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晩餐会

 最上階にある巨大な広間は豪華絢爛に装飾を施され、壮大な晩餐会が始まろうとしていた。贅を尽くした料理が並び、楽隊が演奏する為にスタンバイしている。ぞろぞろと格上の遊男達や、蜂や、身形の整った金持ちの客達が会場を埋め尽くしていく。それぞれに席が別れていて、司会役の蜂の案内に従って着席していく。ケイは犂月と麓舞の間に座った。

 暫くすると大きな歓声と拍手が鳴り響き、奥から女王蜂サルビアが従者と共に現れた。久しぶりに見るその姿は妖艶で、吸い込まれてしまいそうに美しい。頭には金の簪、鴇色のドレスを纏い、真っ赤な紅が乗せられている。初対面で見た下半身の異様な膨らみは、何故だか無くなっていた。

 マイクの前で蜂が喋りだした。


「本日は晩餐会にお集まり頂き、誠にありがとうございます。サルビア様は、この日を何より楽しみになさっておいででした。えっと……コックが腕を奮った料理に舌鼓を打ちながら、しばしご歓談下さいませ」


 不馴れで下手くそな司会だったが皆特に気に止める事もなく、一瞬シンとした後、再び会場はガヤガヤと喧騒に包まれた。

馴染みと愉しげに会話する者、どこから来たのか、見たことのない人物も沢山出席している。彼らは次々と女王蜂と挨拶を交わし、その白い手の甲にキスをした。

 ケイは馴染みの女を探した。しかし、どこにも見当たらない。仕方なく席に着き、目の前にあったグラスに酒を注ぎ、口を着けた。その時。入口に見覚えのある姿を見付けた。一瞬にして、長い間忘れていた事が体の芯から沸き上がる様に甦る。思わず立ち上がり、走り寄ろうとした瞬間、人波に動きは制止された。


