サルビア
「サルビア様、御加減いかがでございますか」
世話役の女が訊ねた。
「ええ、ちょうどいいわ」
浴槽には紅いバラに似た香りの花がたっぷりと散らされていて、芳しいアロマが漂っている。
サルビアの両脇にはそれぞれ人間に似た女がいて、そのしなやかな手で女王蜂の両腕をマッサージしている。
サルビアは満足げに目を閉じた。後少し。後少しで、完全な身体を手に入れることが出来るのだ。そうすれば、堂々とリーズンに会いに行ける。
湯船を上がると別の女が待ち構えていて、ふかふかのバスタオルで体を拭き上げる。丁寧に、優しく。少しでも粗相があろうものなら、容赦なく姿を変えられてしまうのだから、仕える者は命懸けだ。
ドレスを着付け、髪を結い上げるのも女達の仕事だった。
サルビアは、日替わりで簪を選ぶ。今日は鼈甲に金とアメジストが施された美しい物にした。慎重に髪結いの女が、整えられた髪に刺す。美しく、バランス良く。
王室に戻ると、猫が会いに来ていた。衛兵に言い付け、中に通す。
「サルビア様、御機嫌麗しゅう」
ニコッと微笑むと、猫はニヤリと笑い返した。
「今日はどうしたんだい」
サルビアが訊ねると、猫は姿勢を正した。
「晩餐会の予定を御伺いしておきたく、参上致しました」
煙管を手に取り、煙を吹かす。甘く怪しげな香りが広がる。
「そうだねぇ」
猫は礼儀正しく御辞儀した。
「お前はいつも丁寧だね。働き蜂達に見習わせたいよ。――晩餐会は、一年後。後少しで、この身体が完璧になる。その祝いの席にしようかねぇ」
サルビアは、注意深く猫を眺めた。信用している。けれど、いつ掌を返すか分からないのが猫。気紛れに振り回されるのは御免だ。
「了解致しました。最高のディナーを準備致しましょう。一年あれば私も準備のし甲斐が御座います」
猫が逆らえないのを女王蜂は知っている。それは、自分達の血の契約なのだ。謁見の際は、女王蜂が悦ぶ手土産を必ず持参すること。ある時は小間使いの女だったり、上等な煙草の葉だったり、裏切者の血だったり。その代わり、女王蜂は猫に世界を自由に動き回る権利を与える。彼がびしょ濡れになってここへ迷い混んだ時から、それは守られ続けている。契約が破られると灰になって跡形もなく消えてしまうのだ。そうやってハラハラと紫色の空に吸い込まれていった魂を、サルビアは何度も目にしている。
気紛れで何を仕出かすか分からない猫を縛り付けておくには、血の契約を交わすことが一番の手立てだ。
サルビアは、お尻の辺りの異常な膨らみを気にしながら立ち上がった。そして猫に歩み寄り、その顎を細い指で持ち上げる。
「期待してるわ、ミディー。最高の晩餐会にしてちょうだい」
猫がニヤリした。
「お任せ下さい、サルビア様」
フフ、と小さな笑い声がサルビアの唇の隙間から漏れた。




