家族の再会
興奮している時雄の顔は溌剌とし、頬は上気してお日様のように赤い。
勢い良くボロボロに破棄潰した雪駄を脱ぎ捨て、小夏の元に駆け寄ると、モンペに顔を埋めた。
「父さんが帰って来たんだよぉ」
小夏も眼を潤ませ、我が子を抱き締めると、二人揃って玄関へ駆け出した。そして、正座して出迎える準備をする。
少しして、ぬっ、と大きな人影が現れた。
「ただいま戻った」
妻は端正に両手を着き、頭を下げる。
「あなた、お帰りなさい」
その声は震え、涙混じりだ。
「元気にしていたか、小夏」
はい、と答える。
「時雄、ちゃんと留守を守ったか」
「守った! お母さんいっぱいたすけた! 」
そうかそうか、と、大きな手が、息子の頭をわしゃわしゃと撫でた。
丁寧に亭主を迎え入れる妻に対し、慣れた所作で主の顔に戻っていく男の姿を、ケイはぼんやりと眺めている。
再会の感動の渦中にいた彼が、ふとこちらに気が付いた。
怪訝な顔をして、見馴れない少年を覗き込む。
小夏はハッとし、説明する。男はふんふんと返事をし、深く頷くと、ケイの隣にドカッと腰を下ろした。
「聞かせてくれ。面白そうじゃねぇか。お前さんの話」
男は酒を燗にするよう言い付け、卓袱台に頬杖を付いた。
「なるほどな。河向こうは、そんなふうになってんのか」
久方ぶりの家庭の味を堪能しながら、上機嫌な様子で、時雄の父鷹久は感心している。小まめに酌をする妻はニコニコとしていてとても嬉しそうだ。時雄は鷹久の膝の上に乗っかり、時々机の上の食べ物に手を伸ばし、空腹を紛らわす癖がついているのか、異常に長く噛んでいる。
「にしても、ケイ坊、お前さんは立派だね。時雄、兄ちゃんを見倣えよ」
わしゃわしゃと息子の頭を撫でる手は大きく、逞しい。
そして顔だけをこちらに向け、
「この国は、百年の平和を誓ったんだ」
と言った。
「百年の?」
ケイは訊き返す。
「ああ。そうだ。昔も、戦争をしていたんだが、負けて、えげつない爆弾を落とされて町が壊滅状態になったり、仕舞いには爆弾を背負った人間が空を飛んだりして敵に突っ込む始末で、ぼろ負けした。残虐の限りを尽くしたそれは酷い戦だった。そこでみんな反省して、百年の平和を誓いあったんだ。しかしな、あと少しで百年が来るというとき、またデカイ戦争が始まりかけてな」
鷹久はグイッと熱燗を流し込んだ。
何だか地下の実験ジオラマを思いだし、胸糞が悪くなる。
「その時の一番偉い総裁が、無理矢理約束を変えちまったんだ。絶対に戦争をしない、というのを、絶対に戦争をしない、とは限らない、時と場合によっては、って具合にな」
ふうん、と、ケイは頷く。
「そこで、近所の国でドンパチ火花が飛び散ったのをうちも貰っちまって、町はこのザマだ。あっちでもこっちでも殺し合いが続いてる。民間人も戦争の道具だ。俺は靴職人だが、普通の靴は作らせて貰えない。兵隊用の靴ばっかり、大量生産しているのさ」
何とも酷い話だと思った。家を焼かれ、こんなバラックで過ごさなくてはならないなんて。食べ物もまともに食べられない。なぜ、戦争などするのだろうと、ケイは心底疑問に感じた。
「それでも、まだいい方だがな」
え? と、聞き返す。
「櫂婆さんの息子は、兵隊に徴られて死んじまったままだ。それを思えば、俺は幸せなんだ。死なずに、ずっと家族といられる。靴さえ作っていれば」
鷹久の言い方が、何となく奇妙に感じられたが、まあそうか、とも思った。
「バラバラになったら、永遠にバラバラだからな……」
小夏が、寂しそうに笑った。
その顔を見て、ケイは脳裏にある光景がフラッシュバックした。
『もし向こう側へ行って、他の誰かと出会ったら、ウシオを知っている人が居たら……僕は何とかやっていると、伝えておくれよ』
そう言って哀し気に笑った犂月兄と、そっくりだ。
ケイは思わず訊ねる。
「ウシオという人を知りませんか?」
ピタリ。
三人家族の動きが停止した。そして小夏は今にも泣き出しそうな顔をして、ケイの瞳を覗き込んだ。その眼は何処までも黒く、穏やかで、真珠のような輝きを放っている。
小夏は震える唇を何とかコントロールしながら言葉を紡いだ。
「何故、あなたがその名を知っているの」
どう説明すべきか迷い、目が泳ぐ。
「潮と、どこかで会ったの?」