「閣下、お待ちしておりました」


「お久し振りでございます、閣下」


 まるで蟻が餌に群がるように次々と出席者が歩み寄る。軽く流れるように握手を交わし、その波はやがて女王蜂の元へと辿り着いた。


「サルビア女王、御機嫌麗しゅう」


 そのにやりとした口許、つるつるとした毛並み、二足歩行の獣は、紛れもなくケイを連れ込んだ張本人。――あの猫だ。

 深々と礼をしたのに対し、女王蜂が微笑みを湛えながら労う。


「ミディ、ご苦労。お前の毛並みは、いつも美しいな」


「さ、閣下、こちらへ」


 蜂が特等席へと案内した。

彼は、以前と少しも変わらず、グレーのスーツを着こなし、颯爽と歩いている。

 ケイは、憎しみと懐かしさの入り交じった複雑な感情を覚えた。握った拳に汗がにじむ。今にも叫び出したい衝動を無理矢理押さえ込み、目線だけを送りながら静かに席に着く。


「彗星」


 横から呼び掛けられ思わず狼狽えたが、相手が犂月だと分かってホッとした。


「顔色が悪い、大丈夫かい」


 ケイは頷いた。

 犂月は何食わぬ顔をしながらテーブルに置かれたグラスに手を伸ばす。そして囁く様に、


「もう少し、堪えて」


と言った。

 あちこちに愛想を振り撒く猫をずっと睨んでいたが、全くケイに関心を示さない。もう疲れたので、隣の麓舞とお喋りを始めた。


「おい、彗星、お前さん土産物は何にした」


 内緒話をするように麓舞が訊ねる。


「楽しみにしておいてよ、驚くよ」


と、悪戯に答える。この日の為に新調した紅色の着物の裾を整えながら、麓舞は少し緊張した面持ちになった。


「本当にお気に召さないだけで、地下に捨てられることがあるんだろうかね」


 ケイは悟られないように唾液を飲み込み、いつもの調子で「さあね」とはぐらかす。あんなに恐ろしい人体実験に使われるなど真っ平御免だ。


 他愛ない会話を暫く続けていると、ジャーンという巨大な銅鑼の様な音が鳴り響いた。すぐに司会の蜂が喋り出す。


「えー、長らくお待たせ致しました。只今より、サルビア女王への土産物献上会を始めさせて頂きます」


 会場は一斉に盛大な拍手に包まれ、オオー、という歓声が渦の様に沸き上がる。それは恐怖の叫びにも似ていた。


「みなさん、席札の裏をご覧下さいませ。番号が記入されております。その順で、献上に参って頂きたいと思います」


 会場は騒然としている。ケイが席札を捲って番号を確認すると、八十八、と墨で小さく書かれていた。


「一番の札を持たれた方は、番号を大臣に見せ、確認した後、サルビア女王の元へと参上下さい」

 

 皆一様に、会場を見渡す。誰だ、誰だと、声にならない声が囁き合っていて、張り詰めた空気は今にもはち切れそうだ。

 突然、一人の男が立ち上がった。一斉に視線が集中する。

 途端に体が凍り付くのを感じ、思わずケイは身震いした。知っている。そう悟った。初めて見る顔のはずだが、その据えた臭いは、はみ出るかの様に隠れた姿を露にしている。

 胃の中に酸っぱいものが込み上げてきた。あの夜の忌まわしい記憶が甦る。

 男は少し猫背になりながら女王蜂の元へと歩み寄った。髪はポマードでピシリと固められ、タキシードの裾から僅かに茶色の毛が覗いている。そう。あの夜地獄で出会ったあの白衣の男だ。

 鼻が高く、やけに肌艶が良い。西洋人のようでもあり、眉は黒くてはっきり弧を為していて東洋的な臭いもする。汚れた手を隠すように人肌に似せたゴム手袋の様なものを嵌めている。

 一瞬男は、ケイをチラリと見た。全身が金縛りに遇ったのと同時に、怒りが腹の底から込み上げて来た。

 男の存在は、ケイしか知らないので、会場の遊男や来賓達は、ただ羨望の眼差しを彼に向けている。

 わなわなと震える体を自ら押さえつけ、サルビアに近付く男と事の成り行きをケイは観察した。

男は、玉座の前に跪き、大切そうに胸元から小箱を差し出した。サルビアは目を細めると、それを一瞥し、掛けられている蒼いリボンを摘まみ、スルスルと解いた。箱がハラリと開くと、中から赤いものが飛び出す。


「美しい」


うっとりとした表情を浮かべると直ぐに、赤いものを手に取り、口に放り込み、飲み込んだ。そして、


「あぁ」


と官能的に唸ると、彼女の体に一瞬バチッと電流の様なものがが走り抜けたのが分かった。


「これは、初春の心臓だね」


女王蜂と男の口許に、ニヤリと邪悪な笑みが浮かぶ。

側近が持ってきた白いナプキンで口を拭うと、男の頬に口付けた。 男は歓喜に満ちた顔で飛び上がる。


「お前に、永久的な地下の支配を赦そう」


わあ!


会場から盛大な拍手と歓声が沸き起こった。遊男達は、みな一様に能面のような表情をしている。

ケイは今にも飛び出したい気持ちを押さえ、目を固く閉じた。どういうことなのかは分からない。しかし、男が初春兄をいたぶったことは確かだ。

ケイは悔しくて、悔しくて堪らなくなった。あの夜、自分がしたことは何だったのか。無意味に立ち向かい、自己満足に酔っていたに過ぎなかったのか。格好付けて、誰かを守ろうだなんて、出来やしない。男の言うように所詮人間など愚かな生き物に過ぎないのだろうか……。


