キャラメルコーヒー
二人で選んだのは、料理が評判の海沿いのホテルだった。景観が美しく、サービスも上々で若者からの人気が高い。勿論、医者として恥ずかしくない格式も備えている。価格もそれなりだ。
梓は、ドレスを選びながら、気乗りしないでいた。あれから、約一週間、悩みに悩んで決めたのに、答えが間違っているのではないかと何度も自問自答を繰り返している。
篤といえば、そんな梓の素振りを気にもせず、まるで自分が花嫁にでもなるかのように毎日浮き浮きしている。
これは、ただのマリッジブルーなのだろうか。――だと、いいのだけれど。梓はぼんやりと窓の外の海を眺めた。
「綺麗じゃない、それ」
ハッとして振り返る。梓の手には、ブルーのカクテルドレスが抱かれていた。
「でも、見て。このグリーンもいいかと思うんだけど」
梓が言うと、篤はあからさまに首を傾げる。
「そうかなぁ? 緑って、君には似合わないような気がするけど。あ、写真先撮りするだろ? いつにする?」
うーん、と梓は唸る。
「ちょっとプランナーと打ち合わせてくるよ。ゆっくり選んでていいから」
梓は頷いて、ゆらゆら手を振った。
結婚式というのは、もっと楽しいものだと思っていた。梓はドレスを元に戻し、溜め息混じりに椅子に腰を下ろす。
宮本は、今日も病室にいるだろう。こんなところでのうのうとドレスなんか選んでいる自分に、梓は苛立ちを覚えた。
コーヒーでも飲めば気分が変わるかもしれないと思い、梓は立ち上がると、五階の衣装ルームから一階のラウンジへと移動した。
一杯七百円もするキャラメルラテを注文し、一人がけのゆったりとしたソファーに腰を埋める。
ロビーにはグランドピアノが置かれていて、時々生演奏が行われるようだ。幼い頃通っていたピアノ教室を思い出す。練習嫌いな梓は、すぐに通うのを諦めた。続けていれば、現在はちょっと違ったかもしれない。
大きなガラスの自動ドアがその向こうにある。ホテルの玄関だ。
扉の向こうを、一人の男性が歩いていることに気が付く。何となく目で追ううち、どこかで見覚えがあるということに気が付いた。遠い記憶の切れ端に、焼き付いている姿。あれは――。
無意識的に梓は駆け出していた。コーヒーを運んできたウエイトレスが頭にクエスチョンを浮かべながら慌てている。
ロビーを通り過ぎ、篤が打ち合わせをしているブライダルルームを横切って、玄関の自動ドアを潜り抜ける。
辺りを見渡すが、さっきの男性の姿はない。もう行ってしまったのだろうか。
心配そうな顔で篤が中から出てきた。
「大丈夫? 何かあったの?」
梓はハァハァと肩で息をしながら、首を横に振った。動揺を悟られないように、なるべく落ち着いた声で答える。
「ちょっと忘れ物を思い出したの。でも大丈夫。解決したから」
そしてニコリと笑って見せると篤は安心したように笑い返した。
「なら良かった。そうだ、ラウンジでコーヒーでも飲もうか」
あっ、そういえば、と梓は小さく叫んだ。




