だ。


「リーズンに会っても、たましいが消えるか、光になるか、思いが叶うのは、ほんの一握りなんだ、って」


(たましいが、消える?)


「だから、ここにいろよ。寂しいじゃないか。父さんもいつ帰って来るか分からないし、女子供だけじゃ、なにかと大変なんだよ。だから」


 ケイは、時雄の肩に手をやった。そして首をゆっくりと横に振る。


「行かなきゃ」


 それでいい。たとえ魂が消えようとも、白い光の筋になってしまおうとも。僕は行くんだ。

 ケイは時雄の気持ちが心底嬉しかった。


「時雄、本当の意味で強い男になりなよ」


 粒羅な瞳に涙をいっぱい浮かべ、ポロポロと流す。

 地下で出会った、体のない少年を思い出した。


「父さんや母さんと一緒にいられるのは、すごく幸せなことなんだから、今のうちにしっかり甘えとけよ。でも、親孝行もしないとだぞ」


 ケイは、ポケットから、花子のお守りを取り出した。


「何かあったら、これが守ってくれる。やるよ」


 小さな手のひらに、コロンと転がる。


「もし潮兄さんに会ったら、ケイは、元気にしてたって伝えてくれな」


 二人は、銃声が響き渡る町の中、固い握手を交わした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