晩餐会は続いた。ケイは何も口にする気にはなれず、ぼんやりと向こうを見ている。

札は二番、三番と捲られ、それぞれに人間の尊厳を詰め込んだ品物を献上し、女王蜂からの口付けに歓喜し、酔いしれた。

玉座の隣に腰掛けた猫が、時折笑い声を上げた。その度にケイはドン底に叩き込まれる様な感覚を覚えた。


「八十七番」


司会の蜂の声に、我に帰る。 次だ……。

ケイは桜の小瓶を握り締める。


「ギャア」


低く野太い叫び声がこだました。驚いて顔を上げると、一人の中年男が床に俯せに倒れ込み、女王蜂の高い下駄でその背をじりじりと踏み付けられている。


「お前だけは許さないよ」


女王蜂は鬼のような形相で更に力を強めている。さっきまで和やかだった空気は急激に張り詰め、息をすることさえ躊躇われた。


「ちょうどいい。お前を最後の生け贄にしてやろう」


女王蜂はしゃがみこむと、男の顎を掴み、まじまじと見詰めた。


「そうさ。この顔だよ。忘れもしない。お前に仇を討つため、私はこんな姿になってしまったのさ。さぁ、永遠に地獄を彷徨うがいい」


男は許してくれ、と懇願している。女王蜂は笑みを湛えながら、ドレスの裾を少しずつめくり上げた。

美しくスラリとした脚が露わになると、皆が息を飲んだ。しかし、その臀部から伸びている鋭い針が姿を現すと、空気は冷たく静止した。

男の顔は忽ち引き吊り、口をぱくぱくと動かしている。

女王蜂は小さく唇を動かし、何かを言うと、男の顔を見詰めたまま、針を腰に突き刺した。

みるみるうちに男の体から精気が抜け、だらりとした。ゆっくりと針を抜く。バチッと、また電流が走る。抜け殻は、蜂が素早く運び去った。

猫が哀愁に満ちた表情をしながら、軽い拍手をし始めた。皆も釣られて拍手をした。ケイは精一杯の憎しみを込めて、猫を睨み付ける。何て奴だ。何故そんな顔をしているんだ。

 サルビアはドレスを翻しながら更に美しくなった肢体を見せびらかすようにして玉座へと戻ると、続けるよう司会に目で促した。


「えー、では、続きまして。おほん。八十八番」


 ケイはすっくと立ち上がり、玉座へと向かった。犂月と視線を合わせる。兄者は、頼んだよ、と小さく言った。

何が起こるか分からない。自分も、あの針に突き刺され、抜け殻になるかもしれない。それでもいい、と、ケイは思う。どうせ、初春を救えなかったのだ。自分の命など、もういらない。こんな所はうんざりだ。地獄でも何処へでも行ってやる。何が嬉しくて、たかが蜂にこきつかわれ、女を悦ばせ、夢も未来も存在しない、ただひたすら時間の過ぎ去るのを待つ日々を過ごさなければならないのだ。こんな毎日なら、こんな世界なら、死んだ方がよほど価値がある。


「お前は、何を持ってきてくれたんだい」


 期待に満ちた顔で、サルビアはケイを見ている。

跪き、犂月に貰った小瓶を差し出す。女王蜂は除き込んだ瞬間訝しげな目をしたかと思うと、突然顔を真っ赤にした。


「お、お前、こ、こ、これは」


小瓶から眩い光が勢いよく溢れだし、サルビアを包み込む。光は巨大な渦となり、ぐるぐると部屋の中を回りながら巨大化していく。


「己れ!彗星!何故こんなものをっ」


 女王蜂は狼狽えながらも、蜂に命令し、ケイを捕らえようとしているが、光に巻き込まれて蜂達も身動きが取れない。


「許さんっ」


何が起きているのか、ケイには把握できない。巨大な光は部屋の全てを包み込み、益々強くなっていく。

突然、体を抱え込まれた。

驚いて振り向こうとするが、物凄い力で動けない。

ふわりと体が宙に浮いたかと思うと、十メートルほど飛び上がった。


「サルビア女王、約束は果たしました。年季明けの羽を頂いて往きますよ」


背中の方から聞こえた声に、ケイはギョッとした。


「この、猫め!やはりお前たちグルだったな!」


サルビアは叫んだ。しかし、ぐんぐんと高く舞い上がって行く。

 宮殿の屋根を突き抜け、紫の空が見えた。女王蜂の声ももう届かない。

 やがて木々の並んだ暗い森と、巨大な木の宮殿は見えなくなった。


「さぁ、行きましょう、ミスターケイ。時間がありません。早くリーズンに会わなければ」


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