階段
二人は、真っ暗な土の階段を登っていく。
ケイは不思議そうに、転がっている最中には気が付かなかった
、幻想的な明かりを眺めながら脚を進めた。トンネルの所々にほんのりと光る苔のようなものが散らばっていて、階段は完全な暗闇ではない。かなり長い距離を歩いているのに不思議と息は上がってこないのも、不思議だった。
ただ黙々と会話もなく、蛇女の花子、ケイの順でひたすら地上を目指す。花子の下半身は緑色をしていて、くねくねと動いている。そのあちこちにも浮腫があって痛々しいが、この浮腫がひいたら、本当はどんな姿をしているのだろう、とケイは思う。
ふと、彼女が口を聞いた。
「どうして、浮腫があるのか気になる?」
心の中を読み取られたようで、ケイは狼狽え、言葉に詰まる。
「私、病気だったの。それで、先生に治療して貰ったの。だけど、この浮腫はもう治らない。心に傷がついているから、治らない」
その透明な声は土壁にこだまし、奥底へと落ちていく。
「世界に堕ちてからも、ずっとヤモリにいじめられた。行き場がなくなって、この穴に落ちたら、モグラの先生が治してくれたの。だから、恩返しがしたいの」
ヤモリがいったいどんな奴なのか想像してみたが、蛇をいじめる姿が上手く描けなかった。
「そういえば、あなた、名前は?」
ケイは、どう答えるべきか悩んだ。
「猫は、ミスターケイと呼ぶよ」
素敵じゃない、と花子が微笑むと、ケイは何故だか少し照れ臭くなった。
「なんて呼べばいいかしら?」
続いて花子が聞く。ケイは少し悩んで、ケイでいいや、と答えた。
トンネルも終わりに近付き、柔らかなあのランプの光が射し込んできた。花子が身体をくねらせケイの方を向くと、何も言わず口をモゴモゴし始めたので、咄嗟にヤモリのことが頭に浮かび、狭い通路をどうにか移動してケイが彼女を守るため前に出た。花子は顔を赤らめて、ありがとう、と言った。
恐る恐るケイは扉に手をやり、そっと開く。ギイ、という音が暗闇に響く。
視界が開けると、やはりそこはさっきまでいた鬱蒼とした森の中だった。あ、そういえば、とケイは猫のことを思い出す。彼は、ここで待っていると言っていたように思う。急いで辺りを見渡しその姿を探す。
――どこにもいない。どんなに闇の中へ目を凝らしても、猫のような生き物は見当たらない。いったいどこへ行ったのだろう……。
ケイが首を傾げていると、花子が声をかけてきた。
「どうしたの? 何か探しているの?」
「猫がどこかへ行っちゃったんだ。僕は彼に連れられて、ここへ来たのに」
花子は少し考えるふうにした後、
「猫は気紛れなのよ。きっとまた会えるわ。それよりほら、薬草を早く採りに行かないと。ヤモリが来る前に探しましょう」
と言った。
ケイは釈然としなかったが、いないものは仕方がないので花子に従うことにした。
こっちよ、と彼女は言った。ケイは軽く頷いて、彼女より前に立ち、庇うようにして歩き出した。




