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モグラの診療所

 猫が指差したところに、小さな土の山に埋もれるようにして、木で出来た門構えがくっ付いていた。


「あれです。あれの向こうに長い階段があって、地下へと続いていくのです。一番下まで下りると、モグラの爺さんの診療所があります」


 階段はどれくらい長く続いているのだろう、とケイは想像してみた。

 猫は扉の前で立ち止まると、ケイに向かって言った。


「私はここからは行けません。あなた様お一人でお行きなさい」


 ケイは驚いて目をまん丸にした。


「一人でだって?」


 猫はニヤリと笑いながら、ケイの瞳を覗き込む。


「そう。ミスター・ケイ。あなた様なら大丈夫です。なに、モグラは老いぼれてはいますが、うさぎのように余計な事をしゃべる心配も無い」


「それでも、一人で行けなんて、無茶だよ。一緒に入ってくれなきゃ困るよ。迷子になったらどうするんだ」


「一本道ですから、大丈夫です。それに、私は地下にもぐることができないのです。だからここで待っています。さあ、お行きなさい」


 そう言って猫がケイの背中を勢いよく押すと、身体が滑り、木の扉を潜り抜けたかと思うとそのまま階段を勢いよく転がり始めた。

 土で出来た階段は思いのほか柔らかく痛くはなかったけれど、ただものすごいスピードで、ケイはうわああああ、と叫んだ。

 とても長い距離を落ちていく。ビュルビュルと耳元に空気が触れる。暗く茶色と黒の土壁が押し寄せる。ケイは身を固くしながら転がり落ちていく。いったいどこまで続いていくのだろう。そして、ここから地上へ戻ることが出来るのだろうか。

 ――そんなことを考えているうちに、ゴムボールのように弾かれながら一番下へたどり着いた。思い切り尻餅をつく。まったく、ひどい猫だ。さっきまで歩くことすらできなかったのに、階段から突き落とすなんて。

 ギイ、と重い扉が開く音がした。顔を上げてそちらを見ると、顔に浮腫がある女がこちらを覗いている。そして奥に向かって


「先生、患者です」


 と言った。

 扉が更に音を立てて開き、女が出迎える。その姿を見て、ケイはゾッとした。女の下半身は、蛇だった。そして、身体のいたる所に浮腫ができている。


「どうぞ、お入りになって」


 その声は姿に反して優しく、少しホッとした。ケイは立ち上がり、中に入っていく。

 薄明かりの部屋の中は当然土壁で、棚には薬の入っているようなツボがきれいに並べられ、診療台や、イス、包帯らしきものや、小さなペンライトみたいなものがそれぞれの位置に収まっていた。そしてでデスクには、猫の言うとおり、モグラが腰掛けていた。


「どうなさいました」


 ケイは促されるままイスに腰掛けた。


「猫にここに行くように言われました」


 モグラと蛇女は、顔を見合わせて沈黙した。何かまずいことを言ったのかと、不安になる。


「この、擦り傷だらけの身体を治してもらわなきゃいけないって」


 モグラはケイの傷を確認し、カルテに書き込んでいく。


「ふむ。確かにひどい擦り傷だ。こりゃいかん。花子、あの、擦り傷の薬を取っておくれ」


 花子と呼ばれた蛇女が、にょろにょろと棚へ移動して、つぼの中身を確認する。


「先生、薬がありません。この前やって来た患者で最後でした」


「ああ、あの女の子に使ってしもうたか。うーむ、困ったぞ。あれでなければ治らんのに……」


 モグラは腕組みし、困って見せた。


「女の子?」


 ケイが訊くと、モグラは頷いた。


「なんでも、女王蜂に会いに行くとか行っておったな。あの子も傷だらけで、お前さんのように擦り傷いっぱいで、薬を塗ってやったんじゃ」


「先生、薬草を採りに行かないといけません」


「だめじゃ、花子は行っちゃいかん。またヤモリに悪さをされるぞ」


 ケイは状況が良く飲み込めないで、目をキョロキョロさせている。


「だけど、あれを採りに行かないと、この患者の擦り傷は治りません。先生は外に出たら目が潰れてしまうんですから、私が行くしかありません」


 しばらくモグラと蛇女は、親子のように言い合いを続けていた。ケイはぼんやりとそれを見ていたが、痺れを切らし、発言することにした。


「あの」


 二人がケイに勢いよく視線をやる。


「僕が行きます」


 モグラは、それを待っていたかのように、申し訳なさそうな演技をした。


「悪いのう。折角来てもらったのに、申し訳ないのう。そうじゃ、花子。この少年に護衛をしてもらえ」


 ギクリとしたのはケイだった。この蛇女と一緒に行くなんて、考えもしなかったからだ。でも考えてみたら、薬草の生えている場所なんて知らないし、ここは変で恐ろしい生き物が沢山存在する。気持ち悪くても、ちょっといい人そうな蛇女の花子と共に出かけるほうがマシかもしれない。

 花子は本当に申し訳なさそうに、ケイのほうを見ている。


「そうしましょう。その方が僕も安心だし、その、悪さをするヤモリから、花子さんを守ってあげられるかもしれません」


 花子が笑顔になった。


「そうかそうか! 行ってくれるか! では、たのんだぞい、少年よ」


 モグラは心から喜んで手を叩いた。そして突然深刻な顔になって、


「少年、猫の事は、あまり信用してはいかんよ」


 と、付け加えた。

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