悪夢
悪夢にうなされ、高村龍太は目覚めた。体中には冷や汗をかき、べたついていて気持ちが悪い。立ち上がり、台所でコップに水を汲むと、それを一気に喉へ流し込んだ。
ふらふらしながらベッドへと戻る。なんとか身持ちを落ち着かせようと深呼吸してみるが、鼓動は速まったまま少しも速度を落とさない。
一週間前の夜。高村は死亡事故を起こした。勤め先の宅配会社から最後の荷物を届ける直前の出来事だった。
連日の激務で体にかなり疲労を感じていて、霞む目を擦りながらなんとか運転している時、交差点で右折してきた軽自動車が高村の運転するトラックに衝突。信号機は点滅になっていて、しっかり目視しなければならない場所だった。相手側は、母親と、二人の中学生の子供が乗車している軽自動車で、車体は大破。母親と子供一人は即死、一人は意識不明の重体となった。そして一週間経った現在も未だ意識は回復していない。
あれから毎晩、同じ夢にうなされ、まともに睡眠が取れていないため、頬はこけ、目の下には隈ができ、体重も三キロほど減った。
拭いても拭いても決して拭いきることが出来ない血糊の様な感触が、身体中にまとわり付いている。亡くなった親子の顔が頭にこびり付いて離れていかない。時には、窓の向こうにその姿が浮かんだりして、必死に土下座して謝ってみるが、そんなことをしても亡くなった命は戻ってこない。
相手側の父親の意向で裁判沙汰にはならず、多額の示談金を支払うこととなった。全財産、出せるところからは全て搾り出しても、罪の意識が消えることは無いだろう。いっそのこと殺して欲しいと思う。会社からは首を切られ、世間からは白い目で見られる。家族がいないことが、せめてもの救いかもしれない。
高村は、とても真面目な男で、会社では優秀な社員であり、誰よりも早く出勤し、その日の仕事を終えるまで妥協せずきっちりと働いていた。上司からは可愛がられていて、若くして主任を任されるほどだった。
誰もが気軽に利用する宅配システム。その裏は壮絶で、社員はいつも、終わりのない配達と、突然やって来る事故との狭間で戦っているようなものだった。特にお中元やお歳暮、クリスマスなど、世の中で物が動く時期は彼らにとって戦場となる。時間指定されたものは、時間に届けなければならず、日付指定されたものは、その家が不在でなくなるまで何度でも通わなければならない。真面目に働けば働くほど疲労が溜まり、職場もピリピリしてくる。荷物の整理や積み込みに追われ、特に今年の夏は疲れを感じていた。自分が傷付くならまだしも、人様を巻き込むような事故だけは起こしたくない……。必死に願っていた矢先の出来事だった。
部屋のカーテンは締め切られている。留置所から戻ってからはずっとこうだ。窓に石が当たる。刑務所に入れ! と書かれた張り紙が玄関に貼り付けられていたりする。電話だって何度も鳴る。それでも職場の先輩や同僚たちが心配して連絡をくれる事が、高村にとって救いだった。みんな明日は我が身、なのだ。
薄い布団に包まって、無理矢理に目を閉じる。夢など見ませんように――。そう、念じながら。