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サルの話

 食堂で飯をかき込んでいると、監視係の働き蜂が話し掛けてきた。


「彗星、知ってるかい。翼里の身請けが決まりそうらしいよ」


 ケイは手を止めた。


「デマじゃないだろうな」


 睨み付けられて、蜂が怯む。


「と、とんでもない。さっきサルビア様とミディー閣下が喋っているのを聞いたんだ」


 身請けか……。自分達のような遊男には、それが一番の幸福だといわれている。身体がぼろぼろになって朽ち果てて消えていくよりも、裕福な女に囲われて穏やかに暮らす方が幸せなのだと。

 しかし、あの翼里が納得するほどの女とは、いったいどんな客なのか。それに、ここを離れたらどうなるのだろう。もうリーズンを探すことも出来なくなるかもしれないというのに。


「お前さんも、そろそろ格上げの話が出ているし、後釜を取れるかもねぇ。喜びな」


 ケイは構わず飯の続きをかき込んだ。

 今の身分では、客との床入りも広間での間仕切りであるし、こちらから客は選べない。危険な目に遭わないよう兄者や蜂が目を光らせてくれているが、何が紛れ込んで来るか分からないのは事実だ。格上げされるに越した事はない。『雲』になれば、今よりも多少自由が効く。


 食器を片付けると、ケイは張り見世に出た。まだ見物人も、客もまばらだ。

 ケイの他に男は四十人ほど暮らしていて、圧倒的に『雪』と『雨』が多く、三分の二以上を占めている。『風』になれるのは一握り。『曇』に格上げされないまま、いつしか消えていく者もいるが、行方は知らない。

 『風』になれば、暮らしは贅沢だ。周りの世話は弟者が焼いてくれるし、サルビアにもある程度我が儘を聴いてもらえる。部屋を与えられ、好きな弟者を傍に付け、仕込みをする。着物や周りの小物を買い与えてやるのも兄者の仕事だ。その分金が要るが、気前のいい客が多目にチップをくれたりするので困ることもない。

 晩餐会に参加できるのも、『雲』と『風』だけだ。


「やあ、彗星」


 隣に腰を下ろして来たのは、『雨』の麓舞(ろくぶ)だった。ケイよりも少し後に連れてこられて、別の兄者に仕えている。


「小耳に挟んだのだけれど、翼里兄は身請けが決まりそうなんだって?」


 小声で、周りの目を盗みながら麓舞が言った。


「さぁ。俺もハッキリ聞いた訳じゃないからな」


 ケイも小声で答えた。


「そうか。ま、直に分かることだよな」


 麓舞は煙管を手に取る。吹かした煙りは、甘ったるい香りがした。


「それより、最近良くない噂が流れてるんだ」


「良くない噂?」


 鮮やかな黄色地に銀糸の入った着物を整えながら、ケイは首を傾けた。

 麓舞は頷く。


「そう。身震いするようなね」


 今日は全身藍色に身を包んでいて、大人の遊びが見える。ケイは横目で麓舞の装いを観察しながら 


「それで、どんな噂なんだよ」


と彼を急かした。麓舞は更に用心深く続ける。


「初春兄のことなんだが……」


 ケイの胸はドキリと音を立てた。

 初春は、ずっとケイに冷たかった。ところが最近、妙に優しさを取り戻し、色々と気遣ってくれることに何となく違和感を感じていた。裏で何かあるのではないかと心配していたところだった。


「初春兄がどうしたんだよ」


 赤い袴の中で脚を組み換える。麓舞は言い辛そうに口許を歪め、眉間に皺を寄せた。


「外で誰かと会っているらしい。見付かったら、一度目は折檻だ。そして暫く、地下に放り込まれる」


 地下に……。

 前にも、宮殿の外で会瀬を重ねた遊男が折檻され、十日間出して貰えなかった。彼はやつれ、別人のような形相になっていて、暫くまともに歩くことすら出来なかった。その上丸三日間一日中女の相手をさせられ、ボロボロになっていて悲惨だった。見せしめだ。


「ただ、二度目はない。二度目は追放だ」


 ヤモリのように姿を変えられ、外に出されるのだろうか。

 ケイは考え込んだ。


「とても恐ろしい結末が待っているらしい。ただ追い出されるのではなくて、もっと……」


 そこまで言いかけると、一番の鐘が鳴った。他の男達がぞろぞろと見世にやって来る。

 麓舞は立ち上がり、ケイに向かって目で詫びた。そして別の男に話し掛けに行ってしまった。


***


「どうしたのよ、暗い顔して」


女が言った。


「そうかな」


 ランプの灯りが、ぼんやりと間仕切りの屏風を照らしている。女は布団の中で脚を絡ませた。


「なんだかいつもと違うじゃない」


 白くて細い指が、ケイの背中を伝う。


「あのさ」


 ケイは小さな声で尋ねた。


「ここを追放された遊男を知ってる?」


 ピタッと女の指が止まる。屏風の向こうから、喘ぎ声が聞こえてくる。その呼吸の回数を数えられるほどに二人は動きを殺していた。

 暫くして女は静かに布団に潜り込み、中へ入るよう促した。

 ケイの首に手を回しながら女が耳許で囁く。


「どこかでサルを見掛けたことがある?」


 湿った空気が動いてくすぐったい。


(サル?)


 記憶を辿ってみる。ヤモリに蛇、モグラにウサギ、そして猫。鳥のような虫は炎に飛び込んで消えていた。


――――!


 ケイは目を大きく見開いた。

 思い出した! サルがいた。あれは、猫と一緒にモグラの診療所へ向かう途中、手足が反対向きに付けられているサルが怯えた表情で現れて茂みに消えて行った。

 確か猫が「可哀想」だと憐れんでいたような気がする。


「手足が変な方向に付いていなかった?」


 ケイは目で頷いた。


「あれね、元々そうなっていた訳じゃないの。誰かの手によって、付け替えられたの」


「付け替えられた?」


 思わず興奮したケイを宥めるように、女は裾から手を突っ込んで筋肉質な太股を掴んだ。


「駄目よ。出来るだけ小さな声でないと」


 そしてケイの腰に跨がり、身体をピタッとくっ付ける。


「それは、あなたの知りたい、その場所で、折檻の一つとして行われている」


 女はケイの口を吸った。


「人体実験とでも言いましょうか。だから、駄目よ、逆らっちゃ。姿を変えられるより、もっと酷いもの」


「女でも同じ様に?」


「ええ」


 震える少年を年増の女は温かく抱きすくめ、その手を自らの乳房に置いた。手は、それを掴む。


「ほら、もう一度」


 女はわざと大き目の声を上げ、身をよじった。


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