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優雅な針仕事

 小夏(こなつ)は熱心に針を動かしながら、ケイの着物を蘇らせている。

 ケイは、時雄が運んできた少し大きめの襟なしの白いシャツとカーキ色のズボンを纏い、大人しくちゃぶ台の前に座っていた。

時雄はケイの隣が退屈だったのか、表で友人たちと戦争ごっこをして遊んでいる。


「あなた、名前は?」


 何と答えて良いか分からず口ごもっていると、小夏は一瞬こちらを見て微笑んだ。


「どこから来たの? ご両親が心配しているんじゃない? 」


 両親……。

 頭の奥の方に、ズキッと痛みが走る。


「――行く宛がないなら、暫くここにいていいのよ。今はみんな焼け出されて、生きていくのがやっとだもの。助け合わなくちゃね」


 小夏の手元はまるで細波の様に優雅に動いている。きっと着物の修繕をして、生計を立てているのだろう。時雄は母を助けようと精一杯なのに違いない。

 両親の話をされ、ケイは自分が子供なのかもしれないということに気が付いた。こんなに温かい言葉を誰かに掛けられるのはいつぶりだろうと、胸がギュウッと締め付けられる。優しさに馴れていないと、苦しいのだ。


「ごめんなさいね。こんな立派な仕立て物を来ているのだから、立派なお家の方なんでしょう。こんなみすぼらしい場所に連れ込んでしまって」


「違います」


 小夏の顔が、パッと明るくなった。


「はじめて、声」


 あ、と、ケイは思わず溢す。

 そういえば、時雄の勢いに圧され、言葉を失ったままだった。


「良かった。空襲のショックで話せなくなっているのかと思った。遠慮してただけだったのね」


 ふふ、と彼女が笑うと、ケイも思わず笑ってしまった。こんなにも自然に自分が笑えると知って、とても驚く。同時に、嬉しくて、心が温かくなるのを感じた。



 あっという間に出来上がり、袖を通すと、先程までの汚れや破れ加減が嘘の様に、美しく、元に戻っていた。


「ありがとうございます」


 ケイが丁寧にお辞儀をすると、小夏は目を細めて微笑んだ。


「帰るところはあるの? 」


(帰るところ、か)


 かつての場所に、意識を走らせる。あの宮殿には二度と帰りたくはないし、気が付くと木のベットに横たわっていた場面から記憶が始まっている自分に、そんなところはない。しいて言えば、花子のいる、あの場所が……

 考え込むケイの顔をじっと見詰めながら、小夏は何かを悟ったように、まだ成長途中の彼の手を取った。そして愛でるように、自らの両手で包み込む。


「沢山、辛い思いをしたんでしょうね」


 こんなふうに女と触れ合うのは初めてだった。いつも言いなりで、遊ばれて、ねっとりとした絡み合いが待っているのが決まりだった。

 恥じらいなど捨てたと思っていたのに、心はざわめいている。動揺を隠すように、ケイはいつものように色目を使った。


「橋に、行かなくてはならないんです。お姉さん、ご存知な事を教えて下さい」


 小夏はその色香に一瞬怯んだが、母性でその強がりを見破った。


「大丈夫。もう心配いらないわ。しばらくゆっくりしていきなさい」


 ケイの手を押し戻し、玄関口に小走りで移動すると時雄を呼んだ。


「時雄、櫂婆ちゃんのとこに、このお兄ちゃんを連れて行ったげて」


 はーい、と、素直な返事が聞こえる。ケイは堪らなく胸の奥の何かが恋しくなった。


「何でも知ってる人なの。橋の事が知りたいんでしょう。行ってみて」


 小夏はまた微笑むと、丁寧に着物を畳んで風呂敷に包み、ケイに手渡した。

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